第12話 テレサの実家、モンス家

 朝、カグヤは明るくなり始めた頃に起きてベッド脇に置かれた桶の水で顔を洗う。


 コンコンとドアを叩く音がする。

「どうぞ。」


「失礼します。あ、おはようございます。」

 部屋付のメイドが入って挨拶する。


「着替えか、ではこれを頼む。」

 ストレージから黒柄唐草模様の着物を出す。


「不思議なお召し物ですね。」


「フム、この地域では知ってる者がいないようじゃな。着付けはすぐ慣れるのでまずやってみることじゃ。」


 着付けが終わると


「洗い物があればお預かりします。」


 カグヤは少し迷う。


「ウーン、この街ではどうやって服を洗うのじゃ?」


「尿とお水に入れた桶に入れて足で踏みます。」


「そ、そか、うん、大丈夫じゃ、無いのじゃ。」


・・・ここにはまだ石鹸は伝わっておらぬようじゃな。


「そうですか、それでは食事にご案内します。」


 部屋に案内されると円形のテーブルに10人ほどが好きなように座っている。上席だけ決めて他の席順は特に気にしないようだ。挨拶してからテレサの横に座る。

 硬いパンとたっぷり塩漬けされたソーセージとハーブ、にんじん、チーズ、塩、ワインだ。おいしいとはほど遠い。


・・・屋敷を持ってる貴族でもこんなものか。


 テレサは少し眠そうだ。


「夜遅くまでカグヤ様のことをいろいろ聞かれました。魔物退治とか、精霊とか、マホ族とか・・・。」

 母タチアナから「なるべく恩を売っておくように、絶対に手放さないように」と言われたことは黙っていた。


 その話をきっかけに怒涛の質問攻めが始まった。

「馬を使わない馬車でどうやって動くのですか。」

「海の向こうからどうやって来たのだ。」

「世界の果てに行ったことことはあるのか。」

「精霊の住む世界はどんなところだ。」

「どんな魔術が使えるのだ。」

「その服の素材や染料は何でできている。」

「どこで武術を習ったのだ。」

「世界にはいくつの国がある。」

「氷でできた島が本当にあるのか。」


 珍しい客人を連れてきたテレサは隣で鼻高々だ。


 朝食が終わると、テレサとともに外に出る。


「まずは金儲け、じゃなくてオークションじゃ。」


「はい、公営ですので一度預けてしまえば安全です。」


「真面目に機能しておるようじゃな。」


「はい、紛失率は10%ぐらいだそうです。」


「いや待て、10個に1個は無くなる計算になるのだが・・・。」


「すべて取られるよりはマシだと思いますよ。」


 カグヤは不安な気持ちでいっぱいになった。

・・・まぁ、9割売れればかなりの額になるか、いや、だが、しかし・・・。


 しばらく歩くと大きな建物の前に着く。


「ここは劇場です。普段は演劇とか、教団や神殿の方の祝詞会とか、各地を回る吟遊詩人の朗誦などが行われていて、ときどき祝典や祭典などでも使われます。」


祝詞のりと会とな。」


「はい、祝詞を唱えてもらって穢れを祓っていただくのですが、穢れを祓ってもらい無敵になった信者の方たちが暴れまわるときがあるので、祝詞会のある日は警戒してください。」


「あっ、そう・・・。」

・・・この国大丈夫か。


 カグヤは突っ込みたくなる気持ちを抑えながら気持ちよく説明するテレサの後に続いて建物の中に入る。

 小さな村や町と違い、大都市のように人が多いところでは予期しないことが起こるものだ。


 カグヤたちは受付のようなところでオークションの話をすると、建物の一室に通された。

 

「今回はオークションの出品のご依頼ですね。申し込みして鑑定してもらい、間違いなければ目録に載せてもらえます。今回はモンス家が後ろ盾になっているようなので、品物は当日渡すということでも大丈夫です。」


 カグヤは木の板を渡され、品物名、効果や即決価格も書かされた。

 オークションに出す前に貴族や国が先に買うことがあるからこの値段で売ってもいいという値段を書いてくれということだった。


「エー、やや安めでも確実に売れてくれればいいのじゃが・・・・。」


 カグヤはとりあえずエクスポーション(完全回復・部位欠損も回復)を出す。受付は驚いて奥に走っていく、数人連れて帰ってきたと思ったらさらに奥の個室に案内された。


 部屋に案内されると、いますぐ大金貨1枚で売ってくれと懇願された。


「この方の長男が戦争で足を失って帰ってきています。今は没落していますが、武骨で正直者の一族なのです。」

 テレサが横から小声でささやいた。


 どうやらテレサの一族の関係者らしく、テレサも暗にお願いしてくる。

 文明があまり発達していないこの世界、コネとバックは重要だ。隣のラーマ帝国の都市ではコネがないと食料さえまともに手に入らないらしい。


「そうじゃな。テレサには世話になっておるしそれで構わんぞ。」

 カグヤは、テレサの家であるモンス家の威厳を高めるために協力する。


 カグヤはにっこり微笑みながら気持ちよく快諾すると大喜びされた。テレサは胸を張って澄ましている。ちなみに、オークションでの相場は大金貨100枚以上らしい。


 普通、エリクサーはエルフの里で魔力の強い者たちを集めて年に数本作るのがやっとだ。魔力量もさることながら、素材を集め、魔素を練り、生成には数時間かかる。


 カグヤはそのエリクサーを数千本は持っている。

 もっとも、その作り方を広めたのがカグヤ自身なので持っていても不思議はない。カグヤのように魔力量が多ければ、高位な素材さえあれば簡単に作れてしまう。


 その後はいろいろな物を次々と出して値段を決めていく。武器や防具、指輪やアクセサリーやマントの魔法耐性、物理耐性等をいくつも出して見せる。指輪やアクセサリーの付加価値付きはご婦人方にも人気があるらしく、こちらの方が高くなるらしい。


「ほほう、製造者は幻の名工・ギンゾウ様ですか、古来よりこの名は有名ですが、これだけの数を何本もお持ちならお知り合いなのですね。」


「まぁそんなところじゃ。ヒューマンではない長命種族じゃ。」


「商人なら誰でもお取引したがるでしょうな。」


 最後にアイテム袋を出す。10m四方の1000m3だ。


「これは、大商人もかなり来るので大金貨1000は余裕ですぞ。」


「では二つじゃな。」


「いったいどんな方が作られるのですか?」


「もちろん魔力持ちの種族じゃ。しかし、この大陸で知るものはおるまいな。」


「他の大陸ではそんな方もおられるのですか、世の中は広いものなのですなぁ。」


 いろいろ聞かれたがあたりさわりの無いことを言ってなんとか逃れた。最後に冒険者登録証を見せ、宿泊連絡先を聞かれ、10日後にまた来るということで建物から出る。


 その後、ブラブラしながら街を案内される。貿易都市だけあって港側は活気付いている。屋台で買い食いしながら店を見て歩く。特に目的もなかったが冒険者ギルドにも立ち寄ってみる。カグヤからすれば、本来はこちらが主だ。


 掲示板をなんとなく眺めていたら海賊討伐なんてものまであった。

「最近、海辺の村が襲われ略奪しながら人も攫っていく事件がたまにあるようです。」


「この国では奴隷はあまりみかけぬが、他国に売るのかの。」


「はい、ラーマ帝国周辺の部族や都市も、戦に負けるとほぼ全員奴隷として連れて行かれるそうです。」


「フム。個別では大した事の無いヒューマンでも、集まるとドラゴンより厄介じゃからのう。ヒューマン討伐といったところか。」


「軍隊では対応できなくなってきたのかもしれませんね。」


「褒章は思いのまま、フムフム、これはおもしろそうではないか。」


「エッ、危険ですので受けないでください。」


「危険はないので大丈夫じゃ。鎖で引っ掛けて丸ごと引っ張ってくれば良いだけじゃろ。簡単なお仕事じゃな。」


「言ってる意味がわかりません。」

 テレサの思わぬ抵抗に合い、今回は断念することにした。


 冒険者ギルドを出ると港に向かう。普段は緩やかに流れる大河ではあるが、ときどき氾濫するので城砦と港は少し離れている。


 港には大小さまざまな船が停泊し、荷物の積み下ろしが行われていた。枷を嵌められて働く奴隷たちも目に入った。


「主な交易品は小麦、大麦、奴隷を輸出してますね。小さい舟は魚や貝です。魚市場が建物の向こうにありますよ。」


カ グヤたちは魚市派に向かう。カキ、ワカメ、ブリ、イカ、カニが大量に並んでいるが人影はまばらだ。


「おう、譲ちゃんたち安くしとくぜ。」


 威勢の良い魚師に声をかけられる。


「カキがよく肥えておるのう。」


「おう、わかるか、よし! 一つ食ってけ」


 と言いながらカキを焼き始める。カグヤは焼いてもらってる間に海賊の話を振ってみる。


「そういえば、海に出て左にいった漁村の近くに不振な船が出没しているらしくて、そこの連中は不安がってたなぁ。」


 軽く焼いてから細い棒を差して板に乗せて差し出してくる。


「ンー、プリップリじゃ。新鮮なカキはうまいのう。」


 カグヤは味を堪能する。テレサも隣でハフハフしながら食べている。


「今年はむちゃくちゃな豊魚で値が安くてなぁ。」


「なんじゃ、これ全部売れ残りか。」


「そうなんだ、すぐ腐るから毎日大量に廃棄しているんだ。」


「フム、ここにある物すべて買うといくらになるんじゃ。」


「どうせ廃棄だから小麦一袋と小金貨一枚(10万)でいいぞ。」


「ほほう、それではすべて買おう。」


 カグヤは小麦一袋と小金貨を取り出す。


「いいのか、いや、ありがたい話だが、運び賃は別料金だぞ。」


「大丈夫じゃ。旅商人を舐めるでない。」


 と言いながらストレージにホイホイ入れていく。


「アイテム袋ってのはそんなに入るのか?」


「フム、ワシのは魔術で編んで作る特別製じゃ。」


「すげえな、あんた名のある商人なんだな。」


「ところで明日も昼過ぎに来るがよいかの、もう少し色をつけてもよいぞ。ある分だけ大量にほしいのじゃ。」


「おう、他の者にも声かけていいか。」


「フフフ、それではここがいっぱいになるのを当てにしておるぞ。」


 漁師は挨拶もそこそこに喜んで走っていった。


「さて、少し金策が必要じゃな。宝石や金でもよいが、相場が上がってる物が良いな。」


 街に戻って散策してると薬屋を見つけ入っていく。買い取り額はハーブ類やキノコ類、魔獣の素材等、高そうなのを大量に売って店を出る。


 さらに道具屋に入る。ここでは1m3程度が入れられるアイテム袋を5個ほど売る。アイテム袋一つ作るためには、高度な魔法を使える魔術師でなくては作れない。

 空間を維持する素材も貴重でなかなか手に入らないが、この世界の人たちが作れないわけではない。容量がもっと入る物も作って持ってはいるが、問題になるのは目に見えているのでやめている。


 そうして何件か梯子してなんとか大金貨100枚ほどになったところで帰途に着く。


「カグヤ様、付けられています。」


「フフ、気づいたかの。どこか人目の付かない所でお小遣いでも貰おうか。」


「捕らえて警備兵に突き出さないのですか?」


「ムダじゃな、どうせ目立つのだから顔を繋いでおいたほうが後々楽で良いのじゃ。人目の付かないところに案内してくれ。」


「・・・。」


 テレサはしばらく歩いてから左右を建物に囲まれた狭い路地に案内する。そして突き当たりの袋小路で後ろを向くと10人ほどの男達が刀を片手に立っていた。カグヤは上から目線の物言いで口を開く。


「ウム、ごくろうお小遣いを置いて下がってよいぞ。」


「金を置いていくのは貴様の方だ。何様のつもりだ。」


 先頭にいた男が殴りかかってくる。

 カグヤは軽くかわし鉄扇で顔を横殴りにして吹っ飛ばす。そのまま次の男の顔面を叩き、全員を叩きのめしてから入口を塞ぐように立つと、剣を構えて固まっていたテレサを呼び寄せる。


「さてと躾の時間じゃな。」


 そう言って転がっている男達を痛めつけ始める。しばらくすると男達は膝を突いて謝り始める。


「もうしません。お許しください。」


「ウム、よくわかっておるぞ。同じことを繰り返す犯罪者はみんなそう言うものじゃ。」


 カグヤはそう言ってまた鉄扇で叩き始めた。男たちの顔が腫れ上がり始めた頃、ヒールをかけて直してやる。


「これで抵抗する元気が出てきたじゃろ。では続きじゃ。」


 カグヤは再び容赦なく鉄扇で叩き始める。頭を抱えうつ伏せになった者には蹴りを入れて全員が嘔吐するまで続けた。そしてまたヒールをかける。


「少しは抵抗してくれんと弱いものいじめしているようで面白くないのじゃ・・・。どうせ死ぬのだから頑張って抵抗せんか。」


「ほんとにもうしません。勘弁してください。」


 男たちは泣いて謝り始めた。


「でも、そう言って許しを請う相手から金品を強奪し、暴力を振るい、さらに捕らえて奴隷として売ってきたのだろう。」


 カグヤはそう言って再び嘔吐するまで暴力を振るい、またヒールをかけて直す。男たちはただただ泣いていた。


「では、お前達のたまり場に案内しろ。お前達の親玉からもお小遣いもらうことにしよう。さあサッサと歩くのじゃ。」


 カグヤは男たちを蹴り飛ばしながら案内させる。しばらく歩くと酒場の前に着く。カグヤは先頭の男のケツを蹴り。


「さあ、仲間を全員呼んで来るのじゃ。」

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