第37話 戦いの兆し
その後カズラ高原の北のテミスに転移してからロート市の北側の国境地帯にいるブラッド・オースチン伯爵を訪ねることにした。
武術大会後のパーティーで中立だった武断派の一人をキャロルの陣営に引き入れたままだったので挨拶も兼ねての訪問だ。
「歓迎していただけるのでしょうか?」
キャロルは不安そうな顔でエアバスに乗り込みながら呟く。
「殴り合いならワシの領分じゃ。任せておくのじゃ。」
「暴力反対。」
キャロルの頭の上にいる精霊エインセルがカグヤを
「拳で語り合うだけじゃ。肉体言語とも言うのう。」
「あんたの国が滅びた理由がわかった気がするわ。」
「えっ、滅びたのですか。」
キャロルが驚いてエインセルに問いかける。
「ん、私そんなこと言った?」
「はい、いまはっきりと。」
「んんー、どうだったかなぁ。」
キャロルの頭の上で、エインセルは頭を軽く傾げて腕組みをしている。
精霊には脳が無い。頭が悪いとか知能が無いということではなく、体全体の細胞が脳の役割をはたしている。そのため、カグヤの魔力が少し交じったエインセルには、
「あれはのう・・・領地の範囲が広いし、みんな好き勝手なこと言い出すし、ワシにメリットなど何もないし、面倒になったのじゃ。」
カグヤは過去を思い出すように話す。
「つまり、投げ出したと。」
「解散しただけじゃ。」
「同じことでしょ。」
「その後、数万年は平和じゃったぞ。」
「まぁ、争いの無い夢のような世界だったのですね。」
キャロルは神代の世界に夢を
「いや、みな食うのに手一杯だっただけじゃ。それでも暇を見つけては元気に戦争をしておった。」
「・・・。」
しばらくエアバスを走らせると大きな森に行く手を阻まれる。
「シルフ、この方向に真っ直ぐで良いのかの。」
「50kmほどで草原地帯に抜けるよー。」
「では遠慮なく行くか。吹き飛ばした物は片っ端からワシのストレージに突っ込むのじゃ。」
カグヤはそう言うと魔法陣を発動する。
すると目の前の森の木々が根元から左右に吹き飛ばされ、まっすぐな道ができていく。
バキバキ、バリバリ
とすごい音をさせながらエアバスを進ませる。飛ばされた木や草だけでなく土や木もシルフたちの手によってカグヤのストレージに消えていく。
「やっぱりあんた悪魔の破壊兵器だわ。」
「気が散るので話しかけないでほしいのじゃ。」
二時間ほどかけてやっと川の手前の草原に出る。
「さすがに疲れた。おやつにしよう。」
「待ってましたぁ。」
エアバスを停止させると、ストレージから牛乳とチーズケーキとミックスフルーツを皿に分けてテーブルに並べていく。シルフたちも集まってきた。テーブルの上は大騒ぎだ。キャロルの従者たちの分もある。
「それにしても、森にまっすぐな道ができちゃいましたけど。」
テレサがカグヤを見て言う。
「どのみち交易路のような街道は必要なのじゃ。定期的な整備も必要だが、それは後で考えればよい。」
「ただの自然破壊でしょ。しかも行きあたりばったりのね。」
「フッフッフ、ちゃんと先のことは考えてあるのじゃ。すべての道はテミスに通じる、を地で行くのじゃ。」
「意味不明ー。」
エインセルが両手を広げ首を振る。
「まぁ、羽虫にはわからん話じゃ。」
「誰が羽虫だ、コラァ。」
エインセルはカグヤにこぶし大ほどの水弾を発射させるが、軽く鉄扇で弾かれる。
「ほう、もうこんな芸ができるようになったか。」
「何が芸よ。キャロル今日も特訓よ。カグヤの脳天にぶち込む魔法を覚えるのよ。私はあんたが使えそうな力しか使えないんだからね。」
「えっ、わたしにもその魔法が使えるのですか。」
「えーと、努力すればね。」
「それはいつか追々教えるが、今は剣を受ける練習はしておいた方が良いのじゃ。能天気な虫みたいになってもらっては困るからのう。」
無言でエインセルが蹴りを入れようとするが、またしても鉄扇で弾かれる。
「それは楽しみです。」
キャロルはうれしそうだ。
「さて、出発するかの。」
カグヤは立ち上がりながら出発を
その後ろではキャロルと従者たちが襲撃に失敗し凹んでいるエインセルを励ましていた。
川を越えた先は目的のブラッド・オースチン伯爵領だ。人里を探し伯爵の屋敷を聞きながら目的のブラッド邸に向かう。
しばらく川沿いに下ると城壁に囲まれた町が見えてきた。
「あまり大きい町では無いのう。」
「この町はトリシア王国と内陸の北西の遊牧民や、さらに遠くの国との中継貿易地点です。エルフ族のトンデ村との中継地点としても使われているようです。ときどき遊牧民の襲撃があるので城壁も高くなっています。」
キャロルの従者が説明する。
門番に挨拶してから伯爵の屋敷を聞き城門を通る。城兵の一人が伯爵邸まで知らせに走る。カグヤたちはエアバスを仕舞い歩いていくことにした。
町の通りには商人や冒険者たちが闊歩していた。
「この町の名はなんと言ったかの。」
「はい、ノルサ砦と呼ばれております。戦争時は多くの兵士が駐屯できるようになっているようです。」
「なるほど、それで、無駄に兵舎のような建物が多いのか。」
しばらく歩くと伯爵邸に到着する。カグヤたちは屋敷の一室に案内され、しばらくするとブラッド伯爵がムスツとした顔で現れる。
「久しいの。」
「こんなところまで何しに来たのだ。」
「そう邪険にするでない。カズラ高原の4部族を無事掌握できたので、交易路確保のついでに挨拶にきたのじゃ。」
「交易路とは悠長なことを、こちらは難民やら戦争やらで頭を痛めているというのに・・・。」
「ホウ、力になれると思うぞ、くわしく話してもらいたいのじゃ。」
話によると、ラーマ帝国がウルン王国を攻めるための兵を挙げ、ウルン王国の村や町を略奪しはじめた。
同時にウルン王国周辺の遊牧民たちもラーマ帝国に協力し、ウルン王国に援軍を送りそうなトリシア王国と戦う構えを見せていた。遊牧民たちも一枚がんではなく、トリシア王国と友好的な遊牧民は略奪の対象にされていた。
すでに、少数の農耕民も土地を追われ、トリシア王国に逃げてきているため食料援助などの対応に追われているとのことだ。
「なるほど、農耕民ならワシの領地にほしいのう。遊牧民の男たちは狩りばかりであまり耕作を手伝おうとしないので困っておったところじゃ。」
「そちらで引き取ってもらえるならありがたいが、トラブルの元になるぞ。」
変化を極端に嫌う貴族らしい考え方だが、カグヤにとっては渡りに船だ。
「その心配は無用じゃ、ワシはこの国に来てからトラブル続きなのじゃ。いまさらトラブルの一つ二つ増えたところで何も変わらん。」
「ならばついでにウロチョロしている遊牧民もなんとかしてくれ。3日後には領地に踏み入って来そうだ。」
「フム、よかろう。遊牧民への対応は明日でよいかの?」
「できるのか?」
「ちょっと会って話をするだけの簡単なお仕事じゃ。相手の場所がわかればすぐ終わるのじゃ。」
「そんな簡単な話しではないぞ。」
「カグヤはいろいろな精霊を従えており、その精霊と共に遊牧民を従えました。他に手がないのでしたら試してもらってもいいのではないでしょうか。」
キャロルがブラッドを宥めるように話す。
「さきほどから気にはなっておりましたが、その頭の上の物は?」
「キャロルに付いている妖精じゃ。将来はそれなりの精霊にはなると思うが、今は虫と変わらん。」
「将来は大精霊になる予定のエインセルよ。下僕にしてあげるわ。」
「精霊使いは不思議な術を使うと聞く。手伝ってもらえるのならありがたい。お主の武もあるからな、期待しておるぞ。」
「フフフ、明日を楽しみにしておれ、もっとすごい物を用意しよう。お主は案内だけで見ていれば良いぞ。」
「頼もしいが限りだが、敵は軽く見積もっても数万だ。この砦も危ういかもしれんぞ。」
「成功報酬は難民をすべてワシの領地に送る。ということで良いかの。」
カグヤはブラッドの話を遮るように報酬を要求する。
「わかったそれは約束しよう・・・期待している。」
ブラッドは頭を下げる。よほど困っていたようだ。
カグヤは翌朝また来ることを伝え屋敷を後にする。
砦を出た後、カグヤはヴァルキリーを呼び出すと何事か話し合っていた。しばらくするとどこかに飛んでいってしまった。
「あの、どこに行ったのでしょう。」
テレサが残ったカグヤに問う。
「企業秘密じゃ。」
「きぎょうですか?」
「明日を楽しみにしておれ。」
カグヤたちはエアバスでテミスに戻り、しばらく農耕作業をしてから転移門を通り王都クルリに戻る。
執務室に行くとセバスが待っていた。
「新しくメイドを入れました。挨拶させたいのですが、お時間はよろしいでしょうか。」
「ウム、構わんぞ。」
セバスは新しく入ったメイドたちを連れてくる。貴族の令嬢が10人と平民が2人料理人が1人だ。それぞれ挨拶をする。
「この屋敷では身分による差はつけぬが、それで良いかの?」
「はい、その旨は伝え納得していただいて雇い入れました。」
「ではよろしく頼むのじゃ。」
使用人たちが部屋を出た後
「貴族の令嬢でも働きにくるのじゃな。」
「はい、今回の10人は婚活とカグヤ様のスパイも兼ねているようでございます。」
「フフフ、それなりに役に立つということじゃな。ワシのことで売れる情報は流してよいぞ。むしろ、大いに流してもらってくれ。小遣い稼ぎに使わせると良いじゃろう。その代わり他の情報が集まるよう心がけるのじゃ。」
「は、心得ておきます。」
「そういえば、キャロルを支持する貧乏貴族用の建物の方はどうじゃ。」
「はい、貧乏貴族用の建物では言い方が悪いので寮ということにいたしましょう。」
「おお、そうじゃな。では、寮の入りはどうじゃ。」
「はい、すでに50名ほどの者が入居しております。」
「短期間でずいぶん入ったの。」
「はい、貴族とは言え、収入がほとんどない貧しい者は多いのです。いつ倒壊してもおかしくない借家を引き払って次々と引っ越してまいりました。」
「ずいぶんと大変そうじゃの。それでは、領地経営に協力してもらうとするかの。街作りや耕作地管理、住民管理や事務処理に領地屋敷の護衛といろいろ忙しいのじゃ。そろそろセバスやメアリーの補助も必要になってくるじゃろう。」
「それにしても未開地の開墾ともなれば軌道に乗せるまでさぞかし大変でしょうな。」
セバスには無謀な取り組みに見えているようだ。
「ウーン、そういえばカズラ高原の広さはどのぐらいあると国には見られているのじゃろうか。」
「小領地ぐらいと愚考します。」
どうやら正確な地図もまともにできていないようだ。発展させれば王国に匹敵するほどの領地になると考える者はいないようだ。
「フフフ、そういうことか、ま、いずれは王族の直轄地となるのじゃ、頑張って発展させようではないか。ワシは投資した分の回収できれば十分なのじゃ。」
カグヤはセバスと共に寮に行き領地管理の職員を募る旨を説明する。僻地ということもあり月に小金貨5枚(50万円) 。これはセバスと相談して決めた金額だ。
結果、収入の無い者たち35名が働くことになったので支度金として小金貨一枚ずつ渡しておいた。
移動は現地での受け入れ体制を整えてからにすることにした。
「ずいぶんと太っ腹ですね。そんなに大変なのですか?」
「いや、未開の地での一からの領地経営じゃ。最初からうまくいくわけではないので気楽に考えてくれればよい。」
「相手は遊牧民と聞いてますが大丈夫なのでしょうか?」
「彼らは精霊を深く信仰しておるし、その精霊に助けさせている。お主たちが精霊に敬意を払っておれば穏やかに接してくれよう。
困ったときは精霊に尋ねれば大抵は解決してくれるのじゃ。ワシもときどき行くしの。まずは旅行気分で現地に行くと良いのじゃ。」
出発は数日後ということにしておいてセバスに管理を任せることにした。
翌朝、キャロルとその従者4名とテレサ、他にミューシーと奴隷のガムラスがいた。
「おい、戦争なら俺も連れて行け、これでもお前を主人と認めているのだ。たとえ相手が同郷のラーマ軍だとしても役に立ってやるぞ。」
ガムラスはやる気満々だ。
「私も付いていきますよ。参謀は必要でしょう。」
「今回は一方的に脅迫するだけじゃぞ。」
「それは楽しみですねぇ。早くいきましょう。」
ミューシーは楽しそうだ。
「あのう、本当に私も戦場に行くのでしょうか。」
キャロルは恐る恐る聞いてくる。
「後学のためじゃ。」
「わかりました。」
「大丈夫よ。私がビシバシと倒しまくってあげるわよ。」
妖精エンイセルは根拠もない自身を見せる。やる気だけはあるらしい。
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