第2話
タクシーが埠頭に着くと、目的の場所へ行く前に立っていた制服警官によって足止めをされた。
「お客さん、これ以上先はダメだそうです」
「わかった。ここでいい」
私はそう運転手に告げると、そのままタクシーを降りた。
料金はアプリの決済で支払われるようになっている。このアプリは領収書を貰わなくても、アプリの決済記録を総務部門に出せばいいだけなので便利だった。
「すいません、ここから先は立ち入り禁止です」
規制線の前に立った私を制服警官が止めた。警察学校を卒業したばかりなのか、まだどこかあどけなさが残る顔立ちの若い警察官だった。
私はコートのポケットから身分証を取り出すと、その制服警官に提示する。
警察庁特別捜査官。それが私の持つ肩書きだった。警察庁特別捜査官は、警察庁長官直属の捜査官であり、どんな事件に対しても捜査する権限を与えられた特別な存在である。特別捜査官については警察学校でも教えられており、全国の警察官が知る存在でもあった。
「失礼しました」
制服警官は慌てて敬礼をすると、私が通るために規制線のロープを持ち上げた。
腰をかがめて規制線を潜った私は、捜査車両が集まっている倉庫のところへ向かうと、私にメッセージを寄越した刑事がどこにいるか捜した。
「あ、
私の存在に気づいた
姫野桃香。警察庁特別捜査官補佐。彼女は元々はN県警刑事部所属の警察官だったが、人事異動で警察庁へと出向となっていた。肩書きは特別捜査官補佐というものであり、特別捜査官の助手のような立場にあった。
現場には姫野の他に所轄署の刑事と鑑識が数人いた。いまは鑑識が捜査を行っており、刑事たちはその周りを囲むようにしているだけだった。現場は、まず鑑識が捜査をする。その鑑識の捜査が終わった後ではじめて刑事たちが捜査を行えるのだ。
「あれが、例のやつか」
私は鑑識たちが囲むようにして写真を撮ったりしている真っ白な物体を指差して姫野に聞いた。
「ええ。第一発見者は釣り人でした。何か白いモノが浮いていると思って引き上げてみたところ、死体だったということです」
「そうか」
「いま第二機動隊のダイバーがこちらに向かっているそうです」
「そうか」
正直なところ、発見状況やどこの部門が捜査を行うといったことに私は関心がなかった。興味があるとするならば、その死体の方だった。
「色の無い死体だな」
背後から話しかけられ振り返ると、そこには所轄署のベテラン刑事がいた。確か、那須とかいう名の刑事のはずだ。
「こういう死体を見るのは初めてですか?」
「いや、前にも見たことがあるよ。
私の問いに那須は顔をしかめるようにして、鑑識が作業している方を見た。
女の身体は真っ白な固形石鹸のようになっていた。ただ、その形は保たれており、妙な色っぽさと美しさを兼ねそろえているようにも見える。
「まあ、あんたが来たから、我々の出番は無いんだろうな」
那須は皮肉っぽく言うと、私の肩をポンと叩いて現場から離れていった。
しばらく待っていると、鑑識の作業が終わったようで、現場を照らしていたライトが消され、鑑識係たちが道具の片づけをはじめた。
「おう、来ていたのか」
顔見知りの鑑識係員が私に声を掛けてくる。彼は手袋を外すと、作業着のポケットから煙草を取り出して口にくわえる。
「何も出なかったよ。証拠無し。あんたに頼るしかないってわけだ」
鑑識係員は煙草をくわえたまま、にやりと笑って現場から離れていった。
「久我さん、現場に入れるそうです」
姫野がそう言いながら近づいてきた。
「ああ、いま行く」
私はそう言うとポケットから手袋を取り出した。
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