第2話 それぞれの事情

「いやー、ありがとうございます大変助かりました。何かお困りのことがありましたら遠慮なくエルゴ商会までお越しください。」


 馬車を指揮していた商人・エルゴは深々と頭を下げながら礼を言う。


「ワシはカグヤじゃ。売りたい物もあるのでそのうちに顔を出すが良いかのう。」


「はい、大歓迎でございますとも。」


 その間、馬車からは次々と人が降りてくる。ザルツと兵卒たちは唖然としながらそれを見守っていた。


「いったい何人いるのです?」


 ミューシー参謀は興味津々といった感じで話しかけてきた。


「50人ぐらいかのう。」


「カグヤさんと言いましたか。先ほどまでいた精霊とはどうやって契約したのですか。」


「契約ではないが、いろいろあったのじゃ。」


 カグヤは気のない返事をする。

 そのやりとりの間、馬車に乗っていた者たちは順番に検問を受けていた。


 その間ミューシーはカグヤにまとわりつく。初めて見る精霊、その精霊を使役する少女。不思議な現象を前にしてなんとか情報を引き出そうといろいろ話かけるが適当な返事しか返ってこない。


・・・うーん、話を変えるか。


「そういえばカグヤさんの服って見たこと無いですね、どこかの民族衣装ですか?なんかヒラヒラして動きにくそうですけど特殊な装備なんですか?その扇子のような物で戦ってましたけど特別な武器ですか?出身はどちらでしょう?見た目は若く見えますが長命種の種族ですか?あっ、そういえば旅商人だとか、食料があるなら売っていただけると大変助かります。」


・・・質問が多過ぎじゃな。

一気にまくし立ててくるミューシーをジッと見ながら答える。


「これは着物じゃ、ワシにとっては戦闘服みたいなものじゃな、武器は近接戦闘用に鉄扇を使っておる、1年かけてカズラ山脈を越えてきた、出身地はこの大陸の海の先にある大陸のそのまた先の先にあるムーン大陸じゃ。」


・・・ま、ある意味ほんとうのことじゃ。


 他の者たちの検問が終わり最後のカグヤの番になる。


 ザルツ団長はカグヤと名乗る少女に向かい合って座り話を続ける。隣ではミューシー参謀がニヤニヤしながら黙って聞いている。


「見た目相応の歳には思えんが、君は何者なのだ?一緒にいた商人の話では丸一日、次々と襲ってくるスモールアントを撃退しながらここまで来たと言う話だったが、それだけの手錬なら名も知れているだろうに君のような者など聞いたこともない。しかもS級魔物だらけのカズラ大森林の奥の先のドラゴンが縄張りにしているカズラ山脈を越えて、その向こうのトロンダム王国から来たと・・・。」


 カグヤはため息を吐きながら


「真っ直ぐというよりちょっといろいろと寄り道しながらだがおおむねその通りじゃ、歳は永遠の十三歳じゃがお主たちの数百倍以上は生きておる。」


「その話、矛盾しているぞ。」


 他国の間者かと疑っていたザルツは考え込む。

・・・長命のエルフ族かなにかか?間者にしては堂々とし過ぎだな。


 じれったそうにミューシーが横から口を挟んでくる。

「あー、そういえば、食料を分けてもらえるとか・・・。」


「うむ、小麦や大麦に米とか大豆、果物から動物や魔物の肉に野菜と塩や香辛料まで市が開けるぐらいの量はあるぞ、普通の相場の倍の値段でかまわん、しばらくここを拠点に生活したいので、この国の流通通貨で取引したい。」


「倍ですか・・・せめて1.2倍ぐらいだとありがたいのですが。」

 と、ミューシーが横から口を挟む


「なんじゃ貧しい国じゃの、しかし、ま、その値でよかろう。困ったときはお互い様じゃからのう。値切られた分は情報でも貰おうか、宿屋やギルドの仕組みとか手続きとか、この辺りの生活習慣とかこの国の様子とか。特産品なんかがあればなお良しじゃな。」


 胸を張り両手に腰を当てて気前よく振舞ふるまっているふりをするカグヤだが腹の中でニンマリしていた。


・・・相場もよくわからんし、気持ちよく出してくれる値段ならOKじゃ。元の値段は豊作地でタダみたいな値で安く買い叩いたものばかりだしの、時間停止のアイテムボックスだから千年前の物でも腐らんしな、フフフフフ。


「いやー助かります。春先で品不足も影響して5倍まで値が上がってて困ってたところなんですよ。」


「なんじゃ、ずいぶんとボッたくられたものじゃ。その分の追加報酬ぐらいはしてもらわんと割に合わんな。」


「いやーバレちゃいましたか、できる限りの協力はしますのでお許しください。」


 ミューシーは頭を掻きながらカグヤの様子を伺う。子供のような姿なのにCランク相当の魔物を一撃で倒し、更に物資も豊富に持っているという初対面の相手が、どこまで信用できどのような人物なのか見極めようとしているのだ。


グゥーーーーーーー。


 食料の話をしていると二人の腹の虫が鳴く。


「あー、腹が減ってるならこれでも食うかの?」

 カグヤはそう言いながらアンコ入りの饅頭を十個ほど出す。


「それはいったいどこから出したのだ。」

 ザルツ団長は、バッグさえ持っていないカグヤが食べ物を出したことに驚く。


「ただの魔法じゃ。気にせんで良い。」

 カグヤは説明するのも面倒だといった感じで話を切るが、ミューシー参謀は食いついた。


「高位の魔法使いが空間収納魔法を使用できると聞いたことがあります。それはいったいどんな原理なんですか。それよりどこで学べるのですか。」


「強力な魔法を使うには脳の構造が関係するのじゃ。使えぬ者には使えぬ。」


ザルツ団長は饅頭を手に取りながら

「ありがたく頂戴しよう。実は近隣の村からの難民が多くて食糧不足でな一日二食がやっとなんだ・・・なかなか、うまいなこれ。」


 ミューシーも口に頬張りながら

「ウン。ウー、ウー」

 と言いながらカグヤに顔を近づけてくる。


「あー、近い近い・・・」

 カグヤは扇子でミューシーの顔を遠ざける。


 ザルツはその様子を見ながら考え込んでいた。


「そのー、なんだな、ひとつ聞きたいことがある。」

 ザルツは軽く姿勢を正してカグヤに話しかける。


「なんじゃ。歯切れが悪いのう。」


「スモールアントに囲まれていた村人たちを助けたらしいな。怖くは無かったのか。」


「そうじゃな。数百匹のアリンコに囲まれていた村人を助けても、ワシには一文の得にもならぬ話じゃ。」


「そこだ。なぜ何の得にもならないことに命を掛けたのだ。自分だけ逃げようとは考えなかったのか。」


 カグヤに質問を浴びせるザルツは迷っていた。王都に帰れば妻や幼い子供が待っているし、それは団員たちも同じだ。この城塞都市ロートではスモールアントの大軍に勝つどころか撃退することもかなわないのはわかりきっていた。

 おそらく、明日の夜にはこの都市は阿鼻叫喚の様相となるであろう。来るべき非業の死を予感して恐れていたのだ。


「フム、新兵にはよくある不安じゃな。しかし、それならばなぜ逃げぬのじゃ。」


「逃げられない、やんごとなき事情があるのだ。」


 逃げられない事情。

 それは都市の住民たちを置き去りにすることではない。危機が迫っているのだから、その危機を回避するために逃げるのは個々人の義務とも言える。弱肉強食の時代にあって、生きるということは自分の身は自分で守るという不文律で成り立っている。

 逃げ遅れて犠牲になったとしても、それは自分の責任でしかない。王族や貴族たちのような支配者が住民たちを守る義務はない。

事実、ロート市の領主一族はとっくに逃げ出していた。


 ザルツがカグヤに逃げられない愚痴をこぼしていると、カグヤと同じぐらいの背格好をし、立派な赤いドレスを着た少女が護衛を連れて訪ねてきた。


「ごきげんよう。お話中でしたらごめんなさい。すぐにおいとまいたします。」


 椅子に座ってカグヤと話をしていたザルツとミューシーは即座に立ち上がると、片膝を突いて臣下の礼を取る。


・・・逃げられない理由と言うのはこれか。物好きな姫もいたものじゃな。


 カグヤは即座に場の空気を読み、目立たないよう壁際にいって顔を伏せる。


「脱出の準備ならいつでも整っております。ご英断を。」


 ザルツは片膝を突いたまま、訴えるように進言する。


「明日、逃げ遅れた民たちとともに脱出します。」


「ハッ、しかし、逃げるなら早い方がよろしいかと存じます。」


 ザルツは説得しようとするが、姫の後ろに立つ護衛の一人が覚悟を決めろと言わんばかりにクビを振る。


「そんなことより、そちらの方が魔物から領民や商人を助けたと噂になっている聖女様ですか。お礼を言わせてください。」


 少女はカグヤに近づくと手を握ってくる。


「このような事態ゆえ、特別に拝謁を許す。失礼の無いように。」

 護衛の一人が声高らかに宣言する。


「私と同じぐらいなのですね。大変腕の立つ旅のお方と聞いています。ぜひ冒険のお話を聞かせてください。」


「いつか機会があったらじゃのう。」

 カグヤは適当に返事をする。


「そうです。そのためには魔物の襲撃を食い止めねばなりません。何か良いお知恵はありませんか。旅をしてきた聖女様なら何かしらの手立てがあるのではありませんか。」

 少女はカグヤの手を強く握るが、その手はなぜか震えていた。強気ではいるが、やはり怖いのであろう。


「弱い者が魔物に襲われるというのは死を意味する。お主はなぜ逃げぬのじゃ。」

 カグヤは震える少女の手を握り返す。


「お父様は、この都市の住民を犠牲にする気でいます。私は心が弱いので民を見捨てることはできませんでした。」

 少女は軽くうつむき力なく答える。


「無謀じゃのう。」


「いえ、神はお見捨てにはならず貴女をおつかわしになりました。ぜひ聖女様のお力添えをお願いいたします。」

 少女の目は真っすぐにカグヤを見つめる。


「まぁ、手はないでもない。多少の犠牲は出るかもしれんが善処しよう。」

 幼女の信じ切った真っすぐな視線にひるみながら答える。


「まぁ、あるのですね。聖女様、信じています。」

 少女は握っていた手を離すと、カグヤに一礼して出ていった。


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