第4話 討伐開始

 テントで寝ていたカグヤは朝の暗いうちから目を覚ます。

 ストレージから作り置きしておいたベーコンと目玉焼きを挟んだバーガー風サンドとフライドポテトとコーヒーを取り出し朝食を取り始めていた。


「おはよう。カグヤ殿、起きてるか?」


と、テントに入ってきたのは四人いた腹心の一人テレサ・モニスだ。背丈は普通、女性の割には筋肉質のようだ。きびきびした動きが身体能力の高さを物語っている。


「食事中だったか、すまんな。それにしてもテントの中は明るいな、これも魔法なのか。」


「いや、光の低位精霊ウィル・オー・ウィスプを呼び出しただけじゃ。言葉も話せず飛び回るだけなのだが重宝しておる。」


「ウィル・・・まぁいい昨日の話だが、ほんとになんとかなるのか?」

テレサは不安そうにカグヤを見る。


「さぁ、やってみなければわからんのう。お主たちはどうするのじゃ?」


「少女を一人でいかせるわけにもいかんだろ。ミューシー参謀と私が護衛につくことになった。連絡役に数名の兵士が就く。明るくなったら他の冒険者にも声をかけて窪地付近で散開する予定だ。」


と投げ捨てるように吐く。


「ああ、ワシの見張りと偵察も兼ねてか、いいのではないか。」

 と、カグヤはなんとなく答えてみる


「ほんとに大丈夫か?死が目前だと言うのにずいぶんと暢気なのだな。」

 と、睨みつけるように返す


「あー、これでも食うか、腹が減ってるとカリカリするのじゃ。」

 と、塩をたっぷり振ったフライドポテトを薦める


「それにしても、いつの間に調理したんだ?・・・初めて見る料理だな。」

 テレサは初めて見る不思議な物を手に取り口に入れてみる


「塩が効いててうまいな、塩なんかしょっぱいだけだと思っていたぞ。」


「おやつにはフワフワビスケットとコーヒーもあるぞ、蜂蜜をつけて食べるとうまいのじゃ。」

 カグヤはストレージからコップを取り出し、コーヒーを注ぎながら薦める。


「蜂蜜とコーヒーか、こんな高級品を普通に食べてるのか。旅商人と言うのはそんなに儲かるものなのか?」

 テレサは軽く悪態を吐きながら口にほお張る。


「んーーーーうまい、生きてるって気がするぅ。」

 普段、甘味のある物は口にできないようだ。甘い物を与えられ、固かったテレサの表情が一気に和らぐと夢中になって口に頬張りだした。


「あー、気に入ったようじゃな。余った蜂蜜なら持って行って良いぞ。」

 カグヤはおいしそうに食べるテレサを見て蜂蜜を進呈を提案する。


「えっ、いいのですか。貴族でもあまり口にできない高価なものですよ。」

 素っ気ない態度だったテレサの口調が変わり始める。


「売るほどあるから平気じゃ。」


「そうですか。さすが世界各地を旅をするお方はいろいろ持っているのですね。もー聞いてくださいよ。ほんと軍の食事の不味さったら酷いものです。しょっぱ過ぎたり、スープに具がなかったり、パンは固いし、肉は腐りかけてるし、たまに出る果物は潰れてるし、ワインやエールもおいしくないし。カグヤさんはどう思います。それでね・・・。」


 よほど鬱憤うっぷんがたまっていたのだろう。じょう舌になったテレサは洪水のような愚痴を一気にまくし立て始める。

 テレサの話は終わりはなかった。愚痴の中身は家族や貴族などに飛び火していた。


「さて、そろそろ行くとするか。」

 カグヤは片付けながら支度を始める。


「はっ、それではカグヤ殿は門でお待ちください、私たちもすぐに合流いたします。」

 急に言葉遣いが変わり、蜂蜜の入った木の箱の容器を抱え上機嫌になったテレサを見送る。


・・・殿って、蜂蜜で餌付けされてくれるとは、ずいぶんとチョロイな。


〇 〇 〇


 門で待っているとミューシー、テレサと他三人が馬を引いてやってくる。軽く挨拶をして門を出ると、キラキラした光が近づいてくる。カグヤに近づくと手のひらサイズの人型に変化する


「なに!あれが精霊か!」


 カグヤを除いた五人は驚いて硬直する

 精霊はカグヤに何事か話しかけるとキラキラした光となって去っていく


「動き始めたようだ、まずは窪地に急ぐぞ、フェンリル頼む。」


 カグヤの近くに光が生まれ精獣フェンリルに変化する。


「おおー、伝説のフェンリルか!初めて見たぞ!」


 門の近くにいた兵士や城壁の上にいた兵士たちが指を指して騒ぎ出す。


「あれ魔法か?」


「精霊と話ができるとかどこかの神官か」


「いや、精霊の見使い様だろ」


「いやいや聖女様だろ」


「おお、聖女様か」


「聖女様ぁぁ、魔獣討伐お願いしまぁーす」

 と手を振る者


「ありがたいありがたい」

 と拝み始める者、門の回りが騒がしくなってきていた。


 ミューシーはカグヤに近づき

「カグヤ様とお呼びした方がよかったでしょうか?」

 心配そうな顔で話しかけてくる


「あー、カグヤで良い。」

 カグヤはヒラリとフェンリルに乗ると馬の走る速度で走らせる。

 街を出るときは薄暗かったが、あゆみを進めるたびに辺りは明るくなっていった。



 目的の窪地に到着するとフェンリンから降り、20体ほどの精霊ヴァルキリーたちを呼び出す。彼女らは立派な鎧を身に付け、それぞれが刀、槍、大斧、大刀、弓、鞭、棍棒と様々な武器を携えていた。

 ヴァリキリーたちは思い思いに口論を始める。


「本体の行軍の列は5kmほどか、500mに縮めれば大成功だな。」


「1kmがやっとでしょう。」


「時速10キロとして、先頭から後列到着まで6分か。」


「渋滞も考慮して30分もみればよかろう。」


「突破された分はソウルウルフたちに任せれば良い。」


 話が終わるとは先頭のスモールアントの進軍を遅らせるために出撃していく。先頭の群れの歩みが鈍れば群れの列も縮まる計算だ。


 カグヤはいつの間にか出現させていたソウルウルフたちに、本体から離れて行動する斥候アリを殲滅するよう指示する。

 次に土精霊ノームたちを呼び出して直径三百メートルほどの窪地を囲む壁を砂状に変化させてアリ地獄のような壁を作り、数百mにも及ぶ天然の罠を整備させていた。



 ミューシーとテレサはそれを唖然としながら見守っていた。

「これ報告書に書いても信用してもらえるかなぁ・・・」

 ミューシーは呟く。


「私だったらそんな報告書を見たら即降格させますね、昼間から酔っ払ってるとは何事かぁぁぁぁ・・・と」

 テレサが笑いながら話を返す。


「しかし、水とか燃える水とかどうするんだろうな。」


「蜂蜜を気前よく出してくれるカグヤ殿ならきっとなんとかしてくれます。」

 と、テレサは根拠のない自信を持って言い切る。餌付けされた者の信仰心は高いのだ。


「昨夜はあれほど懐疑的だったのに、その信頼感はどこからくるんだ?」

 ミューシーは問いかける。


「フワフワなビスケットに蜂蜜つけて食べるとか、もー神業レベルです。いえ、聖女様ですね。」

 恍惚とした表情のテレサの鼻息は荒い。


「わけがわからん。」

 ミューシーはそれ以上聞くのを止めた。


〇 〇 〇


 カグヤが精霊たちを解き放ってしはせらくすると、はるか遠くからはドーン、ドカーン、バリバリバリと音が聞こえてくる。

 カグヤの後ろで、ミューシー参謀とテレサが黙って見守っていた。


 しばらくするとザルツが二千ほどの騎馬隊と冒険者たちを率いて到着。続いて立派な馬車が数台続き、さらにその後ろには都市の住民たちがゾロゾロと続いていた。


 娯楽の少ない時代において、戦争や戦いの見物は最大の娯楽でもあった。危険だとわかってはいても、珍しいもの見たさの好奇心には勝てないのだ。


 ミューシーが声をかける。

「団長、おつかれさまです」


 ザルツは軽く手を振りながら

「街は聖女の話で盛り上がっているぞ。もう、篭城戦どころではなくなった。見物人までもが大量に押しかけてきてしまった。」


「私は報告書にどう書くべきか困っています。」


「まったく、生き残れる気でいるのか。で、首尾はどうだ。」

 とカグヤに目をやると、アリのようなゴーレムらしきもの十六体に指示を出していた。


「イエッサー。」

と、ゴーレムたちが元気に返事をして筒のような物を持って窪地の回りに散っていく。


「なに!ゴーレムがしゃべっただと!」

 ザルツは驚いて口にする。ゴーレム自体はめずらしくないが、小型でキビキビと動きながらしゃべるゴーレムは初めてみる。


 ザルツはカグヤに近づいて声をかける。


「うまくいきそうか?」


「うむ、多少は逃がすだろうが、問題ない。突破してきたアリンコの討伐は頼むのじゃ。」


 ザルツは直径三百メートルほどの円型に掘られた窪地に目をやる。

「フーム、壁の土を砂に変えて登れないようにしたのか。これも精霊の力なのか?」


「ウム、土精霊ノームに頼んだのじゃ。」


 ザルツが窪地に目をやると、北西の一角だけ壁がなく、真っすぐ進めるようになっていた。

「あそこから入ってくるのか。どうやって誘い込むのだ?」


「まぁ見ておれ。昨日のうちに準備はしておいたのじゃ。」

 カグヤは自信たっぷりに言い放つ。


「水を入れると言っていたが、入り口から流れでて行ってしまうのではないか?」


「心配はない。ある程度入ったら入り口もふさいで湖にするのじゃ。」


「水も精霊の力でなんとかなるわけか。」


「いや、ここを湖にするだけの水なら持っておる。」




ドーン、バーンと遠くで聞こえていた音が近くなってきた。


「あと1時間ほどで到着か。すべてをここに閉じ込めるのはムリなので、壁を乗り越えてきたアリンコや遅れてきたアリンコは退治してほしいのじゃ。」


「わかった、ここまできたらやるしかあるまい、お前さんのことは後でじっくり説明してくれよ。」


 ザルツは兵士を立派な馬車の護衛回し、冒険者たちを振り分けて窪地の回りに散開させた。

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