第6話 絶世の美女1

 通常、我のように太陽といった「地上」に存在しない設定の神が地上へ行く際は、神術で特注の道を創り出す。今回はドウシンが二柱通れる道を作ってくれるようだ。普通この距離なら一刻で着ける道を創造できればすごいほうなのだが、ドウシンが創り出した道は、手慣れているのか寸刻で目的地に着ける代物だった。

 やはり彼は規格外だな。

 

「おお」


 地上に到着するやいなや、まず見えたのは尻尾がくりくりしている犬だった。何かに興味を惹かれているのか、ハッハッと息を吐きながら耳をピンと立たせ大きな目を光らせている。情報として知ってはいたが実際見るのは初めてだ。神の姿のままなのでこちらのことは見えていないため、可愛いそれは目の前を通り過ぎていく。


「ああ、あれは柴犬やな~。かわええな~」


 ドウシンの顔が綻ほころんでいる。いつも笑っているような表情ではあるが、本当に笑っているときの区別がだんだんつくようになってきた。どうやら彼は柴犬が好きなようだ。


「お、魚もろてる。良かったな~」


 柴犬は、魚屋の主人らしき人間に焼いた魚を貰って大喜びしている。だからさっきあんなに目を光らせていたのか。それにしてもすごいがっつきようだ。みるみる内に魚は小さくなっていった。

 ふと空を見上げるとおぼろ雲が優しく光を届けている。ほんのり暖かい空気に、風は少し涼しくて心地よい。

 耳に気をやると、うぐいすの鳴き声が響いている。知識として知っていたホーホケキョ。ホーホケキョと思いながら聞いているからか、もうそれにしか聞こえない。


 大きな道に出ると色々な店がずらりと並ぶ。漬け物屋に豆腐屋。茶屋に土産屋。

 土産屋ではドウシンがネコヤナギの髪飾りを買ってくれた。白くてもふもふな見た目が実に愛らしい。まるで小さい尻尾のようだ。……大事にしよう。


 そして土産屋をあとにしばらく歩いていると、足元に一枚の花びらが舞い落ちてきた。足を進めるたびにその枚数が増えていく。さほど長くない坂を上り切りるとドウシンの肩にも一枚落ちてきた。そのまま目線を前方に向けると桜並木が広がっているではないか。

 瞳に入りきらないたくさんの桜。その初対面に心を躍らせる。


 ――これが桜か。下からなんて初めて見た。はらり、はらりと花びらが舞う。高天原から何度か見たことはあったが、一枚一枚はこんなにも薄く、小さく、儚いものだったとは。

 そんな桜に見とれていると、木の陰から桜のように美しい美女が現れた。人……いや違う、これは神だ。儚はかなく下を向いていた目線をこちらの方へ向けられると、思わずうっとりしてしまう。


「こんにちは。私、絶世の美女です」

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