クリスマス・イヴイヴイヴ!!!



道ヶ森どうがもり、私はクリスマスデートというものがしてみたい」

赤べことさるぼぼが闘ってるイラスト入りのフーディー。

防寒性が高そうな厚手の作業用靴下と、こちらも厚手の絵の具だらけのワークパンツ。

ところどころぼろついているつばの広い女優帽みたいなウールの帽子は室内なので脇に置いている。

そして口調に似合わない鈴の音も負けるような愛らしい声。

薄赤色のいとけない唇、ノーメイクでもまつ毛の影が濃く美しい形のいい瞳。

白雪姫もかくやという触れてみたくなるような、触れるのが怖いような、白い肌。

迫瑞彩夜呼さこみずさやこは今日も腹立たしいほどにへんてこりんで、腹立たしいほどに可愛いらしい。


24日は嫌だなと思った。人が多い。

25日も嫌だなと思った。日本では24日のデートがメインになってるっぽいけど一応25日がクリスマス当日だし。

23日も嫌だなと思った。土曜だからきっと人が多い。

「26日か22日ならいいよ。26日ならケーキとかクリスマススイーツとか雑貨とかがたぶん安い。22日はちょっと早めだけどディスプレイは完璧にクリスマスだと思う」

彩夜呼は「ふむ」と口元に手をやって考え込んだ。

彩夜呼級の美少女だとどんなポーズでもさまになる。だいぶおかしな格好でも。


(あ、私こんな変な格好の女の隣を歩くの?)

彩夜呼とは夏頃から付き合ってるけど、誰もいない浜辺とか裏山の神社とかで会うのが大半で、たまに外を出歩く時は学校帰りの放課後デートの時だけだった。

放課後デートではだいたい制服姿なので問題なかった。

(うーん、でも日程ずらして他にもクリスマスデートしてる人いるだろうし。そんなときに完璧美少女姿の彩夜呼に見惚れるカレシ続出→カップル大揉め祭り、なんてことになるよりかはへんてこのままの方がいいかなぁ)

と、もわもわ考えていると、彩夜呼が厳かな口調で私の名を呼んだ。


「道ヶ森」

「はいはい、何」

「片方でなくてはいけないか?22日も26日も捨てがたい」

「なら私が選んであげようか」

「む」

「クリスマスデートって特別な日のデートってことなんじゃないの。二回もやったら特別感五割引きだよ」

そう言ってやると彩夜呼は「ぬぬぬ」と呻いてまた悩み始めた。

美少女は変な声で呻いても美少女なんだから凄い。


ソファに寝転んだまま二話ぶんの漫画を読んだところでまた厳かに名を呼ばれた。

「道ヶ森」

「決まった?」

「決まった」

「どっち?」

「22日、苦渋の決断だ。26日はひとりで出かけてクリスマススイーツハンティングを行うことした」

26日はいつもの格好で出かけてもらおう。冬は特に装備物が多いので大抵の場合、美貌に気づく前に「わっ、変な人がいる。近寄らんとこ」になる。

「いっぱいハンティングして、あと3キロくらい太って。彩夜呼は細すぎて抱き心地がいまいちだから」

「もっとふわふわな方が好みか?」

「細すぎって言ってるだけ。ふわふわは別に」

「ノーふわふわで適度に増量か。うむ。了解した」

彩夜呼のポテンシャルは恐ろしい。

食べて出来た脂肪が全て胸と尻に行くということにもなりかねない。

今でも変な服で着痩せするから目立たないだけで胸はそこそこある。

腰が細すぎて抱き寄せるとき骨が当たって痛いからそこに肉をつけて欲しいんだけど、果たして狙い通り上手くいくかどうか。


「22日の服は私に任せてくれる?リンクコーデでしたいのがあるから。彩夜呼は普段着で朝うちに来て」

「りんくこーで、とは」

「双子コーデとかペアルックの亜種。服の一部を同じ柄や素材にしたりして、リンクさせるっていうやつ」

「ほお、そういうものがあるのか。しかし道ヶ森よ」

「ん?何?」

「キミは私がデート服を持ってないと思っているんじゃないのかね」

図星、図星、図星。

「キミの心遣いは有り難い。しかし私にも勝負服のひとつやふたつ」

「あるの?てか勝負服ってなに?デートに何の勝負服で挑もうとしてるのか心配しかないけど?」

「満開の極楽鳥花をベースにしたヘビクイワシの黒地の着物と、赤のベルベット生地にアジアンテイストの金の総刺繍が入ったドレスだ」

「それどこで何の勝負につかうやつ?」

「黒の着物は正月の親戚大集合麻雀大会で負けなしだ。赤のドレスは二年前に賭け釣り大会で叔父から巻き上げたもので縁起が良い。もらった時は大きかったが、今ちょうど着れる頃合いだ。二月の日本海大会で初袖通しをしようと思っていたんだがデートのためなら少々早まっても」

「待って、待ちなさい」

「どうした」

「まず、迫瑞家は仲が良いんだ?それはいいことだと思う」

「ああ、自慢の家族、親戚だ」

「第一に、まだ冬の日本海にベルベットのドレスを着て釣りに出かけようとするなッ!!」

「いけないか」

「何で良いと思った」

「縁起が良い勝負服だからいいだろう」

「よくないっ。却下っ。異議申し立ては受け付けないっ」

「む……」

「第二に、クリスマスに黒地の派手派手和服は合わない」

「そうか?賑やかだぞ」

「赤のドレスだなんてもってのほか」

「何故だ。赤も金もクリスマスカラーだろう?」

「彩夜呼のその顔でそんな目立つ格好で街中歩いてたら、何かの撮影か、もしくはサプライズイベントが始まるんじゃないかって周囲がハラハラするの!」

「ほう、そんな誤解が」

「デート服はガチの勝負服じゃなくて普段着より少しだけおしゃれなやつ。で、彩夜呼の普段着は全て問題外だから私が選ぶ。わかった?」

私は身を乗り出してちょっと怖い顔で言ってやった。

彩夜呼はさっきから手が止まりっぱなしの釣具の手入れをようやく諦めて脇に置いて、真顔で言った。

「だが道ヶ森よ」

「何」

「私がそのような『ドン引きされない格好』をしてもいいのか?」

そう。コイツ、非常識だけどそこは分かってるんだよな。

別にわざと変な格好してる訳じゃなくあくまでも本人の趣味でやってる格好だけど、『普通の格好は避けた方がいい』ってことは彩夜呼自身自覚している。

「私が何のために鞄につけて見せつける用とポケットに入れて使う用の防犯ブザーを買って、催涙スプレー代わりの除菌スプレーを常に持ち歩いて、週四で護身術教室に通い始めたと思ってるわけ?」

「…………文脈から答えを導くと、私を守るためか?」

「そう」

ちょっと恥ずかしかったけど彩夜呼を真似して真顔で頷いた。

「なるほど。分かった。ではそのリンクコーデとやら、受けて立とう!」

とりあえず極楽鳥花とヘビクイワシの着物とデートせずに済みそうでほっとした。


「で、なんで急にクリスマスデートに行きたいって言い出したの」

まずそこを聞いていなかったなと今更気づく。

「道ヶ森が私を深く愛してくれているように、」

「私そんなこといつ言った?」

「私も道ヶ森を深く愛している。だから恋人同士がするというイベントごとを道ヶ森と経験しておきたいと思った」

まあ確かに、恋人がいるのにクリスマスの予定まったくなしってのは寂しいものかもしれない。

「クリスマスデートにはクリスマスプレゼントが欠かせないんだけど、それは知ってる?」

「知っている。何か欲しいものがあるのか?私の今月の小遣いの残りは雨の日の翌日の水たまり程度のはかなさだぞ!」

堂々と言うな。そういうことを。

「クリスマスは来月なんだから、来月お小遣いもらったらデート費用は即よけておいて」

「うむ。了解した」

「プレゼントはデートのときにおそろいのちっちゃなチャーム買おう。クリスマスデートの思い出にもなるし」

「ちゃあむ」

「ペンケースのファスナーの端っことかにつけるあれ。えっと、こういうの」

鞄から財布を出してそこにつけてる猫のチャームを見せた。

「ほう。もしかしてそれはペンダントトップというやつにもなるんじゃないか?」

「モノによってはなると思うけど?」

「クリスマスカラーであればどれも赤と金に似合うだろうな。ベースのチェーンは母に借りるか、いや彼女も大会では敵の一人。我が相棒の釣り糸に通してネックレスにして……」

「だから二月の日本海にドレスを着て釣りに行こうとするんじゃないッ!!」


ツッコミを入れて喚いているあいだにも頭の隅っこで彩夜呼の台詞がリフレインしている。

『私も道ヶ森を深く愛している。だから恋人同士がするというイベントごとを道ヶ森と経験しておきたいと思った』

ああ、悔しい。嬉しい、嬉しい。

こんなに嬉しい言葉のプレゼントなんて他にない。

一ヶ月も早くクリスマスプレゼントを先渡しするなんてルール違反だってこと、この非常識な女にそのうち教えてやらないと。

今は悔しくて、言えないけど!



〜 Wishing you a wonderful Christmas! 〜

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【連作短編】規格外美少女と自称平凡少女の平和な日常 あわめし @hr_rice

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