第11話 稲穂に情熱1

「よし、今年も良い色だ」


 まだ少し暑さの残る季節。上空から地上の景色をみていた一柱の神が、黄金色に豊作を迎えた稲穂を見て満足そうに呟く。しっかりと実りが良い為、どれも頭を垂れお辞儀しているようだ。


 神の名はニニギ。稲穂や農業の神だ。黒い髪を後ろで一つにまとめており、背丈はコノハナサクヤより少し高いくらいで五尺五寸ほど。真面目そうな好青年だ。

 そんなニニギが立派に実った棚田を眺めていると、何やら聞きなれない声が聞こえてきた。


「今の季節はお米がたくさん実って、田んぼは一面黄金色に輝くんですよー!」

「でき立ての新米で炊いたご飯はめっちゃ甘くておいしいんやで~」

「おお! それは実に興味深い!」


 ……人ではない。神だ。

 この辺りに神が来るとはめずらしい。

 ニニギは挨拶をするべく、声の方へと降り立つ。しかし彼らの姿をしっかりと視認したとたん、桜のように可憐な女神を前に言葉が出なくなった。

 隣の二柱はなぜかにやにやしている。


「くくく、僕はドウシンといいます。道士の神、らしいです」

「我はアマテラスだ。太陽神、らしい」

「あ、私は絶世の美……コノハナサクヤです。お恥ずかしながら、絶世の美女という設定です」


 可憐な女神はコノハナサクヤというらしい。名前も可憐で、そして随分と謙虚だ。


「おっ、お恥ずかしくないです! 本当に絶世の美女です!」

「えっ? あ、ありがとうございます!」

「すみません! 急にこんな!」

「い、いえ!」


 私は嬉しそうに返された笑顔に少しほっとし、やっと落ち着きを取り戻す。


「お見苦しいところをお見せしました。私、ニニギと申します。稲穂や農業の神で、恐れながら太陽神、天照大御神様の孫というせって……」


 設定です、と言いきる前に気が付く。 

 そして先ほど自分をアマテラスだと紹介した神に目を向ける。さっきはコノハナサクヤを前にテンパりスルーしてしまっていたが、目の前のこのオーラだだ漏れの神、あの偉大なる太陽神「天照大御神」ではないか!


「はっ! 失礼しました! あなた様はかの偉大な天照大御神さ……!」


 そしてまたハッとする。そういえば三柱とも自分のことを「らしい」や「設定」と言っていた。つまり自分と同じ「そのように創られた存在」と、自覚している神だということだ。

 では今のような反応は少し嫌だったかもしれない。案の定、天照大御神様の顔は寂しそうに陰りを見せている。


「こほん。……申し訳ありません。私はアマテラス様の孫という設定の神です」


 するとアマテラス様は一瞬驚いたあと、嬉しそうに目尻を下げた。そして少しいたずらっぽく口角を上げたかと思うと、かなり上機嫌な顔を向けてくれた。


「そういえば皆様はどうしてこちらに?」

「あ~、僕ら時々地上に観光しに来てるんですよ。今日はこの黄金の棚田を見に来たんです~」

「おお、そうでしたか! 良かった、今一番良い時期ですよ!」

「ほんまええタイミングでした。これ見たあとで新米食べたら絶対おいしさ爆上がりですわ~」

「それは間違いないです!」

「そうや、ええもん見せてもろたし、良かったらニニギ君も僕らの神殿、観光して行かはりませんか? 今僕ら三柱で住んでるとこなんですけど、一緒に新米食べましょう~」


 ……住んでる?

 一瞬耳を疑い困惑するが、コノハナサクヤさんが屈託のない笑顔で「それいいですね! せっかく同じタイプの神様に出会えたんですもん! 一緒に行きましょう!」なんて言うものだから、疑問はあれど二つ返事で誘いを受けるしかなかった。

 彼女にこう言われれば同意する以外選択しなどない。

 その隣では再びアマテラス様とドウシン様がにやにやしていた。

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