【連作短編】規格外美少女と自称平凡少女の平和な日常
あわめし
難しい文字列とシンプルな二文字(馴れ初め編)
太い油性ペンで力強く「好き!」と書いた紙切れを空き瓶に詰めて、沖に向かって思いきり投げた。
でも私は非力でノーコンだったから、瓶はぷよぷよと堤防のすぐそばを漂うことになってしまった。
「あーあ」
上手くいかない。想いと一緒にポイッと海の向こうに捨ててスッキリする予定だったのに。
波が攫ってくれるのを期待してしばらく瓶を眺めてぼんやりしてたら、奇妙な格好をした女がスタスタとやって来て、私が「あっ」と言う間もなく──いや、言ってる間に、柄の長いタモ網でスイスイっとラブレター入り瓶をすくい上げてしまった。
「何してくれるの
「なにゆえフルネームなのかね」
農家の人が被ってるような小花柄の布の覆いがついたツバの広い麦わら帽子。袖口に華奢なレースのついた黒の手袋。肌が透けて見えない長袖の濃い白シャツ。ところどころ絵の具で汚れてているだぼっとしたワークパンツ。
左腕には使い込んだ風合いの釣り竿とバケツと携帯イスを器用に抱え、右手には瓶入りのタモを持っている。
何もかもアンバランスだ。この女は、いつだって。
「それよりキミ、不法投棄はいかんよ。こういうのはきちんと分別して適切な日に出さなくては」
鈴の音も負ける愛らしい声、薄赤色のいとけない唇、ノーメイクでもまつ毛の影が濃く美しい形のいい瞳。
ああ、今日も腹立たしいほど可愛い。
「勝手に私が犯人だって決めつけないでくれる?」
「つまらん言い逃れだな」
彩夜呼はフッとムカつく笑みを浮かべた。
ムカつく笑みまで可愛いから尚ムカつく。
「一つ、キミは『何してくれるの』と言った。そしてもう一つ、この字はキミの筆跡じゃないのかね、
「どうしてフルネームなわけ?」
筆跡?と私は動揺して彩夜呼と同じことを聞いてしまった。
「キミの真似をしてみただけさ、というのは冗談で」
彩夜呼は抱えていた荷物を置くと、キュッキュッと力を込めて瓶を開けた。
「単純に私はキミの名前が好きなのだよ」
私は言葉を失った。
彩夜呼は指をジャム用の瓶に突っ込んで、たやすく紙を取り出した。
「何とも熱烈な告白だな。しかし宛名が無いようだが」
「……ミズって字がどうしてもバランスよく書けなくて諦めた」
投げやりな気持ちで正直に打ち明けると、迫瑞彩夜呼は破顔一笑した。
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