第8話 エアバス

 翌朝、カグヤは冒険者ギルドに向かう。

 草原が広がるカズラ高原に移り住んで、旅人や商人たちを襲っているマホ族を討伐するための小道具である馬車と馬を借りるためだ。


 カウンターの受付嬢オリシアに挨拶して馬車を受け取る。ギルド長・エルドスも見送りにきていた。


「では、夕方には戻る。」


「エッ、現地まで150km馬車でほどあります。馬車で急いでも二日はかかりますよ。それに、そんなスピードで行ったら馬が持ちません。」


「あー大丈夫じゃ。ワシはやさしいので、皆殺しか恭順かの選択肢ぐらいは与えてやるのじゃ。時間はさほどかからぬのじゃ。」


 馬車なら早くても時速10km程度だが、カグヤの常識では時速100km。空を飛べばもっと早くなるが、ミューシーとテレサのお目付け役を連れて行くとなると空を飛ぶ選択肢は選べない。


「急ぐことではありませんので、無理しないでくださいね。」


 そんなやりとりをしている間にお目付け役のミューシーとテレサが合流する。


「くれぐれもムリはなさいませんようにおねがいします。」

 エルロスギルド長は頭を下げる。


 ミューシーとテレサは顔を見合わせるながらテレサが口を開く。

「大丈夫です。カグヤ様なら帝国の大軍さえ笑いながら撃破しそうですから、」


・・・様に格上げしたのか。まー、侮られるよりはマシか。

 カグヤに対しての対応が柔らかくなったテレサを見る。


 城門を出ようとすると騎士団第一団長トーマスが立っていた。

「昨夜は大変失礼した、非礼をお詫びする。」

と言いながら頭を下げる。


「お、おう、わかってもらえたならそれで良いのじゃ。」

 カグヤは軽く手を上げて謝罪を受け入れる。


「エートそれでだな、ミューシーやエルロスからはかなり高位の武闘家と聞いている。ひとつ手合わせ願いたい。」


 カグヤがミューシーを見ると、ミューシーは顔を背ける。

・・・ほかにどんな噂を流したのか、後で問い詰めんといかんな。


カグヤは気を取り直してトーマスに向き合うと

「急ぐのであまり手加減はせんぞ?」


「望むところ!」

 トーマス団長はニヤリとしながら槍を振り回す。


「うわぁ、トーマス団長うれしそうー。」

 テレサが呟く。



 城門を出ると、城壁の上には見物人が集まって歓声を上げていた。トーマス団長とカグヤの模擬戦は最初から仕組まれていたらしい。


「おい、どうなっておるのじゃ。」

カグヤはミューシーとテレサを見る。


「サッサとやっつけて蛮族退治に出かけましょう。」

 テレサはあっけらかんとし、ミューシーは露骨に目をそらした。


「それでは私が合図をします。カグヤ様ご準備を。」


「まあよいか、いつでも良いぞ。この鉄扇で充分じゃ。」

 カグヤはストレージから鉄扇を二つ取り出し両手に構える。


「フーム、驚くことばかりだな。」

 武器を持っている様子はなかったが、突然に何も無いところから鉄扇を二つ取り出したカグヤを見てトーマスは呟く。


「殺しはせぬ、一瞬で終わらせるから安心せい。」


「ハハハハハッ、この俺が一瞬か。」


「疑うのか?」


「いや、信じる。ではいくぞ。」


 トーマスは合図を待たずに真っすぐ突っ込んできた。

 カグヤは右手の扇子で軽く受け流しながら。そのまま数歩踏み込んでトーマスの懐に入ると、右手の鉄扇で左顔面を殴りかかる。トーマスは左腕で受ける。

 カグヤは左手の扇子で浮いたトーマスの右手を叩き槍を叩き落とす。同時に体を捻って上に跳び一回転してトーマスの頭の上にしゃがみこんだ姿勢で乗り、開いた扇子を首に当て一回りスッーと静かと回す。


「そこまで!」

 テレサは慌てて制止した。トーマスは首を飛ばされたと勘違いして腰を抜かしてへたり込む。


ウオォォォォー。


 城壁の上や、門の近くにいた人たちから歓声が上がる。


「首は無事か、アハハハハ。」

トーマスは首を撫でて血が出てないのを確認し、一息ついてからカグヤを見る。

「貴女と俺はどのくらいの差があるのだろうか?」


「天と地じゃろうな。」


「そうか、ずいぶんと遠いじゃねぇか。」

 トーマスはがっくりと肩を落とす。


「強さを求めるのは皆一緒じゃな。泣いて叫んでもがき苦しみながらでもあゆんでも届くことはなかろう。」


「そうか、泣いてもいいのか。・・・ウッウッ、ウオォォォォォ。」


「いいのでしょうか。」


「ワシの知ったことではないのじゃ。」


「厳しいのですね。」


 カグヤは突っ伏して泣いているトーマスから離れると20mほどの大きな乗り物を取り出す。


 「なんですかこれ。見たこともありません。」

 ミューシーが食いついてきた。


「エアバスと呼んでおる。ホーバークラフトのようなものじゃな。道が整備されていないと、どうやっても作っても馬車が揺れて話にならんので作ってみたのじゃ。」


「ホーバ、ってなんですか、揺れないのですか。」


「そうじゃ。激しい馬車酔いをすることなく高速で長距離移動できる優れものなのじゃ。」


「おお、そんな物があるのですか。」


「問題は、魔力と魔石をバカ食いするところじゃな。」


 城壁からの見物人たちが見守る中、馬をエアバスに乗せ、馬車をストレージに仕舞しまうと、ミューシー、テレサを乗せて出発する。

 

「ほれ、動くのじゃ。」


 カグヤは運転席に座るとアクセルを踏む。前世の記憶から車と同じ操作で動くようにつくっていたので操作は楽だが、ハンドル操作は時間差が出るので広いところでしか使えないのが難点だ。

 動き出したとき城壁の方に目をやると、昨夜会った、やんごとなき少女が兵士や見物の者たちと一緒に大きく手を振っているのが見えた。


アクセルを踏んで加速していくと二人はだんだん青くなっていく。

「な、な、な、なんてスピードですか。」

「ヒィー、回りの景色が飛んでいくみたいです。」

「すぐ慣れるから。」


 しばらくすると二人はスピードに慣れてきて話をする余裕ができるようになる。エアバス内の探索を始めていたミューシーが興奮した声で聞いてくる。


「この馬車こんなに早く走ってるのに揺れないのはなぜですか、快適すぎます。」


「あー、簡単に言うと、箱を風で持ち上げて、プロペラを回して前に進む感じじゃな。音は出ないようにしてあるが、ハンドルを握ってないといろいろな物にぶつかるのと、ほこりが巻い上がるのが欠点じゃな。目立ってかなわん。」


「ホー、原理は意外と簡単なんですね。」


「燃料は魔力じゃが、バカ食いするから実用的とは言えんな。エルフのような魔力持ちでも1分ともたんじゃろうな。」


ミューシーはさらに有益な情報を得ようと必死に話をもっていく。

「早馬より早い乗り物があるとは知りませんでした。」


「そういえば、このあたりでは空は飛ばないのかの?」

カグヤはなんとなく話をそらしてみる。


「北方の獣人族がワイバーンを調教してその背に乗って飛ぶとは聞いたことがあります。ただ、荷物を載せられないので実用性はほとんどないそうです。」


「なんじゃ。アイテムボックスは使わんのか。」


「いやー、あると便利なのでしょうが高くて手が出せません。大金貨千枚出して買ってもそんなに入りませんし・・・。」


「フムフム、そんなに高く売れるか、それは良いことを聞いた。」


「カグヤさんのボックスはどのぐらい入るのですか?」

 ミューシーは興味津々といった感じで聞いてくる。


「ワシが作るのは小さくても一辺が5m四方ぐらいかのう。」


「そんな大きな物が作れるのですか。エルフ族の者に聞いたのですが、1m四方の物を作るのに一日かかるという話でした。それも年に数個がやっとだそうです。」


「まぁ、そんなものじゃろうな。」


「このエアバスが入っていたぐらいですからかなりの大きさなのでしょうね。」


「ワシが使うのは魔術で作るアイテムボックスと違って、魔素由来で作っておるのでほぼ無限じゃな。」


「魔素由来ですか。魔術とどう違うのでしょう。」


「魔術は空間に干渉して空間の裏側に仕舞うように作るが、魔素由来は時の無い別空間に仕舞う感じじゃな。別々の空間同士を繋げるので魔力だけではエネルギーが足りないので魔素をエネルギーに変換するのじゃ。」


・・・空間魔法、魔素エネルギー、空間の裏側???

 ミューシーは軽くうなずいてはいるが、カグヤが話している意味はさっぱりわからなかった。


「他の町で襲われたりしませんか。」


「オウ、よくあるじゃ。そういうのを捕まえていたぶるのはワシの趣味の一つじゃな。」


「趣味ですか・・・」


「おっとこの辺にしとくか」

 エアバスで2時間ほど走った林のあたりで止まる。


「フフフ、この先の丘の向こうに見張りが2人じゃ。」


「いつの間に調べたのですか。」


「ん、いま精霊シルフが教えてくれたぞ、ま、あとでいろいろ見せてやる。ほれ降りるのじゃ。」


 カグヤは二人の背中を押してエアバスから追い出し馬車を馬にセットする。荷台には木の空箱を二十個ほど入れておく。


「さて、早めの昼の時間じゃ。」


「まだお昼前ですよ。」

と言いながらもテレサは興味津々だ。


「黒い炭酸とパンにソーセージを挟んだホットドッグとポテトがいいかのう。」

と言いながら3人分をストレージから出す。


「あれ、出来立てみたいに暖かい。ってパンが柔らかい。」

「これは変わった飲み物ですね。」


テレサとミューシー感嘆しながら口に運ぶ。


「いろいろ秘密があるのじゃ。」

カグヤは説明をやめた。テレサはおいしそうに黙々と食べる。


「フムフム、引き続き頼む。」

カグヤは何も無い空に向かって話す。カグヤは二人と向き合い作戦予定を打ち合わせる。


「さて、行くとするかのう。お仕置きの時間じゃ。」

カグヤは馬車に防御魔法をかけてからカグヤとテレサは前、ミューシーは馬車の後ろに乗って丘の近くを通るように馬車をゆっくり走らせた。

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