第33話 三つの遊牧民

 翌日、テレサ、眠そうなキャロルと従者4人と共にテミスに転移する。


「なんじゃ、眠そうじゃな。」


「はい、夜遅くまでエインセルに剣と魔法の特訓を受けてました。」


「そうか、それは災難じゃったな。」


「キャロルが成長しないと私に力が宿らないでしょ。これから毎日やるわよ。」

 エインセルの鼻息は荒い。


「エインセルが振り回す木剣を盾で受けるだけですけどね。」


「フフフ、最初はそれで良い。慣れてきたら押し返すのじゃ。こいつは押し潰しても大丈夫じゃ。」


 そんな話しをしていると、マホ族の族長シャチが見慣れない数人の者たちと共に近づいてくる。


「巫女姫様おはようございます。本日は紹介したい者がございます。」


「いや、カグヤと呼んでもらった方が良いのじゃが。」


 紹介されたのはラーマ帝国に襲われ、マホ族と共にこの地にやってきた三部族の長たちだった。それぞれカル族のグルム、グミ族のタート、ヤハ族のイムチを名乗る。


「ふむ、ワシがカグヤ・ムーン・アイナリントじゃ。用件を聞こうかの。」


「おお、我等の部族にもカグヤ様の伝承は伝わっております。我等にも精霊の巫女姫様の加護を頂きたいと思いお願いに上がりました。」


「ワシの下に付くということで良いのかの? このトリシア王国に定住し、この国の国民になるということになり、税金として農産物の2割は納めてもらうことにもなるがそれで良いか?」


「はい、精霊の巫女姫様のお噂を聞き、この地で実際に精霊を目にした時から、我等は巫女姫様とともにありたいと思いました。」


「ワシはいずれ旅立つことになるので、それまでの付き合いとなるぞ。」


「はい、巫女姫様の御心のままに。」


「やれやれ、信仰の対象になってしまったか。あまり崇められるのは性に合わん。もう少し砕けた感じで頼むのじゃ。」


「はっ、努力いたします。」


 カグヤはキャロルを紹介する。


「その、頭の上の方は精霊ですか?」


「キャロルに取り付いている妖精じゃが、いずれ良い精霊となろう、お主たちの助けがあればより強く成長しようぞ。」


「新たな下僕たち、私はエインセルよ。しっかり働きなさい。」


「これは心強い。他の者にもしっかり伝えます。」


「さて、このカズラ高原は大森林に住む魔獣とトリシア王国の緩衝地帯として存在していたようだが、ここで農業を発展させたいと思っておる。そのために高原と大森林の間に大河を引こうと思う。協力してもらえるかの。」


「大河ですか・・・。」


「ウム、大森林に二つの大河が流れているが、これを半分ぐらい引き込み、同時に魔獣地帯との境にしようと思う。」


「なるほど、河川で天然の防衛線を引くわけですな。」


「そうじゃ。そのために簡単な地図を書いてほしいのじゃ。シャチ、頼めるかの。昼まででよいぞ。」


「は、おまかせください。」


「おっと昨日の続きを急がねばならん。では頼んだぞ。」


カグヤはフェンリルに乗りさっさといってしまう。


「あっ・・・。」

 キャロルが気づいたときにはカグヤを乗せたフェンリルは走り出していた。


「キャロル様たちには馬を用意してあります。」


「なかなか気が利くわね。案内なさい。・・・それにしてもカグヤは動きが早すぎるのよ。」

 キャロルの頭の上でふんぞり返っているエインセルが呟く。


「ほんとですよね。」

 テレサも頷く。



 キャロルの乗馬の訓練がてらカグヤのいる湿地帯までいき、皆で稲の種蒔きをしてから部族の長たちのところに戻る。


「簡単な地図はできたかの。」


「はい、思い出せる範囲ですが・・・。」


「フムフム、まぁよかろう。後は空から見て河川を作っていくかの。おぬし達の移住地はどの辺りじゃ。」


 それぞれの位置を示させる。


「良い感じで散らばっておるの。では、その3ヵ所の中心には精霊の祠を建てるのでそれを基点に町を作ると良い。あとは、それぞれの土地の特産となるような物でも考えようかのう。

 これからは他の種族の者たちや交易のために商人も尋ねて来よう。気持ちよく迎え入れ仲良く暮らすのじゃ。」


「ハハッ、ありがとうございます。」


 各族長たちはヒザを突き頭を下げる。

「では明日の朝出発じゃ。また来るぞ。」


〇 〇 〇


 転移門を通って王都クルリの執務室に戻ると執事のセバスとハウスキーパーのメアリーが入ってくる。


「失礼します。新しく入った使用人たちを紹介します。」


 13名が部屋に入りそれぞれ挨拶する。


「フム、キャロルの専属メイドもおるしの、仕事は分担して仲良くやってほしいのじゃ。フロは毎日入り身奇麗にして、睡眠もたっぷり取るのじゃ。これから人も増えていくので屋敷内のルール作りは任せるのじゃ。」


「あの、俺達も入っていいのか?」


「無論じゃ。石鹸もタオルも容易してあるのでしっかり洗うのじゃ。」


「はい、ありがとうございます。」


 庭師一人とセバスを残して下がらせ、3人で庭園の計画をする。


「精霊の祠だけは動かさないように、命に関わるのじゃ。」


「えっ、命ですか。」


「ウム、実際に精霊光が集まり実体化しておるからの、祠を壊したりして怒らせないことじゃ。ま、簡単には壊れんがな。」


「気をつけます。」


〇 〇 〇


 翌日、キャロルたちとテミスへ転移すると族長たちが待っていた。


「シャチ、温泉は使ったかの?」


「はい、皆にも好評です。昨日来た旅商人も喜んでおりました。」


「ほう、もう来たのか、商魂たくましい者もいるようじゃの。そういう者は大事にするのじゃ。」


「はい、村の発展を楽しみにしていると領主殿に伝えてくださいとのことです。」


「フフフ、期待に応えねばの。ドライアド、耕作の進捗はどうじゃ。」


 側に控えている精霊ドライアドに様子を聞く。


「作業に慣れない者ばかりなのでなかなか進みません。」


「ま、軌道に載るのに3年はかかろう。出来る限り助けてやってくれ。」


「はい、お任せください。」


カグヤはストレージからエアバスを出す。


「さて出発じゃ、まずはカル族からじゃの。」


「これが神代の馬車か・・・。」


 族長の一人が呟く。


「広くて平らなところしか走れないただの出来損ないじゃ、ドライブ好きなワシにはこれで丁度良いがのう。」


「途中でにある森林をいくつも通ることになります。これでは大きすぎて通るのは無理です。」


「これは空も飛べるのじゃ。気まぐれな精霊シルフたちに頼ることになるのが不満じゃがなんとかなる。安心するのじゃ。」


「今、安心できない言葉が聞こえましたが・・・。」

 テレサが即座に突っ込む。


「気のせいじゃ、さあ乗るのじゃ。」


 3部族の族長とその側近やキャロルたちを乗せると見送るシャチたちに向かって


「では数日後にまた来る。あとは頼むぞ。」


そう言って乗り込む。


「今日はどらいぶなのですね。」


 キャロルはカグヤがよく口にする単語を使ってみた。


「ウム、ドライブじゃ。ただでさえ広い領地じゃからのう、一から行う領地経営も大変なのじゃ。」


「カグヤにはこの地の未来図ができているのですね。」


「フフフ、当然じゃ。とりあえずこの地の住民をあらゆる方法で従わせ、飢えぬように農業指導を行い、仲良く幸せに暮らさせるようにするのじゃ。」


「つまり、行き当たりばったりよね。今のところうまくいってるだけで・・・。」

 精霊エインセルが呟く。


「さあ、出発じゃ。時間を無駄にするわけにはいかん。前に進むのじゃ。」

 カグヤはそういうとエアバスを走らせる。


「シルフ案内を頼む。南の方に集落があるはずじゃ。」


 しばらく走っていくと森林地帯が見えてくる。


「迂回路は無しか、では飛ぶぞ。シルフたちよ配置に付くのじゃ。」


 シルフたちがエアバスの下に潜り込むとフワッと浮き上がり空を飛ぶ。


「おお、飛んでいる。」


「これは壮観ですな。」


「どのくらい飛べるのですか?」


「シルフたちが飽きなければ永遠に・・・。」


「飽きたらどうなるのです?」


「当然、落ちるしかあるまいな。」


 しばらく飛んでいるとエアバスがふらつき出す。


「あのう、なんか傾いてます。」


「ウム、数対逃げ出しおった。」


「命令は絶対ではないのですか?」


「シルフは自由人なのでしつけが難しいのじゃ。」


 遠くに草原地帯が見えてくる。


「よし、あの辺りに向かうのじゃ。」


 フラフラさせながらなんとか無事に着地する。カル族族長のグルムがカグヤに話しかける。


「このまま真っ直ぐ進んでいただければカル族の集落地に到着します。」


「おうそうか、無事に着きそうで何よりじゃ。」


「・・・。」


 しばらく走るとテントや魔法で土を盛り上げただけの住居群が見えてくる。


「魔術が使える者もいるようじゃな。」


「はい、我らガル族は工作を得意としております。」


 集落の中心部まで進むと騎兵部隊に取り囲まれる。エアバスを停めて、族長のグルムを先頭に降りていく。


「族長、これは・・・。」


「皆ご苦労、精霊の巫女姫様をお連れした。歓迎するのだ。」


 騎乗していた者たちは馬から降りてヒザを突く。カグヤは挨拶をする。


「フム、ここは鉱山に近いのかの。」


「はい、あの山々には豊かな鉱物資源が眠っているようです。」


「なるほどのう。ではここに精霊の祠を作るとするかの。」


 カグヤは魔法で祠を作り、精霊樹を植えていく。そして技巧の精霊リャナンシーと花の精霊アルラウネを呼ぶ。


「この地はワシが治める土地となる。彼等住人の助けとなってやってくれ。」


「はい、かしこまりました。」


 羽の生えた小人の2体の精霊がカグヤに頭を下げる。


「あれは精霊か、初めて見た。」


「おおー、精霊の巫女姫様という話は本当だったのか。」


 カル族の者たちは口々に喜びの声を上げる。


「この祠に住み着くのはこの2体じゃ。あとは必要に応じて勝手に増殖することもある。大事にするのじゃ。」


「は、はい、この精霊さまはこの地に留まっていただけるのですか?」


「うむ、そうじゃ、ワシの代わりの領主代行といったところじゃの。魔獣などを遠ざける効果もある。困ったことがあれば相談すると良い。ワシとの連絡もすぐにつく。集落の運営はお主たちの役目じゃ。鉱山の発掘をして鍛冶をしながら、蚕を飼って絹の生産でもしてみるかの。」


「絹ですか?」


「フム、ワシの着ているものが絹でできておる。見本に一つ置いていこう。ダニも付き辛いので貴族相手に高く売れよう。」


「これは光沢もあり肌触りも良く、不思議な物ですな。」


「これを作るにはいろいろと道具を工夫して作るする必要がある。お主たちには適任であろう。そのためにまずこの桑を育て増やすのじゃ。」


「これは木ですか?」


「ウム、増やすのは簡単じゃ。日当たりの良いところに挿し木すればドンドン増える。」


 そう言いながらストレージから100本ほどの桑の苗を取り出す。


「はっ、早速植えてまいります。」


「さて、祠の脇に屋敷でも建てておくかの。グルムの町の執務室として使うがよかろう。」


 そういうと、土魔法で屋敷の土台を作っていく。


「中身は自分たちで自由に使うと良い。2階の一室は転移門を設置しワシの部屋として使用する。」


 カグヤは2階に上がって奥の部屋に転移門を設置した。


「さて、今日のところはこんなところじゃな。いずれ各街を繋ぐ街道整備を始めるが・・・来年以降かの。」


「街道ですか。」


「ウム、街道があれば軍の移動も早く、物の移動も活発となるというものじゃ。」


「なるほど、心に留めて置きます。」


「では、また明日来る。次はグミ族とヤハ族じゃな。明日は二つ片付けよう。」


「は、お待ちしております。」

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