第32話 ケール教の接触

 2階の執務室に行くとセバスが待っていた。


「おかえりなさいませカグヤ様。」


「うむ、変わったことはあったかの?」


「お見合い用の資料が多数と・・・。」


「それは捨てるか3階の資料室行きで良い。」


「それと、なんといいますか屋敷の前でお祈りしていく者が多く、どうしたものかと・・・。」


「何に祈っておるのじゃ。」


「カグヤ様や精霊です。街の噂では、この屋敷は精霊屋敷として認知されつつあるようです。」


「うーん、ならば参拝用の精霊の祠でも建てるかのう。」


「それは良いお話ですね。私も毎日お祈りさせていただきます。」


「お主もか! いや、祈ってもらってもご利益やご加護などは何もないのじゃ。」


「はい、カグヤ様がいらっしゃるまでは精霊がこれほど身近に存在するものとは思っていませんでした。これは街の者も同じです。」


「フーム、信仰利権に絡まれても面倒じゃ。どこかの教会と話し合って少し商売でもするかのう。」


「その教会の方が訪ねてこられまして、ケール教のグレオ教皇様がお会いになりたいとのことです。」


「嫌な予感しかしないのう。」


「他国ではわかりませんが、この国のケール教会で悪い噂は聞きません。」


「善意の塊か・・・断る理由がないからあつかい辛いのじゃ。」


「そういう物ですか。」


「まぁいつでもよい。昼食後にこちらから出向いても良いぞ。」


「はい、それでは使いの者にそう伝えておきます。」


 どうやら使いが来ていて待たせていたらしい。



 昼食後、使いの者が来て、直接出向いてくると伝えられた。


 午後、カグヤは屋敷の一角に小さな精霊の祠を作り精霊樹を植え精霊が集まりやすくする。

 精霊樹は精霊を呼び、精霊は魔素を分解して自然を回復させる力を周囲に振りまく。それには多少の傷を治したり、体調を良くする効果もある。

 ここでいう精霊とは、目で見ることのできない小さな光の粒でしかない。形を持って意思を持ち会話ができる個体はごく一部なのだ。


 門を作り祠までは砂利を敷いて参拝用の通路作り、参拝通路に歩道用の石を埋めていく。それだけでは物足りないので朱色の鳥居も建ててそれっぽくしてみた。


「神社みたいになってしまったがこんなもんじゃろ。」


 出来に満足しているとケール教のグレオ教皇が馬車に乗ってやってきた。出迎えて執務室に通しキャロルも呼ぶ。


 玄関では3mほどの2体の小型のドラゴンの剥製が出迎える。

 執務室までの壁にはカグヤが見てきた壮大な山河や巨大な石造や構築物などの風景や精霊たちを、写真のように転写した絵が続いている。


「まだいろいろ建築途中なのであまり良い物はないがの。」


「いえいえ、庭では精霊フェンリル様に出迎えられ、入り口にはドラゴンの剥製。1階の壁にはみたこともない各地の美しい風景の数々と2階には精霊たちのお姿。驚くことばかりでございます。これだけでもお訪ねしたかいがあったというものです。」


「ま、風景はキャロルの趣味でもあるがの。血なまぐさい戦闘シーンや獰猛な魔物たちにしようしたら却下されたのじゃ。」


「熊の首が切られて飛んでいく絵とか、魔獣の体が真っ二つになってる絵とか、魔物同士が戦ってる絵とか、地獄絵図にしか思えません。」

 精霊エインセルを頭の上に載せたキャロルが従者と共に入ってくる。


「そこがかっこいいのにのう。とても残念じゃ。」


「ふほほ、キャロル様お久しぶりでございます。ずいぶんと成長なされましたな。」


「この前あったのは三年ほど前でしたか。」


「はい、よく今まで生き延びられましたな。」


「生かしておいても問題無いと、見逃されたのが幸いだったようです。」


「ところでその頭の上の方は精霊さまではありませんか?」


「私がこの下僕の主人よ。見知りおきなさい。」

 キャロルの頭の上にいる妖精エインセルが勢いよくまくし立てる。


「まだ妖精じゃ。いずれ大きな力はつけるじゃろうが、今はまだ虫と変わらん。」


「誰が虫よ。そのうち大精霊になってギッタンギッタンにしてやるわ。」


「そうか、がんばると良いのじゃ。」


「それは将来が楽しみですな。」

 妖精エインセルはキャロルの頭の上でふんぞり返っている。


「ところで、入り口のドラゴンは御使い様が退治されたものですか?」


「まぁ小型のドラゴンじゃな。大型はでか過ぎて置けなかったのじゃ。」


「ドラゴンの鱗は堅くて切れないと伺っておりますが、」


「武具に魔力を込めればサクッと切れるのじゃ。」


「さすが、武術大会で優勝されただけはありますな。褒章に領地を賜ったとお聞きしておりますが。」


「領地というよりはこの国の隣の未開の地にマホ族が追われて避難してきていたので開発も兼ねてまとめて引き受けただけじゃがな。」


「御使い様の伝承はいろいろ伝わっております。治められた地は必ず発展し、その地域の中核となり大変珍しい物も出回るとか。」


「まぁ、今回もそのつもりじゃが、まだ手をつけたばかりじゃ。しかし、今回はすんなり行ってよかったのじゃ。普通は脅して殺して戦争して、ムリヤリ土地を確保することが多いからのう。」


「そうですか、なかなかご苦労されておいでのようですね。今回はその地に教会を立てさせて頂きたいのでその許可いただきたいと思いましてな。」


「まぁかまわぬが、ただ、マホ族は精霊信仰が強いようじゃ。便宜は図ってやるので無茶な布教はしないことじゃ。」


「フホホホ、お見通しですか、心得ております。他にも三つの部族が落ち延びてきていると伺っておりますが。」


「接触はまだじゃ、戦争になる前に支配下において定住化を図ろうと考えておる。襲って奴隷化する気は無いのでうかつな行動は控えてほしいのじゃ。」


「よくわかりました。ご協力いただけるようで何よりです。もうひとつ、よろしいでしょうか。」


「うむ、なんじゃ。」


「ケール教教会では海の精霊に呪われた者たちを保護しています。長い間船に乗っていた者がかかる呪いなのです。

 始めは皮膚の乾燥や脱力感から始まり、その後、大腿部などに大きなあざが出るようになり、最後は歯ぐきや毛穴から出血がみられ、そこまでいくとほとんどの者は苦しみながら死んでいきます。

 不思議なことに、船に乗ったことのない者でもその呪いに罹るときがあります。ヒールを掛けてもすぐに元のボロボロな体に戻ってしまいます。その呪いを解く方法は無いものかとご相談に上がりました。」


「アハハハハハ。バカねー。、私たち精霊は関係ないわよ。」

 妖精エインセルが突然笑いだす。


「あー、それは呪いでもなく病気でもない。ただの栄養不足じゃろうな。」


「呪いや病気ではなく、栄養不足ですか?」


「人はいろいろな食べ物から人体を構成する物質を取り込んでその形を保っておる。ただ腹を満たすだけなら砂や石を食べていればよい話じゃ。しかし、それでは栄養が無いので生きていけぬ。パンや保存食以外の栄養食を摂らないと、体を構成する栄養が摂れんのじゃ。お茶、ジャガイモ、レモン、ミカン、ショウガ、芽キャベツじゃったかな。」


「なるほど、なんとなくわかってまいりました。」


「たしか、お茶を粉末にして飲むとよかったはずじゃ。帰ったら試してみるとよかろう。一週間ほどでだいぶ良くなるはずじゃ。」


「足を運んだかいがありました。早速試してみたいと思います。本日は有意義なひと時をありがとうございました。」


「役に立ったのなら何よりじゃ。」


 グレオ教皇たちはそそくさと帰って行く。


「船乗りたちの罹る病気は海の呪いではなかったのですね。」


「ウム、呪いのような物は未だ見たことは無い。病気には原因があって結果があるだけじゃ。それを解明するのが学問じゃな。少なくともこのような虫が原因の悪影響というのはほぼ無いのう。」


「なるほど、学問とは面白いものなのですね。」


「誰が虫よ! キャロル、部屋に戻って特訓よ特訓。今日からビシバシ鍛えてやるわ。」


「魔法なら基本魔法を複合させていろいろ組み立て、剣なら盾で受けることから始めると良いぞ。」


 エインセルに引っ張られてキャロルと従者は部屋から出ていく。カグヤは手をヒラヒラさせて見送る。


「さてセバス、財務状況はどうじゃ。金貨は足りておるかの。」


「申し訳ありません。お預かりしました金貨は底をつきそうです。」


「いや、王女を囲っている状況ならそんなもんじゃろ。追加資金じゃ。必要と思える事にはケチらず使ってよいぞ。」


「はい、ありがとうございます。」


「使用人の方はどうなっておる。」


「はい、数日前に募集する旨を王宮と商業ギルドに打診しましたところ、下級貴族から娘を使ってやってくれと3名ほど打診がありました。他に商家の娘やメイド組合から6名と料理人も3名。庭師に軍を引退したものが1名志願しております。」


「ふむ、我が屋敷内では貴族も平民も奴隷も立場は平等。横流し等の不正は許さぬ。貴族だからといって特別扱いしないということを呑んでくれるなら構わぬぞ。多少便宜を図り、給金は少し多めに出すぐらいなら雇って良しじゃ。気持ちよく働いてもらうのが一番なのじゃ。あと、フロには毎日入り清潔を心がけるようにと。」


「はい、毎日入らせていただいていますが、あれはなかなか良い物でございますな。」


「ふむ、そうじゃろう。そうじゃろう。他に何かあるかの?」


「屋敷の裏に作っているキャロル様を支持する者たちの宿舎ですが。」


「入る者はいそうかの?」


「はい、喜んで移り住みそうな者が30名ほど・・・。」


「意外に多かったのう。」


「はい、貴族学院を出ても騎士団からあぶれ、他の領地にも雇われなかった下級貴族は多く、その日暮らしから盗賊や冒険者に身を落とす者も多くございます。」


「ふむ、読み書きが得意そうな者は事務やセバスの補助としてこき使うと良い。他の者はテレサの配下にして屋敷の護衛兼キャロルの親衛隊として使うのじゃ。もちろん給金は払ってやってくれて良いぞ。何かあったらワシに言うと良い。」


「テレサの配下ですか?」


「護衛というより、鍛えてもらうのが主な目的じゃがな。テレサもそれなりの腕はありそうじゃからのう。ガラムスにも手伝ってもらえばよかろう。屋敷の護衛だけなら精霊たちだけで十分じゃ。」


 その後、カグヤはセバスから渡された木版に書かれた経理報告を確認する。


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