第5話 死の行進

 しばらくすると数体の、精霊ヴァルキリーたちが羽のついた兜をひらめかせながら帰ってくる。カグヤに作戦の進行状況を報告する。


「報告します。スモールアントたちは我らの攻撃を受け、警戒しながら縦長の密集隊形を組んで進軍してきております。」


「ウム、うまくいきそうじゃな。」


 カグヤは、スモーアントたちが予定通りの行軍をしていることに安心して頬を緩める。


「そろそろくるか。」


 窪地を見ると、数匹のスモールアントが入り込んでいた。その後ろからは延々と長く黒い行列ができていた。スモールアントたちは窪地に吸い込まれるように続々と入ってくる。

 時間にして30分ほど経っただろうか、窪地の中に入ったスモールアントたちは渦を巻くようにグルグルと回っていた。


「どうしてスモールアントたちは窪地の中で円を描くように行進しているのですか。」

 ミューシーはこの不思議な現象を間にあたりにして驚いていた。


「『死の行進』というやつじゃ。数センチサイズの小さなアリは、群れからはぐれるとどこに向かってよいかわからずうろうろしているうちに、はぐれた仲間たちが出した分泌液を追って、円を描くように死ぬまで歩き続けるのじゃ。」


「それでは、これで解決ですか。」

 ミューシーは期待を込めてカグヤに問う。


「無理じゃな。体がでかい分だけ知能も視界もそれなりにあるのじゃ。」


 後続のスモールアントたちが続々と押し寄せてくる中、窪地に入って円を描くようにグルグル回っている群れの中から、壁をよじ登って事態を打開しようとする個体が現れ始める。


・・・アリンコとはいえ侮れんのう。

 戦況が変わり始めたのを見て取ったカグヤは次の行動に移る。


「魔法陣展開、全砲門開け。」


 カグヤの号令は魔法で拡散され付近一帯に木霊する。

 鉄型ゴーレム・通称クモガタE7は持っていた筒を構える。硬い石を音速で連続発射させる筒だ。弾丸は土魔法によって無限に作られてから筒に装てんされ、無限に発射できるようになっている。


「標的は壁を登ってるアリンコじゃ!」


パーン、パカパーンパカパーン、パ、パパパパパパパパ、パパパパパハパパ、パッパカパパ、パッパカパパ、パッパカパパ、パッパカパパ、パァッーン


 そのとき、一斉にトランペットが鳴り響く。いつの間にか各々楽器を持った小さな精霊たちが百体ほど空に広がっていた。


 カグヤは高く構えた鉄扇を振り下ろす。

「撃てえー。」


 盛大な音楽が流れる中、窪地の中央に向かって石の雨が降り注ぐ。

 攻撃を受けたスモールアントたちは危険を察知し行軍速度を上げるが、円を描く速度が増しただけだった。

 中には、倒された仲間を踏み台にしつつ周囲の壁を登ろうとする個体もいた。壁を登ろうとした固体は次々と石に撃たれて下に落ちていく。足が飛び体が傷だらけになってももがく姿を見た見物人たちの歓声が沸く。


「凄まじい闘志、騎士の鏡じゃな。」


 次々とスモールアントの屍は積み上がっていく。


 カグヤは女王アリの本隊が中に入ったことを確認すると次の行動に移る。


「入り口閉鎖。」

 カグヤの号令とともにノームたちは土魔法で入り口を閉鎖する。

 カグヤは両手を広げて魔法陣を展開させると

「ストレージ開放、ナイアガラ」


 すると、魔法陣から一挙に大量の水か注がれ、窪地にはみるみると水が溜まっていく。壁の上に辿り着いたスモールアントたちは兵士や冒険者に切り倒されていく。カグヤにも襲い掛かってきたがミューシーとテレサが撃退する。


 水かさが増してくると、女王アリの近くにいたスモールアントたちはお互いの足に噛み付き促成の水に浮かぶコロニーを作り始めた。

 半分以上水が溜まったところで魔法陣を閉じると、大きな羽の扇子に乗ってスモールアントのコロニーの真上まで飛び、新たな魔法陣を展開する。


「ストレージ開放、石油シャワー」

 黒い水が湖に大量に降り注ぎ、5分ほど降らせた後。


「行くのじゃ、フェニックス。」

カグヤは火に包まれている精霊フェニックスを呼び出し突撃をうながす。


「いやです。」

 精霊フェニックスは突撃を拒否した。


「なぜじゃ。」

 カグヤは大声で叫ぶ。


「あれに突っ込めば、黒く汚い煙があがるでしょうが。やりたければ自分でやってください。」

 フェニックスはカグヤに抗議すると、どこかに飛んで行ってしまった。


「あっ、あれれ。」

 カグヤは後ろを振り返り、控えていたヴァルキリーを見る。


「ムリムリムリ。」

 ヴァルキリーたちは腕とクビを振っている。


「さあ、ここで勇気を示すのじゃ。」

 カグヤは志願者を募る。


「彼女なら行ってくれます。」

「いやよ。あなたが行きなさい。」

「ヒッ、・・・私は残党狩りに行ってきまーす。」

「あー、私もー。」


「あれ、ちょっと待つのじゃ。」

 アッという間にヴァルキリーたちは、逃げるようにカグヤの周りから消える。


「では、勇気あるシルフたちよ。松明を渡すのでそれを持って・・・。」

 カグヤの言葉が終わらないうちに

「全員退避ー。体が粉みじんになるぞー。」

 カグヤの周りに飛んでいた精霊シルフたちも一斉に逃げ出した。


「・・・仕方がないのう。それでは、ファイヤー。」

 カグヤは魔法で火を出した途端、気化していた石油に火がついて爆発が起こる。


ドォーーーン。


 窪地の上空にいたカグヤも含めて窪地は炎に包まれ一瞬で黒煙が発生。

 湖の中央に浮かぶスモールアントの群れで作られたコロニーも盛大に燃え上がり、燃え上がる炎からは真っ黒な黒煙が吐き出されていた。

 カグヤの髪の毛は一部が縮れ上がり、着物はススで真っ黒になり、煙を吸ったカグヤは激しく咳き込んでいた。


「詰めが甘いというか、考えなしというべきか、天然のやることはどこか抜けてるよなー。」

 退避してカグヤの様子を見ていた精霊シルフたちが呟いていた。


 水に浮いてるだけで泳げないスモールアントたちに逃げ場はない。火に包まれながらカグヤを見上げて何かを訴えるようにギィーギィーと弱い声で鳴く。


「手遅れじゃな。お前達はやり過ぎたのじゃ・・・それにしても森の奥で数十匹で生活していればこんなことにならなかったろうに、なぜこんなに眷属を増やしたのじゃ。」

 カグヤは火に包まれていく女王アリに問いかける。


 女王アリの記憶がカグヤに届く。

 森の奥で魔物の死体や葉っぱを集めてキノコを育てて食料にしていたこと。

 森で捕まり一度は死を覚悟したが、体を何度も改造されて大量に眷族を生み続ける体にされたこと。

 増えすぎてエサを求め彷徨い続けた末に人の村を襲ったこと。その後は食料が備蓄されている人の村を狙うようになったこと。


「やっと楽になれる、もう改造しないで・・・か。」


 アリの女王を捕まえたのが、人族なのか妖精族なのか、あるいは新種の種族なのか、そこまではわからなかった。



 湖の回りではいつの間にか見物人が増えていて、人々の歓声で溢れていた。馬車も数台いる。馬車に乗った身なりの良い貴族たちもカグヤに向かって手を振っている。子供たちは馬車から降りてピョンピョン跳ねながら全力で両手を振っていた。


「フフフッ」

 カグヤはニッコリしながら手を振り返す。

「聖女様!」「聖女さまぁぁぁ」


・・・ウーン聖女確定か。それにしてもかなり目立ちすぎてしまったかのう。


 カグヤはミューシーたちのところに戻ると

「ススだらけになってやる気をなくしたので、ワシは帰るのじゃ。」


「はい、あとのことは騎士団や冒険者にお任せください。それにしても、それは鉄のゴーレムですか。」


「クモガタE7じゃ、固体名はない。」


「なぜですか、僕達に固体名をつけてください。」

「そうだそうだ。」

 クモガタたちが叫ぶ。


「いや、お主たちは記憶を共有しているので個体別に分ける意味がないのじゃ。・・・というか、ほれ、しまうぞ、大人しくストレージに入るのじゃ。」


「ヘイヘーイ。」

 16体のクモガタたちは次々とカグヤに回収されていく。


「どういう原理で会話できているのですか。」

 ミューシーたちは話をするゴーレムに興味津々だ。


「そういう魔法だから、それで納得してもらおうかの。」

カグヤはめんどくさくなって投げやり気味に話を切る。


「まー、とりあえず街に戻りましょう。明日は騎士団本隊も到着するので尋問・・・じゃなくて聞き取り調査がありますのでぜひご協力ください。」


「いま、尋問と聞こえたのじゃ。」


「言ってません。報奨金も出ると思いますのでぜひお願いします。そうでないと私達が叱られます。」


「お願いします聖女様。」


 カグヤを逃がすまいと3人で取り囲む。

「やれやれじゃ。」


 こうしてカグヤは街にドナドナされていったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る