第39話 ドラゴン酒
「それにしても俺の出番がないのが少し残念だ。」
防具で身を固めたガラムスは退屈そうだ。
「安心するのじゃ。次のときはしっかり働いてもらうぞ。」
「次があるのか。」
ガラムスには、カグヤの圧倒的な力があれば物事は簡単に進むように見えていたが、まだ足りないものがあるのか、と疑問に思うのだ。
「うむ、まだ始まったばかりでのう。特に味方のトリシア王国向けに足元を固めんといかんのじゃ。」
カグヤはそう言いながら天幕を出る。
カグヤたちが天幕から出ると多くの兵士たちが膝を折り頭を下げる。
「これから族長たちが集まる。席を用意するのじゃ。」
席と言っても急造された木の株の椅子を並べるだけだ。
精霊たちがドヤ顔で紋章旗を掲げている中、天幕を背景にして座り族長たち待つ。
しばらくすると族長たちが集まってきた。カグヤに腕を切り落とされたブルネラがカグヤに報告する。
「各族長たちを集めました。全部で12氏族です。」
「ウム、ごくろうじゃったな。まずは、見せしめのために切り落とした腕を直すのじゃ。」
カグヤが族長ブルネラにエクスヒールをかけると、切り落とされた部分から腕が生えてくる。
「お、おっ、おおー、ありがとうございます。」
ブルネラは膝を突き頭を下げる。もう敵対する気はないようだ。
「ワシが紫龍と精霊を使役し、これからお前達を指揮下におくカグヤ・ムーン・アイナリントじゃ。まずは、今回の騒動のすべてを一から話すのじゃ。」
ブルネラが説明を始める。
ある日、ラーマ帝国から使者と一緒に勇者が来て、この大陸を支配するので協力しろと上から目線で迫ってきた。
最初は無視していたが、しつこく迫る勇者たちに激怒して、最大勢力を誇っていた4部族が数十万の兵力でラーマ帝国の村や町を襲い略奪を始める。
ラーマ帝国は10万の討伐軍を差し向けてこれを打ち破り、負けた4部族はカズラ高原に落ち延びていった。
傍観を決め込んでいた中小の12部族はそれでも中立を保とうとしたが、それでは『俺と戦え』と勇者たちが剣を構えてきた。
力を貴ぶ遊牧民たちは、勝負を挑まれて黙っていることはできなかった。力や剣技に自身のある者たちは勝負に応じるが、挑んだ者たちすべてが叩き伏せられる。
遊牧民の間では、強い者こそが神の加護を受けた絶対者となる。その後、誰も反対することなく、遊牧民たちはラーマ帝国の支配下につくことになる。
ラーマ帝国は、各地に散らばる王国を確保撃破し、略奪して財産を増やしながら版図を広げるつもりらしい。
まずは金や鉄を産する鉱山を持つウルン王国を落とし、次にトリシア王国を狙うつもりでいた。ウルン王国を攻略している間、遊牧民たちにはトリシア王国を攻めさせ、弱体化させておくという戦略だ。
「フム、これからどうするつもりじゃ。それでもラーマ帝国に従うというのならここでお別れじゃ。紫龍たちと戦う前に、祈る時間ぐらいは与えるつもりじゃ。」
「お待ちください。我等にこの世界の根源たる紫龍の群れや精霊たちと敵対するつもりはありません。それらを使役するカグヤ様に従わせていただきたい。」
「他の者も同じか?」
「はっ!」
各部族長たちは全員椅子から立ち上がり片膝を突いて頭を下げる。
「ウム、よかろう。それでは今後の方針を伝えるのじゃ。」
ラーマ帝国には、トリシア王国に龍種より一段劣る竜種のワイバーンや走竜を放たれて散々にうち破られて帰ってきたと報告すること。連絡はテミスのマホ族を通すこと。
いまウルン王国にいるラーマ軍を撃退した後、数年後には再び軍を送ってくるのは目に見えているため、ラーマからの使者が来たら必ず報告することを約束させ解散とした。
「あの、無作法とは存じますがお願いがございます。」
族長のブルネラが一歩前に出て肩膝を突く。
「ん、なんじゃ?」
「その、精霊たちが持つ紋章旗を
「こんな物で良いのかの。」
「はい、その旗を部族の誇りに賭けて守っていきたいと思います。」
「いや待て、命がかかってたら捨てて良いし、負けそうならサッサと撤退して良い。全滅しそうならワシを裏切っても良い。『生を簡単に諦めるな』という意味でなら下賜しよう。」
「そ、それでは・・・。」
忠誠を示そうとするブルネラの言葉を
「ワシと対峙すれば確実に命は無い。しかし、ワシも鬼ではない。訳あって対峙することもあろう。そのとき、サッサと降伏したり逃げたりする者を目的も無く執拗に追い立てる趣味は無いのじゃ。よいな、この旗の意味は『生を簡単に諦めるな』という意味じゃ。」
「は、肝に銘じて頂戴いたします。」
カグヤは精霊から紋章旗を一つ取り上げブルセラに下賜する。すると他の長達も欲しがったので全員に一本ずつ下賜した。皆うれしそうだ。
その後、カグヤたちは族長たちに見送られ、ブラッド伯爵のいるノルサ砦への帰途につく。
「そういえば、こうなってしまったがよかったかのう。」
カグヤはミューシーに確認する。
「はい、これ以上はない成果です。」
「問題なければ良いのじゃ。」
「それにしても勇者が3人とは・・・。」
「ウム、確実にいるのう。厄介じゃな。」
「カグヤ殿でも勇者は厄介ですか?」
「あっ、いや、うんまぁそうじゃの。」
カグヤの歯切れが悪い。隠し事の匂いしかしない。
「協力できることがあればなんでも言ってください。」
ミューシーは隠し事の情報を得ようと食い下がる。
「ワシの問題じゃ。気にせんで良いのじゃ。」
「それにしてもよく紫龍たちがよく協力してくれましたね。」
「ウム、お陰で大量の酒をせびられたのじゃ。割に合わん、えらい出費じゃ。」
カグヤが渋い顔をする。
「アハハハハハ。」
「まだウルン王国の方が残っているのだろう。あのドラゴンたちを使うのか?」
ガラムスは気になっているようだ。
「そこは戦術で乗り切ってもらうしかないのう。ワシが手柄を横取りしては味方の貴族たちが嫉妬だけするじゃろ。」
「紫龍一体だけでも突撃してくれれば敵を打ち破るのは簡単なんですがねぇ。」
「ウルン王国での戦は紫龍たちには関係のない話なのじゃ。」
「おや、今回は?」
「大ありじゃ。」
「いったい、何が違うのです?」
「んー、人族同士の戦争はアリンコとの戦争と代わらんのじゃ。どちらが勝とうが全滅しようが紫龍たちには関係のない話となるじゃろ。」
「ええ、まぁ。」
「それと一緒じゃ。」
「はぁ?・・・。」
「あーなんというか、つまりじゃな。紫龍たちは大きな体の割には食べる量が少ないのじゃ。ほとんどの栄養や活動のためのエネルギーは魔素から吸収し、食事は嗜好品のような扱いじゃな。」
「魔物を襲って食べるのではないのですか。」
「嗜好品としてなら食すようじゃ。遊牧民たちは紫龍たちに魔物よりうまい家畜を捧げものとして献ずる習慣があって、紫龍たちはそれを楽しみの一つとしているようなのじゃ。」
「それだけのことで関係があると判断してもらえたのですか。」
ミューシーは興味深そうに確認する。
「そんなところじゃ。・・・いや、そんなことはどうでもよい。ウルン王国への援軍派遣は決まっておるのだろう?」
「いえ、非戦派と主戦派と各王侯派と各地方貴族派が入り乱れて混乱中です。」
「フフッ、人族の平常運転と言うヤツじゃな。元気なことじゃ。」
カグヤはおかしそうに笑う。
「平常運転ですか?」
「アホしかいなければ攻め込まれる前に勝手に国が崩壊し、理性が
「何か良いお知恵はありませんか?」
「今回のことをそのまま報告すれば良いじゃろ。ついでにブラッド伯爵たちが活躍したと話を盛れば主戦派が勢い付く、それで十分じゃろ。」
「さきほどカグヤ様の支配下に置いた遊牧民たちを使えば容易に撃退できそうですが。」
「それはトリシア王国のためにならぬので断固断る。自分の国は自分たちの手で守るというのが国を存続させるための大原則じゃ。」
〇 〇 〇
三人は砦に帰るとブラッド伯爵たちに報告をする。
「エート、すべてワシの管理下に置く事になり、トリシア王国を攻める軍は一旦解散させたのじゃ。以上で報告は終わりなのじゃ。」
「簡単すぎて意味がわからんぞ。」
「紫龍たちにも褒美を与えねば成らん。詳細はミューシーから聞くと良いのじゃ。」
カグヤはそう言い残すとサッサと本営から出て砦の外に待機している紫龍たちのところへ行く。
「ごくろうじゃったの。報酬の酒とつまみじゃ。」
樽に入ったワインやいろんな種類の酒と海の珍味であるクジラ種やマグロ種を積み上げていく。本来、魔素を変換する機能のあるドラゴンたちは食事無しでも生きていけるが、味覚が消えたわけではないのでうまい物を出されると喜んで食べる。
「ただ飛び回っていただけだがよかったのか?」
「ウム、おかげで次の布石が打てた。感謝するのじゃ。」
「人族の考えることはよくわからんが、こんなことで役に立つならいつでも呼んでくれ。」
「次は数年後じゃな。そのときはまた頼むのじゃ。」
紫龍たちは食べ終わると、お礼とばかりに空になった樽にドラゴン酒を注いでいく。
「助かるのじゃ。」
「では、またな。」
紫龍たちは次々と飛び立っていく。それをカグヤは黙って見送る。遠くの方では紋章旗を掲げながらキラル族たちが列を成して帰っていくのが見えた。
「フフフ、遊牧民たちに紫龍たちは有効だったようじゃな。」
一人呟くと本営に戻る。
「話は終わったかの。」
カグヤは惚けて話しかける。
「誰かが説明を放棄して逃げたので大変でした。」
「困ったヤツがいたものじゃのう。」
「ほんとですよ。」
「・・・多少はスマンとは思っているので今貰ったドラゴン酒でも飲むか?」
カグヤはストレージから一樽出す。
「ホウ、聞いたことはあるが存在するとは思わなかった。」
カグヤは木のコップですくうと皆に配る。エインセルは真っ先にコップに飛び込む。
「ウオッ、これはなかなかうまいな。」
「不思議な味ですね。」
「一日で水になってしまうので今日中に飲み干すのじゃ。悪酔いしないし栄養価が高く薬膳酒としても効果が高い。ここにいる兵たちの分もあるので外に置いていくのじゃ。」
本営の外に出て10樽ほど並べると精霊たちが樽に飛び込んできた。
「あっ、こやつらがいたか。」
「これは酒ですか?」
「フフフ、これがドラゴン酒じゃ。皆で飲むと良い。」
兵たちは木のお椀を持って次々とすくって飲んでいく。
「アー、一緒にすくった精霊は摘まんで投げ捨てれば良いぞ。その程度で死ぬ虫ではないのじゃ。」
カグヤは精霊ごとすくって精霊を投げ捨て実演して見せる。
「こんな感じじゃ。」
しばらく兵たちの喧騒を見ていたが、足り無そうだったのであと10樽ほど出して本営に戻る。
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