第34話 商人・ヘライヤ


 カグヤはキャロルたちと転移門を通り王都クルリの屋敷に戻る。


「私は役に立っているのでしょうか?」

 キャロルは、同じ背格好のカグヤが領地と屋敷を行ったり来たりしながら忙しく動き回る姿を見て羨ましく見ていた。


「ん、いまは見学気分で良いのじゃ。いずれわかるときも来よう。気にすることはない。」


「はい・・・。」


「焦り過ぎよ。だいたいカグヤはシワシワな骨と皮だけの百戦錬磨のおばあちゃんなんだから比較にならないわよ。」

キャロルの頭の上を住処すみかにしている妖精エインセルがキャロルを励ます。


「まったく、失礼な虫じゃな。ワシのお肌はツルツルではないか。」


「誰が虫よ!」

 エインセルはカグヤに対してあっかんベーをしてみせる。



 執務室ではセバスが待っていた。

「商人を名乗る者が尋ねてきております。」


「ふむ、会おうか。」


 セバスは一人の商人を連れてくる。


「お初にお目にかかります。ラーマ帝国出身のヘライヤ・アンゲウスと申します。」


「ふむ、ワシがカグヤ・ムーン・アイナリント子爵じゃ。」


「神代の時代にそのような方が居られたようですが、偶然ですか。」


「なんじゃ、疑っておるのか。」


 なにやら探りを入れてくる相手に軽く笑顔で返す。


ちまたの噂では偽者と断じる者もございます。」


「なっ!・・・。」

 カグヤの後ろに控えるテレサが気色ばるのをカグヤは手で制し、ため息を吐く。


「ワシには関係の無い話しなのじゃ。」


「フーム、否定も肯定もされませんか。」


「挑発とわかっていてそれに乗るほど短絡的ではないからの。そんなことより用件はなんじゃ。探りを入れに来ただけではないのじゃろう。ワシは忙しいのじゃ。」


「ハハハ、体裁を重んじる貴族とは思えぬ言葉ですな。」


「実務的と言ってもらいたいものじゃ。」


「・・・大変失礼しました。では早速ですが、今回開かれたオークションではずいぶんとたくさんの物を出品なされたとか。」


「たくさんでもないが、いくつか出したのう。」


「エクスポーションを始め、アイテム袋に防御付与の貴金属や名工の作った剣や防具を出品されたと伺っております。これらはカグヤ様が作られた物ではございませんか?」


「フム、そうだとしても必要以上に売る気は無いぞ。どうしても必要なら一つ二つ売るのは構わぬが、情報も必要な交換条件じゃな。」


「他国の者に自国の情報を売れとおっしゃいますか。」


「なんじゃ、それは偵察を兼ねた間者商人と自白しているようなものじゃ。処刑するしかなくなるのう。」


 カグヤはジィッと商人ヘライヤの行動を観察する。

 ただの金儲け目当てか、有力貴族の手先となって積極的に他国の情報収集をしているのか、カグヤは一領主としてそれらを見極める必要があるのだ。


「そうですね。以前は偵察も兼ねた情報収集が目的でした。」

 ヘライヤは軽く目を落としながら語り始める。


「なんじゃ、長くなりそうじゃな。人生相談なら占い師か教会にいくと良いのじゃ。」


「貴女の奴隷となったガラムスのことです。」


「なんじゃ、知り合いということなら連れて行ってもらって良いぞ。」


「ことはそんな単純な話ではないのです。」


「お、おおう。」

・・・これは困った。聞かねば帰りそうもないのう。


「我がラーマ帝国は独裁制を排除した民主政国家なのです。」


「そうか、話はよくわかった。もう帰って良いぞ。」


「話はまだ始まってもいません。」


「それでは結論だけ先に聞こう。」

 カグヤにとって政治政体などはどうでもよく、周りの者たちを含めた自分たちが平和に暮らせればそれで良いのだ。


「結論だけ言えば、商売上の取引をさせていたたければと思っております。」


「それならこちらも喜んで協力させてもらおう。」


「ですが、今のラーマは迷走しています。」


「話が飛んだのじゃ。それに、他国のことなどどうでも良いのじゃ。」


「ラーマのほとんどの市民たちはとても貧しく、口減らしのために子供を間引き、ときには捨てられ奴隷として育てられることも多いのです。」


「皆が幸せになるという民主政とやらはどこにいったのじゃ。」


「皆が・・・ですか。」


「ラーマの現状ガラムスから聞いておる。

 奴隷は全国民の半数以上。奴隷が足りなくなれば周辺の部族や街を襲って奴隷の補充。高い税金に簡単に人を殺す悪政の数々。金が無くなれば裕福な者をまとめて罠にめて全財産没収。どこかのファミリアに入らなければ生きていけない。ファミリア同士の抗争。貧民市民や市民兵士のもっている土地や財産の強奪。奴隷に対する扱いの酷さ。身の丈以上の領土拡張。こんなことが何時までも続くわけがなかろう。ラーマはやりすぎたのじゃ。」


「どうすればいいのでしょう。」


「ほんとうはわかっているのだろう。だが誰もそれを変えようと努力する者がおらぬ。変えようとする者が出ると皆で足を引っ張り引きずり下ろす。この通り、どうみてもラーマ帝国は滅びの道しか残されておらん。解決策としては、一度、国としてのシステムをすべて破壊し、分断するしかないのう。」


「それは、戦争ででしょうか。」


「天変地異でも構わんぞ。」


「多くの者が死にます。」


「多くの者が死なねば政治システムは止まらぬのう。」


「それは・・・。」


「元執政官のガムラス・フォビウスを奴隷としてこの屋敷に置いている。一緒に食事でもしていったらどうじゃ。少しは気晴らしになろう。」

 カグヤはガラムスに丸投げすることにした。そもそも、カグヤにはまったく関係のない話なのだ。


「よろしいのですか?」


「構わぬ、別室に食事でも用意させよう。」


 カグヤはセバスに食事の用意をさせる。



「あのう、裏切る可能性があるのでは・・・。」

 ラーマ商人ヘライヤが退室してからテレサが疑問を口にする。


「フフフ、それならそれで構わぬのじゃ。逃げられて困るものでもないしのう。そんなことより昼食の時間じゃ。今日は何かの。」


「そういえば、新しく入った料理人たちが精霊ブラウニーたちにしごかれてるとか・・・。」


「まぁ、ブラウニーたちは調味料の使い方をよく知っておるからのう。ただ切って塩と油で焼くだけの料理モドキとは世界が違うのじゃ。」



 昼食後、ガラムスと商人ヘライヤが再び面会を求めてきたので面会する。


「カグヤ様はラーマ帝国をどうなさるおつもりでしょうか?」


「なるようにしかならんと思うのじゃ。」

 カグヤは惚けて当たり障りの無い返事をする。


「勝てるような目算はあるのでしょうか?」


「さあ、負けるかも知れんぞ。」

 カグヤはにこやかに応える。


「それでは協力しようにも、しようがありません。」

 ヘライヤにはカグヤが何を考えているのかわからないので探りを入れる。


「フフフ、好きにすれば良い。ところでラーマ帝国ではワイン作りが盛んだそうじゃの。腐りかけの奴隷に与えるワインではなくまともな処理をされた高級ワインが大量にほしいのじゃ。」


「ほう、小麦や食料品とかではないのですね。」


「ふむ、食料などいくらでも栽培できる。ほしいのは高級ワインじゃな。まずいのはいらんぞ。おぬしも販路が開拓できてよかろう。」


「200tの船にいっぱい積んでもらって、お主の儲けを入れても大金貨1000ぐらい払えば良いかのう。」


「どのぐらいご入用ですか?」

 予想以上の儲け話にヘライヤの頭の中は商売のことで頭がいっぱいになる。


「あればあるだけほしいのう。とりあえず10艘分はほしいか。いや100艘でも良いぞ。ワインはとても良いのじゃ。」


「そういえば、この国でワインはあまり見かけませんね。」


「そうじゃろう。良い商売になるぞ。帰りは胡椒やトウガラシでも積むと良い。来年にはもっと良い物が出回るぞ。」


「ほう、いったい何でしょう。」


「出来てからのお楽しみじゃ。失敗するかもしれんしのう。」


 その後、話は弾み、カグヤはラーマ帝国の情報を得ることができた。結局、ヘライヤは持ち金をすべて出して馬車3台分の胡椒とトウガラシを積んでいくことになる。ラーマ帝国内ではかなり高く売れるようだ。


 ヘライヤと別れ、ガラムスがカグヤに問いかける。


「ボス、何を考えている。ワインをたしなんでいる姿なぞ見たこと無いぞ。」


「フフフ、需要があるのは確かじゃ。ワインは最高なのじゃ。」


 その後、ガラムスからヘライヤの目的を聞くと、正式に広大なカズラ平原の開発許可を得たカグヤに取り入ってラーマの植民都市を作るつもりであったが、逆に巨額の取引を持ち掛けられてラーマに背信する気になったようだ。


 結局、国のためと言いながらも、自分のための利益が最優先される。それが普通の人の本性なのだ

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