第38話 遊牧民

 カグヤたちはテミスに転移してから前日作った道を突き進みノルサ砦に到着するとブラッド伯爵が城門の外で二千人ほどの軍を集合させていた。


「フン、来たか。それにしてもそれは噂に聞く馬のいない馬車か?」


「エアバスじゃ。動力は膨大な量の魔力なのでワシしか使えぬ。」


「まったくわけのわからんものを。もっとも、それだから期待できるのだが。」


「すでに準備はしておる。まずは前線に案内するのじゃ。」


「よし、出発だ。」


 騎兵100騎を先頭にして歩兵と輜重が後から続く。カグヤはエアバスでその後からついていく。前線は近いらしく歩兵の足も意外と速い。3時間ほどかけてノロノロ付いていくと野戦陣地に到着した。


「やっと着いたのじゃ。なんか眠いのう。」

 そういうとカグヤは運転席で突っ伏す。


「えっちょっと、ここからが本番です。敵兵が布陣してます。寝ないでください。」

 テレサがカグヤを寝かすまいと体を揺る。


「んあっ、今なら気持ちよく寝れるのじゃ。」

 テレサはカグヤを抱きかかえてエアバスから降りる。


「起きてぇー。起きてくださぁぁい。」

 テレサはカグヤの肩を揺する。


「酷い扱いじゃの、目は覚めたが・・・シルフ、広範囲の偵察を頼む。後続の補給部隊を探すのじゃ。」


 カグヤは全面に展開している敵部隊を見るとシルフに命じる。シルフたちは風となって四方八方に散っていく。


「補給部隊ですか?」

 ミューシーが呟く。


「そうじゃ。遊牧民の補給部隊は家畜が多い、それは財産でもあるのじゃ。財産を奪われた遊牧民なぞ流浪民と変わらぬ。」


「流浪民となれば部族はバラバラに行動するしかなくなり、そのほとんどは野山で行き倒れると聞いています。」


「そうじゃ。農耕民や都市の者たちには理解できぬ恐怖じゃな。その恐怖をよく知っておるのが遊牧民じゃ。」


「なるほど、財産を取り上げれば戦意が無くなるのですね。」


「フム、だがのう、ここはすでに逃げ場がないぐらいに囲まれているのじゃ。紫龍たちに補給部隊を襲わせても、ここにいる者たちは全滅じゃな。」


「で、どうすんのよ。私の下僕にはまだ死んでほしくないのだけど。」

 キャロルの頭の上のエインセルがカグヤをなじる。


「フフフ。こうするのじゃ。」


 カグヤは空中に舞い上がると、味方の砦の周囲に魔法陣を発動させる。簡易的に作られた味方の砦の回りの100m四方に深い堀を作り、内側に土を盛り砦を作り始めた。

 しばらくするとその作業も終わりキャロルたちとともにブラッド伯爵たちのいる本営に顔を出す。


「アッという間に頑丈な砦を作ってくれたな。感謝するぞ。」


 本営には近隣の領地からの増援も来ていたらしく、立派な鎧を着た貴族が他に2人いた。


「さて、こちらの兵力は5千。敵は数万と報告を受けている。」


「ん? 周囲に展開する敵は騎馬3万と歩兵5万はおるのう。後続の補給部隊が3万。さらに後続の遊牧民の集団が10万単位じゃな。1時間ほどで完全包囲される予定じゃ。」


「なんだと、すぐに撤退しなければ全滅するぞ。」


「ああ大丈夫じゃ。ワシが話し合いに行ってくるのじゃ。恐らく戦にはならぬ。」


「話し合いって、殺されにいくようなものだぞ。」

「子供が口を挟むな。」


 ブラッド伯爵が2人を制止するように手を軽く上げカグヤに向かって念を押す。

「ほんとに行く気か? 勝算はあるのだろうな。」


「ウム、大丈夫じゃ。うまくいかなかったら叩き潰してくるので安心するのじゃ。」


「敵は数十万だろ。魔法が使える程度でなんとかなる相手ではないぞ。」


「なに、戦力差ではこちらの圧勝じゃ。戦とは戦う前から勝敗は決まっておるものなのじゃ。」


 そのとき外が騒がしくなり、兵がカグヤたちのいる天幕に飛び込んでくる。

「大変です。紫龍が降りてきました。」


 続いて見事な鎧を身に着け背に羽を持つヴァルキリーが現れる。


「紫龍たちは快く応じてくれました。ついでに相手の天幕を壊して回ってきました。」


 ブラッドたちが外に出ると砦の入り口に、大きな体躯を持つ紫龍がチョコン座っている。空を見上げると数匹の紫龍が飛び回っていた。


「これはいったい・・・。」


 ブラッドたちは天幕に戻り一人になったカグヤを問い詰める。


「あれはなんなのだ。ほんとに援軍なのか。」


「そうじゃ。ワイバーンとか飛竜とかではなくカズラ山脈に住む本物の紫龍じゃ。これでこの戦いはこちらの勝ちじゃ。よかったのう。」


「・・・。」


「軽くお茶してから話し合いに行こうと思うが良いかの?」


「それならば私も同行します。」

 ミューシーも同行を求める。


「そうか、お主が一緒なら問題なかろう。」


「足手まといじゃ。」


「あの紫龍たちで相手の天幕を壊して回ったのなら、もう繊維は無いと思いますよ。私が相手の立場なら一人で一目散に逃げます。」


「そんなことされるのは一番面倒じゃの。」


「今頃あちらさんは大騒ぎですね。今回は相手が悪すぎた。相手に同情しますよ。」


「紫龍を叩きのめすのはかなり骨じゃからの。」


「・・・まぁ、そういうことにしておきましょう。」

 人の身で、固い鱗を持つ大きな体躯の紫龍を叩きのめすなど想像もつかない話ではあるが、この少女ならやりかねない。ミューシーは、カグヤにある種の信頼感を持っていた。


 カグヤはストレージから炒ったコーヒーを出して細かい網に入れてお湯を注いでコーヒーを抽出してカップに入れて全員に配る。


「この苦さが良いのじゃ。」

 カグヤはおいしそうに飲む。


「うーん、これはいったいなんだ?」


「コーヒーじゃ。うまいじゃろ。」


「フーム、なかなか良い香ばしさだな。」


「こんな飲み物もあるのですね。」


「ちょっと、お菓子も出しなさいよ。」

 ストレージから作り置きのクッキーを出すと、妖精エインセルが飛びつく。


「さて、撤退される前に行くかの。」


「こちらとしては二度と攻めて来ないことを約束させて撤退してもらえればそれでいいのだ。」

 ブラッド伯爵が条件を出す。


「ん、そんなことでいいのかのう。ワシの指揮下に入るよう命令して、拒否したら一族単位で紫龍のエサの予定じゃ。半分も指揮下に入ってくれれば万々歳じゃな。それで良いかの。」


「はぁ、今回の功労はカグヤ殿にありそうだ。好きにしてくれ。」

 ブラッド伯爵は見た目と違うカグヤの過激さにため息を吐きながら呟く。


「ハハハ、私も行きますので悪いようにはさせません。ご安心ください。」


「ウム、本当に頼んだぞ。」


「おもしろそうだ、俺も行く。」

 カグヤはフェンリルに乗りミューシーとガラムスが馬に乗ると、精霊のシルフ、イフリート、ウンディーネを従えて敵の本陣へと向かう。


「ボス、精霊たちが持っている旗はなんだ?」

 ガラムスがカグヤに問う。


「ああ、ワシの紋章旗のようなものじゃ。精霊たちがワシの存在を示すために掲げるのじゃ。」


「ほう、ずいぶんとシンプルな紋章だな。」


 精霊たちが持つ旗は、金に縁取られ三日月とその真ん中に音譜が三つ描かれている。


「アイナリントは月の音色を表わすという意味で作っただけじゃが、精霊たちが気に入ってしまってな、戦のようなときはいつの間にか持ち出してくるようになったのじゃ。」


 回りを見回すと、精霊たちは10個の旗を掲げていた。

 相手の天幕に近づくと兵たちに行く手を阻まれる。


「降伏勧告に来た。代表者の元まで案内しろ。」


 シルフの力借りて声を拡散させる。同時に空を飛び回っていたドラゴンたちが本陣の部隊を囲むように地面に降りてくる。


「抵抗する者、逃げる者はすべて殺せ!」


 カグヤの声がシルフたちによって拡散されあたりに響き渡ると、遊牧民の兵たちは呆然と立ち尽くす。カグヤたち4人は天幕に向かってゆっくりと進む。


「お前達、頭が高い。誰の許しを得て頭を上げている。サッサと跪け!」


 シルフたちが叫びだす。最初は戸惑っていた兵たちは次々と膝を折って頭を下げる。


 それでも10名ほどの兵が一行の行く手を遮る。さらに歩みを進めると魔法使いらしき男たちが一人一体ずつの精霊を呼び出す。呼び出された精霊たちはカグヤを見て戸惑い動きを止める。


「何をやっている殺せ!」

 魔法使いたちは叫ぶが、呼び出された精霊たちは攻撃しようとはしない。


 カグヤの脇に控えていたイフリートが叫ぶ。

「貴様ら、誰に向かって対峙しているのだ。相手を間違えるな!」


 言うや否や、イフリートは精霊たちに火の玉をぶつける。カグヤの呼び出したイフリートに攻撃された精霊たちは、自分たちを呼び出した魔法使いたちに襲い掛かり息の根を止めてから、カグヤに対し膝を突く。


「一体どうなってやがる?」


「お前達が知る必要は無い。」


 カグヤはフェンリンから飛び降り、ゆっくり残りの兵士に近づき鉄扇を振り一瞬で切り伏せる。地面には真っ二つとなった死体が転がる。


「ハハハハハ、俺より容赦ないな。」

 ガラムスが呟く。


「二人ともワシから離れるのじゃ。」


 カグヤが一人で天幕に近づき、幕を開けると全面には弓を構えるものが3人いた。


「殺れ!」


 という声と共に前面から弓が飛び、左右から槍が繰り出される。

 カグヤは一歩引いて左右の槍をかわしながら飛んできた矢を鉄扇で弾き返してから、前に踏み込んで左右の二人を切り伏せる。その間にシルフが弓の弦を切り弓兵を風の刃で切り裂いた。


「まだ続けるなら後続部隊の女子供も含め、すべてを紫龍のエサとするがどうする?」


「お前はいったい何者だ。それに後ろにいるのはラーマの将ガラムスだな、どういうことだ。」


「ワシはカグヤ・ムーン・アイナリント。今より我が指揮下に入れ。拒否するなら皆殺しじゃ。」


「遥か昔の神代の時代の者の名を語るか。不遜にもほどがあるぞ。」


「ワシがその神代の時代の生き残りじゃ。精霊や紫龍たちの行動を見てわからぬようなら滅びるがよかろう。それがお前達一族の運命ということじゃ。」


「ブルネラよ。信じられないかも知れないが、恐らく本当のことだぞ。こいつの武術体術は俺より遥かに上だ。」

 ガラムスが横から遊牧民の族長ブルネラに語りかける。


「お前がこの軍の総指揮官じゃな。すべての部族の長を集めよ。出来ないなら紫龍と精霊たちをけしかけ、お前達の一族すべてを、地の果てまで追い掛け続けることになるじゃろう。」


「わかった。話し合いに応じよう。」


 しかしカグヤは鉄扇を一振りするとブルネラの片腕を切り落とした。


「グワァッ」

 ブルネラは声にもならない悲鳴を上げる。


「勘違いしているようじゃな。話し合いではない。ワシがお前達に命令し、お前達はワシの命令に従うだけじゃ。さあ、行って族長たちを呼んでくるのじゃ。」


 カグヤはブルネラの首根っこを掴んで天幕の外に放り出す。


「そんな乱暴なやり方でいいのですか?」

 ミューシーが眉をひそめる。


「ワシがいなければトリシア王国の国境近くの村や町の住民が殺され、若いヤツは奴隷として連れていかれたのだぞ。当然の扱いじゃ。それを許し配下にしてやろうというのは最大の温情なのじゃ。」


「まぁ、そうだな。俺もそれをやって最後は捕まって奴隷剣闘士にさせられたわけだがな。」

 ガラムスも腕を組んでうなずきながら呟く。


「覚悟はしているつもりでしたが、戦争とはそういうものですか。」

 ミューシーはため息を吐く。



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