第13話 生きるための誇り

 盗賊たちを一方的に痛めつけたカグヤは、普段たむろしている酒場に案内させると仲間を呼んでくるよう命令した。


「ここがお主らの拠点というわけじゃな。さあ、お前たちの仲間を呼んでくるのじゃ。」

 カグヤは尊大に振る舞って仲間を呼んで来させるよう促した。


「あのう、このあたりで止めておきませんか。」


 剣術に心得があるテレサではあるが、大勢の無法者たち相手に無事でいられる自信はない。

 このままカグヤに暴走されて返り討ちに会う前に、なんとか止めようと声をかける。


「何を言っておるのじゃ。奴隷・・・じゃなくて、手駒を揃える良い機会ではないか。それに、もう手遅れじゃ。」


 カグヤの言葉が終わると同時に、酒場からそれぞれが手に武器を持った者たちがゾロゾロと出てくる。片腕がない者、片目がない者、片足がない者と部位欠損者が半数はいる。リーダーらしき片足の男が喚きだす。


「ハァ? お前らこんなガキにやられたのか!」


 カグヤはゆっくりその男に近づくと、いきなり鉄扇で顎にアッパーを食らわす。男の顎は砕け後ろに吹っ飛ぶ。それを合図に残りの20人が一斉にカグヤに襲い掛かる。


 しかしカグヤは軽くかわしながら一人ずつ鳩尾みぞおちに鉄扇を打ち込むと、男たちを地面に転がしていく。

 アッという間にすべての男たちが腹を抱えて転がりもだえていた。周りには見物の野次馬が集まり始める。

 カグヤは顎を押さえながらモゴモゴしているリーダー格の男にエクスヒールを掛けると、片足しかなかったリーダー格の足がみるみる生えてきた。


「オ、痛くねぇ・・・ウオッ、足がぁぁぁぁ。」

 片足が無かったリーダー格の男は新しく生えてきた足を何度も何度も確認するように触っていた。


「さて、お前はどうせ死ぬんじゃ、頑張って抵抗して見せよ。」


 カグヤはそう言いながら生えた足を触っている男に近づいていく。男はすばやく動くと見事なジャンピング土下座を決める。


「頼む、俺は死んでもいい、他のヤツの手足を直してやってくれ。俺の金も持ち物もすべてやる。足りない分は俺の命でおぎなってくれ。どんな拷問でも受ける。この通りだ。」

 男は頭を地に付けて必死に頼み込む。仲間の初老の男もノロノロと近づいてきてその男の横に座る。


「俺からも頼む、若いヤツの体を直してやってくれ。」


「フン、ずいぶんと都合の良い話じゃのう。いままでの悪事に対してはどう償う気なのじゃ。」


 カグヤにとって、利用する相手がどんな者であろうと気にするつもりはなかった。しかし、物事には大義名分が必要となる。盗賊たちを許し手駒として使うための名分だ。その条件が整わない限り、無法者たちを許すことはない。

 それがどんな些細なことであっても。


「聞いてくれ、俺たちは半端者の集まりだ。いきなり捕まって奴隷となって逃亡した者。国のために戦ったのに、手足を失ったためになけなしの財産をすべて売り払って食い詰めた者。飢饉や疫病で家族を失ってここに流れ着いた者。暴力沙汰を起こして逃げてきた者。孤児として生きたきて大きくなったが後ろ盾がなくて悪事に手を染める者。みんなこの社会の落後者だ。」


「ふむ、それでは生きている価値もないのう。」

 カグヤは容赦ない言葉を浴びせる。


 「そう、そのとおりだ。本音を言えば貴族や裕福な者たちが妬ましい。だがな、裕福とか金があるとかそんなんじゃない。貴女たちのように自信を持って生きている者たちがまぶしくて、うらやましいんだ。俺たちも誇りをもって生きたいんだ。」


 男は泣いていた。荒んだ生活を続けているうちに自分を見失っていたが、カグヤに告白することによって己の口から出た言葉、自分の本音に驚いてもいた。


・・・俺はこんなことを考えていたのか。それを忘れていたとはなんてバカなんだ。


 カグヤはその言葉を待っていた。

・・・ふむ、これなら更生の芽もありそうじゃな。


「では条件をつけよう。明日、日が昇る頃に港に全員集合せよ。ワシの海賊退治に付き合うのじゃ。どうせ死ぬなら人の役に立ってから死ぬがいい。その場で全員揃わない場合は、貴族に危害を加えた罪ですべて見つけ出して仕留めることになる。」


「海賊退治とは命がけだな、でもやる価値はある。明日の朝に港だな。」


「ウム、そうじゃ、詳しくは中で話そう。」


 カグヤはテレサを連れて酒場の中に入ると注目された。盗賊たちの根城という割には他の客も普通にいるのが不思議なところだ。

 客たちも含めて皆が緊張していた。酒場の店主らしき男が奥の広いスペースを指さす。シーンと静まり返っている酒場の中を、男たちはゾロゾロと歩いた。


 カグヤは奥の広いスペースの溜まり場でエクスヒールを掛けていく。皆大喜びだ。


 カグヤとテレサは少し離れてエールを飲む。


「あの、ほんとに海賊退治にいくのですか?」


「そのつもりじゃ。明日はついて来なくも良いぞ。」


「そういうわけにはいきません。」


「誰も来ないかもしれんぞ。あ、以来を受けとくかの。」


 そんな話をしていると、おかしな帽子をかぶり、手には楽器を持った男に声をかけられる。


「お嬢さん少しよろしいですか、」


 と言いながら馴れ馴れしくカグヤの隣に座る。


「私は吟遊詩人のギル・セントバードと申します。先ほどの戦いはお見事でした。その上に魔法まで扱うとは驚きです。ぜひうたにしてみたいと思い声を掛けさせていただきました。お名前をお伺いしてもよろしいですか。」


「フフフ、本業は情報屋じゃろう。」


「いやぁ、ハハハハハハ。」

 ギルと名乗る男は笑って誤魔化す。


「カグヤ・ムーン・アイナリントじゃ。詩にするのはやめてほしいのじゃ。そんなことより海賊の情報がほしい。お主が知ってる情報でも、情報を精査した結果でもかまわん。」


 カグヤは小金貨を一枚出す。ギルは少し考えて小金貨を懐に仕舞いカグヤの目を見ながら


「たしか、神代の時代のムーン帝国の二代目皇女にそのようなお名前があったと伝わっていますね。」


「ほう、くわしいの。」


「彼女はその後どうなったのでしょうか。」


「各地に散らばった都市が独立し収拾が付かなくなったので、国を解散して旅に出たのじゃ。」


「内乱があったとか。」


「いや、各領主が私腹を肥やすために決められた税以上の額を取っておったので反乱が勃発し、その反乱に加わったのじゃ。」


「いったいどんな理由で王女が他都市で反乱した者たちに加勢したというのですか。」


「領主たちにムカついたからに決まっておろう。結果、敵も味方も関係なく多くの者たちが討ち死にしていったのじゃ。」


「まるで見てきたかのように語りますね。」


「今となってはどうでも良いことじゃ。それより海賊の話はどうしたのじゃ。」


「そうでしたね。海賊ですが、大河を下って海に出て左にいった漁村を3隻で襲うつもりでいるようです。他に5隻ほどが遠くにいるようです。今持っている情報はそれだけですね。」


「フム、3隻もおったか。」


「お役に立てましたか。」


「フフ、貴重な情報じゃ。感謝するぞ。」


「それにしてもあれは見事な立ち回りでした。どこの流派なのですか?」


「古武術の一つ、とだけ答えておこうかの。鉄扇は護身用の武器じゃ。そういえばあやつの名を聞いてなかったな。」


「ああ、彼はゴルデス・ナントールで元A級冒険者ですね。なんでも、20人でPTを組んでシャーマンエレファントに挑んで命からがら逃げてきたそうです。そのときに5人ほど犠牲になったそうです。」


 その後もいろいろ聞かれたが、カグヤは逃げるように酒屋を出て冒険者ギルドに向かう。


 冒険者ギルドに着くとカグヤはまっすぐ掲示板に向かい、海賊討伐の依頼書を持って受付に向かう。ギルド職員は驚いていたが、S級のカードを見せ強引に手続きしようとするが、奥の部屋に連れて行かれた。


「・・・」

「手続きして早く帰りたいのじゃが。」


 男はカードを見て

「これ本物ですか?」


「調べればよかろう。疑うならロートのギルド長に尋ねよ。」


「はい、間違いないと言ってました。」

 職員はまだ考え込んでいる。


「アー、そういえばゴルデスとか言ったか、仲間も含めて部位欠損を直してやったら喜んで付いてくると言っておったぞ。」


「なんとそのようなことが! それならそうと言ってくれれば、そうですか、彼が復帰してくれるのですか。それではお気をつけて、あ、ゴルテスさんには顔を出すようにお伝え願いますか? 」


・・・なんという手のひら返しじゃ。


「わかった。今日は宴会で忙しいみたいなので明日来るように伝えておくのじゃ。」

カグヤたちはギルドを後にして家路に着く。


「そういえばフロに入りたいのう。フロは勝手に作ってもよいかの? 金はかからんから・・・。」


「湯あみでしたら、メイドに言えば部屋まで桶に運んできますよ。」


「そんなものを湯あみとは認めん。もっとこう湯船に浮かびたいのじゃ。」


 フロといって通用するのは王族ぐらいだ。貧乏な下級貴族にとって、フロとは桶に汲んでもらったお湯を使って体を洗うぐらいの感覚しかない。


「母上に聞いてみます。」


「父ではないのかの。」


「ええ、我が家は母が頂点ですので・・・。」


「うーむ、騎士家の頂点ならば魔王のようなものじゃな。」


「そうなのです。でもカグヤ様には不思議とお優しいですよ。母はどんなお客様でも容赦しませんから。」


「そ、そうか、機嫌を損ねぬよう気をつけよう。」


 カグヤは屋敷に着くと与えられている部屋に戻り、メイドの用意したお茶を飲んでいた。するとテレサがノックして部屋に入ってくた。


「母から許可が出ました。いつでも取り掛かっていいそうです。場所は執事と相談してください、とのことです。」


「そうか、では執事のところに案内してくれ、場所を決めたい。」


 カグヤは執事と排水等の相談をし、裏手のドアの外に作ることになった。


「礼も兼ねて大理石でつくるかの。材料は大量にあるのじゃ。フッフッフ。」


 カグヤはストレージから大理石を取り出し、魔法でサクサク削っていく。

 壁も床も大理石で囲み、そこに排水の穴を開けて排水溝に繋ぎ、屋根は木で枠組みを作り魔法でヒョイッと持ち上げる。

 昔、大量に作った板と釘でバタバタ打ち付けゴムシート代わりに粘土を薄く広げ瓦を組んで小屋を完成させる。


 カグヤはよく野宿しながら作るのでなれたものだ。

 お湯は、水と火の魔石を魔法でうまく組み合わせて、温度の調整もできるようにしてある蛇口を大理石に打ち付けるだけ。1時間ほどで仕上げると、早速お湯をジャバジャバ入れていく。


 ストレージから大量に作ってある石鹸とシャンプーを取り出す。タワシはヘチマを乾かして作ったものだ。薄暗くなってきたので魔力充填式の魔法のランプを取り出して点ける。

 なにか忘れてると思ったらドアが無かった。さすがにドアの予備なんて作ってはいない。


「めんどうじゃな。今日は土壁で我慢じゃ。」


 しぱらくするとお湯もいっぱいになりカグヤは服を脱ぎ捨てて入る。


「いやぁ、作ってよかったのじゃ。」


カ グヤは体を思いっきりのばす。のんびりしていると、テレサがひょっこり顔を見せる。


「エッ、なんですかこれ、もうできたのですか。」


「オウ、気持ち良いぞー。入ると良いぞー。」


 カグヤは間の抜けた声で返事をする。テレサも入ってくる。


「まさか我が家に噂で聞く王宮のようなおフロができる日がくるとは思いませんでした。」


 カグヤは蛇口の使い方を説明し、水魔石と火魔石の交換方法も説明した。


「ま、魔石は一年は持つじゃろ。」


「こんな便利な物があるのですね。」


「作るときは微妙な魔力操作が必要じゃ、普通の魔術師程度ではムリじゃな。石鹸と髪の毛用のシャンプーは置いとくので勝手に使って良いのじゃ。」


 テレサは固形石鹸や陶器に入ったシャンプーを使ってみる。


「泡がいっぱい出ます。」


「ウン、タワシでゴシゴシ擦るのじゃぁ。」


 湯船で体を伸ばしながらいい加減に答える。


 フロに入ったあとは夕食だ。また質問攻めに合う。


「下層民たちを叩きのめしたそうだね。」


「ンー、偶然暇そうなのと知り合ったので、海賊退治に付き合わせることにしただけじゃ。」


「すごい武器や防具を持っているとか聞いたぞ。」


「扱いやすいというだけじゃ、結局は剣技を鍛えないと意味無いのじゃ。」


「不思議な道具をもっているようですね。」


「あちこち旅しとるからのう。いろいろ知ってるという程度じゃな。」


「巨大なアイテム袋をお持ちとか。」


「正確には魔法で作った空間になんでもかんでも突っ込んでるだけじゃ。生き物も昆虫や植物や有精卵程度までなら入るが、それ以上の生きた生き物はムリじゃ。まぁゴミ箱と変わらんな。なんかいろいろ入っとるのう。」


 テレサは『あれそうだっけ』みたいな顔をしながら、記憶の確認をしているようだ。


「お風呂は使ってもよろしくて?」


 とタチアナ夫人に聞かれる。


「ウム、テレサとさっき入ったので交代で入るとよいのじゃ。使用人たちにも使わせ身奇麗にしておけば館の評判が上がると言うものじゃ。時間ができたらもう一つ作るので男女に分けると良いのじゃ。」


 心なしかメイドたちが浮かれ始めたような気がした。

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