第7話 話し合い

 カグヤはギルドカードを受け取り、冒険者ギルドを出てから商業ギルドに向かう。

途中、武器防具屋、魔道具屋、服飾店、薬屋等を見て回る。露天市場も案内されたが食料がなく閑散としていた。


「食料はまだ不足しているようじゃな。」


「しばらくは厳しいかと思います。まだ食料の手持ちがあるのでしたら、この商業ギルドに売っていただけると助かります。」


「なるほど、ここの商業ギルドは卸売り市場もねているのか。」


 三人は商業ギルドに入る。


 商業ギルド内では暇そうに椅子に腰かけて座っている者がたくさんいた。カグヤたちはそれらの人たちの視線を一斉に集める。


 ミューシーがカグヤに子声で囁く、

「市場の人たちですよ。売るものが無いのでここに収めた物を一番に買うために待っているのです。」


「したたかなことじゃのう。」


 カグヤはカウンターに行き、商売するにはどうしたら良いのか聞く。

 何か売りに来たと思って付いてきた者たちは一斉にカグヤたちから離れていった。カグヤはそれを見てから小声で、

「食料を大量に卸したいので相談に来たのじゃ。」


 職員は軽く頷き黙って奥の部屋に案内してくれた。


「やれやれ、では当分この街に必要な物と量、買い取り単価を木版にでも書いて見せてほしいのじゃ。」

 職員は慌てて出ていく。


「相場はわかりますか?」

と、ミューシーは聞いてくる。


「通貨の価値は隣国とほとんど変わらぬようじゃな。それを基準にすれば大丈夫じゃろ」

 三人は出された白湯を飲みながら椅子に座って待っていると、あわただしくドアが開かれた。


「大変お待たせしました。」

と言いながらおもむろに木版を差し出し自己紹介を始める。


 真ん中に座ったのが商業ギルドのギルド長ブリトン・ステークス、左に座ったのがスルー商会のアンダーソン・スルー、右に座ったのがカウンターにいた女性のシルビィーだ。自己紹介の間、カグヤは顔を上げずに木版を黙ってみていた。


「食料はこんなものか、薬草は高いのか、鉱物が安いな、誤魔化しはないようじゃの、税金はどうなっておるのだ?」

 カグヤは顔を上げて尋ねる。


「誠実取引をモットーにしております。今回の取引であれば百分の一が徴収です。鉱物は鍛冶屋が少なく王都や他国に転売するだけなので安いのです。」


「ンー、龍の鱗、星屑草、青い彼岸花、精霊酒、一角獣の角、焔獄鳥の肝、クラーケンキングの核・・・エクスポーションでも作るのかの?」


「ご存知なのですか?」


「心当たりがあるという程度じゃ、食料と普通の薬草は現金払いでこの数だけ売ろう。どこに出せばよいのじゃ。」


「なんと、アイテムボックスでもお持ちなのですか。」


「うむ、要は工夫次第じゃな。それより現金取引じゃ。」


 カグヤはシルビィーとブリトンに倉庫に案内されボンボン出していく。

 一緒に座っていたスルー商会のアンダーソンは金貨を用意しにいったようだ。後で聞いた話だが、金勘定の得意なアンダーソンは市場の者たちにも顔が利き、商品をうまく振り分ける交通整理の役目を果たしていたらしい。


 金を受け取り商業ギルドから出ると、建物を揺るがすような雄たけびが聞こえてきた。売りたくても在庫がまったくなかった食料が手に入り、仕事ができた市場の者たちが大喜びしているのだ。


「アレだけ出せば市場も活気付くであろう。」

 金貨を大量に受け取ったカグヤは一人満足していた。


「税は安すぎますかね?」

 ミューシーがボソッと聞いてくる。


「いや、こんなものじゃろ、上げ続けて1割も取るようになったら、経済は落ち込み国力はジワジワと衰えるものじゃ。子や孫の代になったとき、やっとその愚かさに気づくことになるが後の祭りじゃ。

 ほとんどは国力が衰えフラフラになったところへ、騎馬民族あたりが少数で押しかけてきてほぼ皆殺し、残ったものは奴隷行き。そうやって歴史から忽然と消えた国はいくつも見てきたのう。」



 その後、カグヤは領主邸の凱旋パーティーに連行される。


「宿に帰ってゆっくりしたいのじゃが・・・。」

 テレサに腕を掴まれたカグヤが呟く。


「お願いします。騎士団本隊が逃げていた領主とともに到着したので、領主と第一騎士団の団長と会ってください。顔見せだけです。ほんとうにおねがいします。」

 どこの世界でも現場の勤め人は苦労する。給与が上がるわけでもないのにテレサも必死なのだ。


 領主邸に到着する。

 騎士団と冒険者に対する慰労会のようなものだ。

 硬いだけのパン、たっぷり塩漬けされた肉、ビチャビチャの野菜のごった煮、砂糖だけで作ったジャリジャリしたお菓子や、シワシワに干からびた果物や野菜、雑につくったワインらしきもの。

 領主が遠くで何やら演説していた。身なりの良い貴族たちも、配下にするための目ぼしい人材を探しているのかキョロキョロと品定めをしているようだ。


 隣でガツガツ頬張るテレサが話しかけてくる。

「カグヤは少食なんですね。」


「・・・よくこんなものが食えるな。」

 カグヤは呆れた顔でテレサを見る。


「ええー、こんなに種類が豊富にある食事なんて珍しいですよ。領主様もずいぶん奮発してくれたものです。旅商人を自称するカグヤ様はもっと粗食かと思いましたが・・・。」


「それにしても泥臭いワインじゃな。きれいな水は無いのかのう。」


「きれいな水だともっとおいしくなるのですか?」


「・・・。」


 しばらくするとミューシーが数人の男たちを連れてくる。第一軍団長と第三軍団長とその腹心数名だ。


「あんな少女がスモールアントと戦えるわけないだろ。」


「報告にあった聖女がこんな子供とか、おとぎ話より酷いな。」


「酔っ払って書いた報告としか思えん。虚言吐きの参謀なんざクビにしちまえ。」


「見たこともない服だな、あれで戦えるわけがない。」


「軽く脅して泣きながら虚言でしたと吐かせればいい。」


「生意気なガキなぞビンタ一発で十分だ。」


 口々に毒舌を吐きながら近づいてくる。


・・・やれやれ、騎士団と言っても荒くれ者の集団か。

 カグヤは腹の中で苦笑する。


「貴様のようなガキに自己紹介なんて必要ない。聖女は嘘でしたと謝れば許してやる。」


 第一騎士団団長トーマスの発言は挑発的だ。

 苦労して辺境の街にやってきたにもかかわらず、手柄も立てられない上、聖女を名乗る少女を煽て挙げなければならないと知って腹を立てているようだ。

 報告を上げたミューシーの言うことが信じられなかったらしい。


 しかし、そこまで言われるとカグヤも黙ってはいられない。


「体がでかいだけの、か弱いお貴族様には言われたくないものじゃ。」


「俺がか弱いだと!殴るぞクソガキ!」


「おつむが弱いと沸点が低いのが難点じゃな。」


「フッテンってなんだ?」


「あー、無能には理解できん言葉じゃ。気にするだけ無駄なのじゃ。」


 お互い罵り合った結果、腕相撲で決着しようという話になる。最後は、肉体で語り合わないと理解できないのだ。

 相手は力自慢の第一軍団長のトーマス・ウィルソン。テレサとミューシーは少し離れたところから、カグヤに向かって両手を合わせて拝むようにゴメンナサイをしていた。


「おーし、どちらが勝つか賭けだー、右が団長、左がクソガキって賭けにならねぇか。」


 回り中で笑いが巻き起こる。


 カグヤはニヤリと笑うと

「ほれ、ワシに大金貨100枚じゃ。」


「うおっ、太っ腹だな、いいのか丸損するぞ。」


「ワシが負けたら、この非力な相手に賭けたヤツらで分けると良い。」

 と言いながらカグヤは軽く手を振る。


 酒場内は大騒ぎになり、右の団長側に金貨が積まれていく。

 賭けの騒ぎが収まった頃にトーマス団長が椅子に座る。


「俺の手のひらの半分しかねぇな。」

 と言いながら筋肉隆々の腕を置く、ため息を吐きながらカグヤも手を合わせる。


「それでは、初め!」


 ニヤニヤしながら腹心の男が合図をする。しかし、開始はしたがまったく動かない。最初こそは余裕を見せて笑っていたトーマスだったが、次第に真顔になっていく。

 しばらくするとカグヤが口を開く。


「なんじゃ非力にもほどがあるのう。もっと力を入れんか。」

 カグヤは挑発すると、回りではヤジが飛びかう。


「それじゃ左右に振ってやろう。ほーら右に、ほーれ左、少しは抵抗してみせんか。」

 トーマスは顔を真っ赤にして全力で抵抗しようとしていた。しかし、まったく自由にならない。


「ではいくぞ。いち、にの、ホレっ」

バーン

 相手の腕が折れないようにタイミングを図って体ごと投げ飛ばす。


「おおおおーーー」


 回りから歓声が聞こえる。投げられたトーマスはゼェーゼェーと肩で息をして声も出せない。

 カグヤはゆっくり椅子立ち上がり、トーマスの前で腰に手を当てて言い放つ。


「なんじゃ、やっぱりか弱いではないか。しかももう疲れたとか鍛え方が足りな過ぎじゃ。地べたに這いつくばるのが好きなら、お主には地べた君の称号を授けてやろう。ありがたく拝受するが良い。それでは掛け金はすべてもらっていくぞ。フハハハハハ。」


 カグヤが気分よくトーマス団長を罵倒していると、後ろから声をかけられる。

「聖女様はお強いのですね。」


 振り向くと、やんごとなきお方の少女が立っていた。


「ま、ちょっとしたコツがあるのじゃ。」


「コツだけであんな勝ち方ができるのですか?」


「もちろん、かなりの修行も必要じゃし、体もある程度は鍛えんとダメじゃがな。」


「まぁ、かなり努力なさったのですね。」


「ウム、長い時をかけてのう・・・。」

 カグヤは遠い目をする。


「私も少し強くなりたいのです。コツがあれば教えていただけませんか。」

 少女は上目遣いでジッとカグヤを見つめてくる。


「あーお主、常人より魔力の量が多いようじゃな。魔力が感じられるなら、体内で魔力を循環させるのじゃ。高速で循環させられるようになると肉体も硬くなるが、循環させる魔力も大きければ大きいほど硬く強くなる。あとは慣れじゃな。」


「循環ですか・・・」


「最初は暇なときに体中にグルグル回すことじゃ。」


「はい、やってみます。」

 少女は明るい声で返事をする。


「理解が早いのは上達が早い証拠じゃな。精進するのじゃ。」

 と、言いながら胸を張る。


 話が一段落したのを見て、後ろのメイドが少女に話しかける。

「そろそろ退室の時間でございます。」


 少女は残念そうに頷くと

「それではまた、ごきげんよう。」


 と軽く挨拶してそそくさと帰っていく。


・・・さて、お小遣いももらったし帰るかな。


 回りを見回すとミューシーたち騎士団連中が何やら深刻に話し合っている。テレサと目が合ったので手を振って帰ろうとするとテレサが追いかけてきた。


「お帰りですか、お供します。」


「団の話し合いはもういいのか?」


「はい、大丈夫です。・・・フフフ、好印象でしたよ。」


「あー、いちいち肉体で語り合わないとダメとか暑苦しい連中じゃのう。」


「フフフ、ほんとにそうですね。」

 テレサはおかしそうに笑っていた。

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