第35話 夜会
「カグヤ様、バストル第二王子から『今夜の夜会に出席して音楽を披露せよ』と使いの者が参りました。返事はいかがいたしましょう。」
「いきなりじゃな。ま、恩は売っておきたいので、喜んで出席させていただく、と伝えておいてくれ。」
カグヤは赤いドレスに着替え大きなハイビスカスの花を頭に差し、テレサと共に馬車で出発する。
「はぁ、歩きでも気にしない距離なのに・・・。」
「それだけ目立つドレスを着ていて何を言ってるのですか。普通に襲われますよ。」
カグヤの胸元には大きなフルリが二腕までかかりボリューム感のあるフワフワ感がとてもかわいく、赤い生地全体にスパンコールが散りばめられ煌びやかで華やかなドレスを着こんでいた。
「治安が悪いのがいかんのじゃ。」
「普通の庶民はそんな見たことも無い高価なドレスなんて着れませんよ。私もそんなドレスは初めて見ました。会場は大騒ぎになりそうですね。」
「そういえば、この国は地味なドレスが多いからのう。少々おめかしし過ぎたか。」
「はい、女の私でも思わず抱きしめたくなるほどには・・・。お見合いの申し込みの書類がさらに増えるでしょうね。整理が大変です。」
「捨てていいのに、それ面白いか。」
「はい、毎日食後にキャロル様や使用人たちと資料室で重要な会議をしております。」
「そ、そか、まぁ楽しんでいるなら何よりじゃ。」
「相手を見つける気はないのですか? より取り見取りですよ。逆ハーレムも夢ではありません。」
「ワシに性欲は無いのじゃ。」
「そうなのですか・・・。」
馬車はロンデン・ブランデッド公爵の屋敷に到着する。第一王子アコスタの後ろ盾だ。
屋敷に入り会場に入ろうとすると
「カズラ高原のアイナリント子爵様、ご到着。」
「おおー」
会場はどよめく。
「面倒事しか無い流れじゃな。目立たぬよう端っこにいくぞ。」
しかし、すぐに知らない貴族に呼び止められる。
「これはこれはお初にお目にかかります。ハマル領のトリスト・ブロッカリーです。隣の領地同士仲良くしたいものですな。」
「今日行った村の隣の辺境伯様です。」
テレサが耳元で囁く。
「カグヤ・ムーン・アイナリントじゃ。どうぞよしなに。」
「武術大会での武勇はお見事でしたが、流れて来た蛮族の統治を任されたとお聞きますがうまくいってますかな。すぐ隣の領地のことですからな、気になってしまうのですよ。」
「ウム、順調に行っておる。一年もあればそちらの領地への魔獣の進入も無くなろう。」
「ほう、広大なカズラ高原で大規模な魔獣討伐でもなさるのですかな? それなら多少のお手伝いはできますよ。そのまま防衛軍として駐留することもできますよ。」
そのまま駐留して領地を分捕る気満々らしい。単独では広げる勇気は無いくせに、他の者が治めそうだと見るや横から掠め取ろうとする行為は貴族らしいし、
「いや、その必要はないのじゃ。融通の利かない精霊に守らせておるのでの、他領地の兵が入ってきたら皆殺しにしてしまうのじゃ。危険なのでカズラ高原には入らぬほうがよいぞ。」
カグヤは忠告として釘を刺しておく。
「それはまた・・・、それにしても不思議な術を使うのですな。」
「ウム、精霊信仰の強い遊牧民たちは、その術のお陰で素直にワシに従ってくれている。そこを理解してもらえたようならなによりじゃ。」
カグヤはサッサと話を切り上げその場から逃げようとすると。
「さあ今です。確実に捕捉し、逃げ道を
物騒な号令が掛かると同時にカグヤは女性陣に取り囲まれ、数人の貴婦人に行く手を遮られる。
「失礼とは存じますが、そのお召し物をよく見せてもらってもいいかしら。」
押しの強そうな貴婦人がズカズカと近づいてくる。
「やはりこれは幻の布と呼ばれる素材ですね。確か反物といいましたか。10年ほど前にラーマ帝国から友好の証として一つだけ送られてきたのを覚えています。。」
「おそらく、これと同じシルクじゃろうな。」
「シルクという物ですか、何度か遠めにお目には掛かりましたが、見るたびに光沢のある不思議な布を使っているようでしたのでいろいろ調べさせましたが、何もわからなかったので直接お話させていただこうと待ち構えて・・・ゴホン、お話できる機会を待っておりましたの。」
その貴婦人は名乗ることさえ忘れ、カグヤを確保することだけに専念した感じだ。
何時の間にか周囲は幾重にも貴婦人方に固められ、ブロッカリー辺境伯は邪魔だと言わんばかりに突き飛ばされるように押し出されていた。
なんとなく後ろにいるテレサを見ると、そこには地味なドレスで身を固めた貴婦人の姿しか見えなかった。
騎士階級のテレサは貴婦人たちの輪の外から、心配そうにカグヤを見ていた。
「他の大陸では大量に生産されているが、この大陸ではまだのようじゃな。」
「まぁ、どちらの大陸でしょう。」
「ウーン・・・。」
カグヤは考え込む、どこかの大陸で生産されて家畜化されていた蚕のことなどいちいち覚えてはいない。
「10個ほど先の大陸だったと思う・・・。船で往復するだけで20年以上はかかるのではないかの。もっとも、まだ存在していればの話しじゃが。」
「まぁ、そんな遠くから、海には海獣や海竜が住んでいて、隣の大陸を往復するにも命がけと聞いておりますのに。」
「ワシには神々から授かった力があるからの。」
「この繊細な花模様は刺繍などではなく染物ですか、これもすばらしい出来です。」
「遥か昔に50年ほど居ついた小さな島で染めた物じゃ。場所は忘れたのじゃ。」
「それでは、余分には無いのですね。」
「ウム、自分で使う分しか無いのじゃ。見るだけならいくつか展示しても良いが。」
「それはぜひお願いしますわ。」
・・・あれ、即答か。出さないとまずそうじゃの。。
ストレージから木で作ったマネキンを取り出して、着物を3種とドレスを5種出して壁沿いに飾る。
「デザインもステキですわね。」
自分が着てる姿を想像しているのだろう。皆酔いしれるように見ている。
「なんとか解放されたのじゃ。」
「なんかボロボロですね。」
見かねたテレサが会場の使用人を呼びカグヤの身支度を整えさせる。
「あの一団のボスは何者なのじゃ。」
「それが、普段は派閥同士でいがみ合って近づかないはずの高貴な方たちが一団となってまして・・・。ドレスの前に陣取って語り合っている5名の方々は各派閥のトップです。」
「やれやれ、この国の欲望か。」
「そうともいいますね。」
「シルクを作ろうとしていることは秘密にしておくのじゃ。拷問や死と向かい合いたくなければな。」
「すでにいろいろ探りを入れられていますが・・・。」
「そうか、短い命じゃったの。」
「そんなことで殺されちゃいますか?」
「独占すれば戦争の原因ともなろうな。」
「おい、なかなか良い見世物であったぞ。」
おかしそうに声を掛けてきたのはバストル第二王子だ。
「ブランデッド公とアコスタ兄上を紹介してやる。感謝の楽譜をよこせ。」
「はぁ、いろいろと理不尽なのじゃ。」
カグヤは素直に2曲分の楽譜を渡す。
「2つか・・・フム、なかなか弾きでがありそうだな、まぁよかろう。いくぞ。」
上から目線での言い方は悪いが、バストル王子なりに気を使っているらしく、カグヤを二人の前に連れて行く。
「これが最近の騒ぎの元凶だ。」
カグヤから軽く礼を執り、お互い名乗りあう。
「成り上がりの小娘にはわからんかも知れぬが、普通はヒザを突いて礼を執るものだぞ。」
第一王子の後ろ盾であるブランデッド公爵は無礼と
「いずれ王となった暁には膝を突く日も来ようが、今はその時ではないのう。」
「すでに王になるのは決まっておる。その相手に今から膝を突くのは当然であろう。」
「今はただの王子、つまり子供じゃな。王ではないの。」
「貴様には先を見据えての行動はできんのか。」
「ワシの使命はスタンビートを防ぐことと神々をあるべき場所に戻すことじゃ。これは神々の意志でもある。その邪魔さえしなければ王など誰でも良い。キャロルの後ろ盾にいるのはそれが一番手っ取り早いからじゃ。お主こそその勘違いは改めてほしいのじゃ。」
「ハハハハハ、お前、歳相応の年齢ではないな。いったいいくつになる。」
アコスタ第一王子が高笑いしながら問いかける
「永遠の13歳じゃ。」
カグヤは胸を張って迷い無く応える。アコスタは側に控えている従者を見る。
「間違いございません。ステータスには13歳とあります。しかし、武術大会で優勝できるようなステータスではありません。」
「改竄してあるに決まっておろう。」
「まさか、そのようなことが・・・。」
「フン、まあ良い。この国の王は誰でも良いといったな。他国がこの国に攻めてきたらどうする。」
「やっと目処がついてきたところじゃ。進んで撃退に参加しよう。」
「神々をあるべき場所に戻すとはどういうことだ?」
「理由はわからぬが神が封印されていることがある。それを見つけて開放するのじゃ。」
「封印したままで良いではないか。」
「ほっとくと災いにしかならんのじゃ。」
「それはほんとうに神なのか?」
「さあ、ワシにも良くわからんのじゃ。」
「フーム・・・よし、お前が望むならこの地に留まり永遠にその地位を保証してやっても良いのだぞ。」
「それはワシも神々も望まぬ。去るときにはそれなりの恩恵は施していく。それで我慢するのじゃ。」
「なるほど、見かけと違ってわけのわからぬことを言う存在だな。そういえばお前はいろいろな精霊とも契約しているそうだな。」
「お主たちの言う契約精霊のほとんどは魔法で作る擬似精霊じゃ。ときどき知らないうちに本物と契約している者がいるという程度じゃな。ワシは何の制約もなしに精霊を呼び出すことができ、呼び出した精霊のほとんどは言うことを聞いてくれるというだけじゃな。」
「ほう、特別だと言いたいのか、その本物の精霊というのを間近で見たことが無い。見せてみろ。」
「出すのは良いが、この会場の料理を食い散らかすと思うが構わぬかの。」
「それはそれで面白い出してみろ。」
アコスタは隣のブランデッド公爵を見る。
「はい。私も精霊とやらには興味ありますな。」
「シルフ、ペリ、ナーイアス、ネイシス、セルキー、シーフ出てよいぞ。食べ放題じゃそうな。」
カグヤの回りの空気が歪み、一斉に精霊たちが姿を現す。その数は100体を越える。
「小型の大人しい妖精だけ呼んでみたのじゃ。精霊たちが満足するまで押さえは利かんぞ。」
「んな、な、なんだこれは・・・。」
「潰しても構わんが、ケロッとしとるぞ。ある意味ドラゴン族より厄介なのじゃ。退治も不可能なので楽しんでくれ。」
精霊たちは一斉に食べ物に突撃していく。小さい体のどこに入っていくのか不思議なぐらい次々と食べ尽していき、ある精霊は飲み物を次々と飲み干す。
自由気ままに飛び回る精霊たちに会場は騒然とする。
「これは魔法か何かか?」
アコスタ王子はカグヤに問いかける。
「ん、魔法とも魔術を扱うのとも物理に干渉するのとも違う、言霊とも言う別の原理じゃな。簡単に言うとこの世界はファンタジーなのじゃ。」
「それではさっぱりわからんぞ。」
「そうか、安心するのじゃ。ワシにもよくわからぬ。」
カグヤは口をへの字に曲げて断言する。
ひとしきり食べ漁った精霊たちはイタズラを始める。髪の毛や服を引っ張るのは良いとして、顔に水を掛けたり貴金属を奪ったり、服を脱がせたりし始める。
「ワシは関係ないのじゃ。」
「なんとかしろ。」
「精霊の本当の姿が見れてよかったではないか。」
「・・・大人しくない精霊を呼ぶとどうなるのだ?」
「簡単に屋敷が潰れるのう。ほんとにアッという間に、ガラガラガラーッと。」
カグヤは両手を広げながらその場で一回転しておどけてみせる。
「何かあったときには便宜を図ると約束するからなんとかしろ。」
「それならしょうがないのう。」
カグヤは木琴と太鼓をストレージから出す。
「ウーン、剣の舞がよいか・・・。」
ドンドンドンドンッ ドントンドンドンッ タタタタタタタ タタタタタタタ タタタタタタタタターン・・・。
カグヤが太鼓と木琴を同時に叩き出すと精霊たちが集まってきて、カグヤのストレージから勝手に楽器を出し曲に合わせて奏で出す。100体以上の大楽団だ。狭い会場中に響き渡る。その後3曲ほど演奏してから満足した精霊たちを片付け、その場を収める。
「なんとか片付いたの。」
「やればできるではないか。」
「知恵を絞ったのじゃ。何度も通用せんのじゃ。」
「ハァ・・・まあ良い。演奏も迫力があり圧倒されたぞ。」
「いや待ってくれ、その楽器はなんだ。」
「ただの打楽器じゃな。木琴と言う。このマレットで叩くのじゃ。」
「精霊たちが持っていた物も見せてもらえるか。」
トラッンペットやバイオリンを出して見せる。
「構造は法螺貝の延長じゃな。」
「精霊たちは楽譜を見ていなくて演奏できるのか?」
「いや、精神で繋げておるからの。ワシの記憶にある楽譜を読んでいるのじゃ。」
「便利だな、俺も精霊を持ちたいが可能か?」
「ムリじゃ。まず才能がない。ワシが力を貸せば一体ぐらいは使役できるかもしれんが、それを手助けするワシにはそれをやる気力と情熱はないし義理もない。」
「はっきり言いよる。キャロルには才能とやらがあるのか?」
「フーム・・・今わかるのは見込みはある、と言うことだけじゃ。努力次第じゃな。」
「そうか、まあそれはよい。・・・話は変わるが、」
アコスタ第一王子は少し考え込み言葉を選ぶように質問を続ける。
「この国が戦争に巻き込まれた場合、カグヤは協力してくれるのか?」
「無論じゃ。ただし、無能な指揮官の下で参加する気はない。独立部隊として参加するだけじゃな。」
「それでは他の者に示しがつかん。」
「ならば諦めよ。」
「フン、自信だけはあるようだな。当てにしているぞ。」
「いつでも準備はできている。」
どうやら戦が近いらしい。
・・・その確認で呼ばれたのか、忙しいのう。
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