ゲーミング・シャイニング・セイヴァ―・バッファロー

幼縁会

第ゲーミング・シャイニング・セイヴァ―・バッファロー

 闘牛は視界の内で存在感を主張する布をめがけて突撃するのであり、別段色に拘りはない。

 それは全てを破壊して突き進むバッファローにしても同じ事。

 忘れてはならぬ教訓を自ら宣伝したパン丸へ自衛隊が突きつけた奥の手とは、彼自身が同胞の群れを瓦解させた際に利用した煙であった。


「なんだよ目眩ましか?」


 とはいえパン丸は人間界へ擬態して潜伏するだけの知能を得た特異個体。ただの煙を散布したところで効果は薄い。

 故にこそ、加速度的に拡散する色が変化したことに獣としてではない驚愕を示す。


「なんか、すげぇ色変わってない……?」


 秒を切り裂き細分し、刹那の刹那のまた刹那。

 一時たりとも同じ色彩を見せぬ一六八〇万色のゲーミング煙幕。網膜を焼き尽くし、脳に処理しきれぬ過負荷を叩き込む煙こそがバッファロー打倒の切り札であった。

 煙幕が広まり、極彩色に包み込まれる途端にパン丸は頭を氷塊で殴り抜かれたにも等しい鈍痛を味わう。

 走りに精細を欠き、ふらつく躯体は掠めた自動車を半分以上陥没させるに留まった。


「つ、ってぇなぁ……!」


 全てを破壊して突き進むバッファローの尋常ならざる肉体は破壊する過程の満足感、充実感を糧に著しく上昇する。驚異的な論理でこそあるが、それは逆説的に満足できなければ強度が低下することの裏返し。

 だからこそ、まずは満足感を奪い、弱体化を図る。

 人間でさえ五分と平静を保てぬ虹色空間。

 自衛隊が対全てを破壊して突き進むバッファロー用に開発した新兵器──極彩式戦略粉末煙幕が、パン丸の精神を蝕んでいく。

 後は自走する余力を失った段階で再度攻勢に出れば、肉体強度を低下したバッファローは沈黙する。故に彼らは一定の距離を稼ぎつつ、得物の間合いに終ぞ収め続けた。


「ちょっと待ってもらうっスよ。皆さん」

「ちょっ……なんだね君はッ。今ここは立ち入り禁止の……!」


 時間稼ぎに意識が傾いていたからこそ、突然の闖入者への反応が遅れた。

 現場の指揮を引き継いだ七海の静止も待たず、バイクのサイドカーから降りた男は極彩色の煙幕へと足を踏み入れる。

 忽ちの内に姿を一六八〇万色に融かした後ろ姿を眺め、指揮官は顎に手を当て思案した。

 町一つを恐怖のどん底へと落とし込んだバッファローの被害を食い止めるにあたり、現状は最上級の好機。多数の避難民を生み出した化生の衰弱したところを狙うという目論見を、たった一人の民間人の暴走で御破算にする訳には如何なかった。

 たとえ事が終わった時、多大な非難を浴びようとも。


「どうしますか、七海隊長?」


 問いかけた副官に対し、顎から手を離すと隊長は苦悩を噛み締めるように口を開いた。


「……戦車隊及び歩兵中隊は砲撃用意。奴が出てくるようであらば、即座に発射を許可する」

「了解……しました」


 隊長の言葉を、苦虫を噛み締めた表情で頷くと副官はマイク越しに部下へ指示を飛ばした。

 その時、男は迷走を繰り返すパン丸へ片手を上げて気さくに話しかけていた。


「やぁ、パン丸。一条だよ」

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