第3話 作戦
「食料はどこに出せばいいのじゃ。それと現金取引以外は認めぬぞ。」
ザルツと目を合わせて頷きあったミューシーが
「では私がご案内します。」
ザルツ団長も立ち上がって頭を下げる。
「住民の反感を買わないために難民たちの炊き出しもしなくてはならん、相場より安くて本当にすまんがよろしく頼む。」
カグヤは幕舎近くにある大きな倉庫用のテントに案内された。
「狭いな、何をどのくらい出せばいいのじゃ?希望を言ってみよ、あるものから出そう。」
カグヤは言われるままに小麦、大豆、キャベツ、塩などを中心にイモや魚や果物なども出していく。
「なんでも出てきますね。肉とかはありませんか。」
10個あった倉庫用テントはいっぱいになり、ロート市が数日食べていくには十分な量を出してもらっていたが、他にどのような物をもっているのか興味が沸いてきていた。
「採りたての獣や魔物でよければ大量にあるのじゃが、素材は回収させてもらうのじゃ。」
カグヤはそう言いながらテントの脇に熊、イノシシ、狼やガルーダ、バイパーなどの魔物も並べていく。
「すごい量ですね。これ全部一人で退治したのですか。」
「うむ、人の入れぬ森林地帯には大量の食料があるのじゃ。」
食料を出したあと、カグヤは幕舎に案内されて金貨200枚を受け取る。
・・・フフッ、純金じゃな。これは良い取引となった。
光物が好きなカグヤは気が大きくなっていた。
「ところで、アリンコの退治はできそうなのか。ワシの見たところ2万を軽く越えていたようじゃが。」
「どうやって調べたのですか。私たちも偵察は出しているのですが全体の把握ができずにいるのですよ。」
ミューシーは身を乗り出して尋ねる。
「上空からなんとなく数えただけじゃが。」
「空を飛べるのですか。」
「やつらは上を気にせんからのう。」
「そのまま女王アリを仕留めてくれればよかったのに・・・。」
「女王がいなくなれば群れは解散するし、無差別に荒らしまわるじゃろうな。」
「それはかなりやっかいですね。やっぱり篭城戦しかないかぁ。」
ミューシーは腕を組んで考え込む。
「いや、自分の身を犠牲にして仲間の踏み台となるアリンコに城壁なんて無いようなものじゃ。」
カグヤは差し出された白湯を飲みながら状況を聞いていた。
「やっぱりそうなりますよねー。」
ミューシーは眉間にシワを寄せて悔しそうにうなずく。話の途中でザルツ団長と腹心4名が幕舎に入ってくると腹心の一人が状況を説明しだした。
「王都からの応援は3日後に騎馬隊3千騎ほどだそうです。篭城して火矢で抵抗するぐらいしか思いつきません。平地で戦うにしても分散されて被害が大きくなりますし、数で圧倒されて倒しきれません・・・旅をされてるカグヤさんなら何か良い方法を知ってるのではないですか。」
「まぁ、あるにはあるが・・・。」
「あるんですか、ぜひ教えてください」
「そうじゃのう、一気に叩くなら低地に集めて水攻めか。」
「水に弱いのですか。」
「いや、プカプカと浮くだけじゃな。やつらは洪水などに遭遇すると女王アリを助けるため集まってコロニーを作るのじゃ。」
「なるほど、下敷きになったアリは溺れると。」
「溺れるのは極少数じゃろうな。」
「なるほど、コロニーを矢で攻撃するのですね。」
腹心たちは攻撃するように結論の先読みを急ぐ。それだけ、状況は差し迫っているのだ。
「いやいや、矢が届くような距離ならあっさり上陸されるのじゃ。陸上でのやつらの突進力は騎馬隊並じゃぞ。」
「それではいったいどんな手があるのです。」
「やつらは頑丈じゃ、集めて爆破してもほとんどが生き残る。燃える水を撒いて焼くしかあるまいな。」
「燃える水なんて聞いたことがあるという程の貴重品なのに・・・」
ミューシーはため息混じりに呟く。
「大量に持っているので大丈夫じゃ、降らせるのも問題ない。偵察のために別行動しているスモールアントと戦える者を動員してくれれば大丈夫じゃ。場所はここから十キロほど西にある大きな窪地のようなところがよかろう。接敵予定は明日の十時頃、明日の昼までにはなんとか殲滅できるじゃろうな。」
「スモールアントの行軍は長蛇の列ですよ。どうやって集めるのです。」
「ワシが明日の朝から先頭集団の足止めをしながら、本体との長蛇の距離を縮めて窪地で決戦じゃ」
「無謀にしか思えません」
カグヤとミューシーのやり取りを聞いていた腹心の一人が口を開く。
「やらなければ明日の夕刻にはここがアリンコのコロニーとなる。エサも大量にあるからここが繁殖地になるじゃろうな。・・・何倍に増えることやら。」
「エサって・・・俺たちは簡単には殺られんぞ。」
玉砕か逃亡して重い罰を受けるか。人は追い詰められて打つ手のない状況下では、根拠のない自信だけが空回りしていく。
「聞かれるまでもないと思うが、強力な顎でぐちゃぐちゃに噛み砕かれて肉団子にされるようじゃぞ。」
カグヤの言葉を聞いて顔面蒼白となった一同はしばらく沈黙が続く。一方のカグヤは用は済んだとばかりに立ち上がる。
「ワシは明日に備えて適当に寝場所を探す。明日は日の出前には出発じゃ。窪地には鉄のゴーレムを配置して置くから手伝う気があったら探してくれ。」
「ん?鉄のゴーレムって従魔かなにかですか。・・・寝場所なら倉庫の隣のテントを使ってください、明日は私も同行します。」
ミューシーはカグヤを追いかけて一緒に出ていく。
「ほんとうに、あんな少女の作戦に乗るのですか?」
腹心の一人が重い口を開く。
「乗るしか手があるまい、心配なら遺書でも書いておけ。」
その後戻ってきたミューシーと6人で話し合ったが、カグヤの話に乗るしかないという結論に達した。他に良い方法が思いつかなかったのだ。
〇 〇 〇
その夜、街はカグヤの噂話で持ち切りとなっていた。
ここ数日、商人や貴族たちは逃げ出して付近の村や町からの避難民以外に訪れる者はなかったのだ。
「いよいよ明日にはこの街にご到着らしいぜ。」
「ああ1mぐらいとでかいクセに小さいとか言う群れるスモールアントか。」
二人は軍が行っている炊き出しのパンや肉がたっぷり入った小麦粥を口に頬張りながら話し出す。
「群れと言っても数十匹ぐらいではないのか?」
「いや、ベテランの冒険者たちにも犠牲が出て逃げ帰るぐらいだ。数十匹程度では済まないだろうな。」
「どうやって脱出したんだ。」
「ああ、冒険者の話では、群れの行軍はほぼ一直線なので横に逃げ切れば助かるらしい。」
「1万と聞いたが、そんなに巨大な群れなのか。」
「避難民の話では大森林に近い村が襲われてかなりの犠牲が出ているらしいな。」
「避難指示が出ていただろう。逃げなかったのか。」
「まぁ、話がデタラメ過ぎて信じないヤツが多かったのだろう。おかげで人の住むところにエサが大量にあると学習されたようだな。その後は村から村へと一直線に行軍するようになったそうだ。」
「それで今回はこの街に来るわけか。ま、高い城壁もあるんだ返り討ちにしてやるわ。」
「それがなぁ、あの長い脚でヒョイヒョイ上ってくるそうだ。」
「ああなるほどってヒョイヒョイか、それってかなりやべぇじゃねぇか。」
「そこで明日、野外戦を仕掛けるそうだ。」
「ほう、そんな軍勢がもう到着していたのか。ありがたいことだ。」
「いや、少女が一人でやるそうだ。」
「はぁ、できるわけあるか。生贄の間違いだろ。」
「そうだな、少女一人の犠牲で大森林に帰ってくれればいいがなぁ。」
片方の男がため息交じりに呟く。
「なぁ、今のうちに逃げたほうが良くねぇか。」
「無理だ。斥候のアリに見つかったらエサにされるだけだ。それに逃げるってどこへだ。次に襲われるかもしれねぇ町にか?」
「ダメかぁ。」
「いやいや、あのお方ならなんとかしてくださるかもしれんぞ。」
二人の話の間に、パンとワインを持った一人の年寄りが交じる。
「あのお方って国王陛下かなんかかい、ジイさんよぉ。」
「それがのう、人形のようなかわいい娘さんなのだが、襲われていた村に残ったワシらを助けてくれたのだ。」
「なるほど、噂になってる馬車の護衛のことか。」
「ワシらの村は堀で囲まれ土で盛った所に、柵も頑丈に作って生活していた。通常の魔物なら撃退できるほどのものだったのだが、スモールアントはそれを簡単に乗り越えてしまってのう。」
「なんだ矢もなかったのか。」
「いや、残ったもの数十人ほどで石や槍を投げ、矢も放ったがまったく通用しなかった。」
「よく生き残れたなぁ。」
「ワシらは慌てて頑丈な丘の洞窟に逃げたが100匹ほどのスモールアントに囲まれたのだ。ここまでかと思ったところへ、あの娘さんが狼たちとともに現れてアッという間に退治してくださったのだ。」
「それは心強いな。だが、相手は数千以上の群れと聞いているぞ。なんとかなりそうなのか。」
「それは私どもにはわかりません。ただ、ここに来る途中で退治したスモールアントの体液を精霊様たちともにまき散らしておいででしたので、何か策があるのでしょうな。」
「おい、今精霊たちといったか。」
「いえ、精霊様たちです。」
「そんなことどうでもいいだろう。」
「若い者にはわからんかもしれんが、今だからこそ必要なことなのじゃ。」
「なにが、じゃ、だ。ジジイの考え方なぞどうでもよいわ。」
「助けてくれる者たちを信じないでどうするのだ。ワシらは奇跡を目の当たりにできる機会を与えられているのですぞ。」
「わかったわかった。生き残れたら考えることにするよ。」
ここロート市は大きな都市とはいえ、人目のつかない路地裏では飢えて動けなくなった者や死体が転がっていた。飢え、流行り病やケガ、突然の災難、死とは日常的な出来事だ。しかし、それは他の都市でも似たような状況だ。
できるだけ平穏に暮らしたいと思うなら、強き者の下にいるのが一番いい方法となる。良し悪しは別として、それが権力や宗教というものを生み出した原因なのかもしれない。
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