第4話 天照らす神4

 ――お、おいしかった!

 食後の余韻に浸っていると、相変わらず糸目のドウシンが話しかけてきた。


「ふ~。お腹いっぱいやな~。庭でもちょっと散歩しよっか」


 誘われ素直に付いていく。そもそもドウシンは我の主なので拒否権は無い。しかし嫌だという気持ちも特段湧いてこなかった。


 庭に着けば心地よい風が吹き抜ける。庭と呼んでいるが庭園と表現したほうがしっくりくる景観だ。美しい花や木々はそれぞれ余裕のある距離感で植えられており、まるで互いを尊重しあっているかのようだ。なんだか心が洗われる。その一画には先ほどドウシンが言っていたおやつの時間を楽しめるスペースもあり、なんとも落ち着く。一目見て気に入った。


「な、アマテラスちゃん。ちょっと寝そべってみーひん? ここから見上げる空、めちゃくちゃええ感じなんやで」


 そう言って手本を見せるように彼は仰向けでどさっと寝そべった。それを見て我も隣に静かに寝そべる。


「おお!」


 思わず感嘆の声が出る。どこまでも高く遠い空。それは広く、そしてあたたかく、とても息がしやすいような、そんな感覚になった。こんな感覚は初めてだ。なんだろう……とにかく気持ちがいい!


「あ、あの雲ドウシンみたいだな」

「え、どれ~?」

「あ、えっと、あのモフモフの小動物みたいな雲」

「……小動物?」


 しまった、と思ったときにはもう遅い。壮麗な神に小動物という表現はさすがに褒められたものではない。……怒るだろうか。

 そう思って冷や汗をかいていると彼は「アマテラスちゃん?」と首を傾げ顔を凝視してきた。……なんとか取り繕わなくては。


「あの、えっと……その、ドウシンの……髪が」


 しかし焦ってつい言葉が詰まってしまう。だが彼は気にしていないのか、優しい表情のまま静かに聞いている。


「か、髪がモフモフしてて! なんか小動物みたいで! いい感じだ!」


 しかし焦ったままの我は何も取り繕つくろえず、勢いで思ったことをそのまま全部言ってしまった。再びしまった、と思うがまたもやもう遅い。後悔先に立たずとはまさにこのこと。


「あ……あの、お、怒ったか?」


 恐る恐る聞いてみる。しかし彼は驚いたかのようにいつも糸の目をまん丸くしていた。

 その目は予想より大きく、金色の瞳が美しかった。


「なんで? 全然怒ってへんよ~。むしろ嬉しいかなぁ」


 そう言った彼はいつもの嬉しそうな糸目に戻っていた。何が嬉しかったのかは分からないが、とにかく不快にさせていないようで良かった。


「触ってみる?」


 しかもモフモフの髪をこちらに向け、ふわふわをアピールしてきた。こちらも予想外の提案に目をまん丸くさせたが、本能にあらがえずそのモフモフにうずうずしてしまう。


「えっ良いのか?」

「ええよ。なんぼでも」


 本当にいいのかな、なんて思いながら恐る恐る、触ってみる。

 ――おお! 最高だ! 想像以上にやわらかくふわふわの手触り!


「ぶはっ! アマテラスちゃんほんま分かりやすいなぁ!」


 吹き出すドウシンはとても嬉しそうだ。


「見た目も感触もすごく良いぞ!」

「ふふっ。それは良かった。ありがとう。でも僕はアマテラスちゃんのその大きいキラキラした目のほうがもっと素敵やと思うで?」


 思ってもみなかった返しに少し戸惑いつつ驚く。


「えっ、あ、ありがとう。……我の目って大きくてキラキラしてるのか?」

「……もしかしてアマテラスちゃん、自分の姿見たこと無い?」

「うむ」


 そういえば、そもそも自身の見た目など気にしたこともなかった。


「そかそか。じゃあ見てみる?」


 すると彼はなんだか楽しそうに大きな何かを術式で創造し始めた。


「自分の姿を見る道具って幾いくつかあるんやけど、定番はこの『鏡』かな~」


 鏡なら知っている。今まで特に興味も無くて覗いたことは無かったが。

 目の前に大きな鏡がどんどん形成されていく。縁には品の良い茉莉花の装飾が施されており、本物の花も飾られているのが実に粋だ。白い小ぶりの花はとても愛らしく、風に乗ってほのかに漂う香りが心地良い。

 そして鏡は目の前の二柱の神の姿を映し出す。


「……おお」


 そこにはドウシンと同じ姿の神と、先ほど言われていたような目の大きい少女のような姿が映し出されていた。キラキラ……はよく分からないが、肌は顔も手足と同じように白く、鼻と口は小さめだ。ドウシンと同じく自分もどうやら見た目は地上の「人間」という種族に近いようだ。


 髪は知っていたが黒く腰ほどまでの長さで、頭の少し額にかかる位置には太陽の光を模もした装飾が飾られている。見た目は少し重そうだが実際は大して重さは感じない。前髪は真ん中あたりで分かれていて額が見えている。


 衣装はドウシンの用意したものに着替えたので、今日はいつもより装飾が少な目だ。これがとても動きやすい。上は袖口の広い白の衣に下は落ち着いた赤の袴で、地上の巫女のような衣装だ。いつも着ている形に近いものを用意してもらえたので着方きかたにも困らなかった。なんでも地上にはもっとたくさんの衣装の種類があるらしく、今後たくさん揃そろえてくれるとのことだ。……我、着方知らないのだが。


 そして胸元にはドウシンのキョンシーとしての札が貼られてある。不思議なことにこの札は衣を脱いでも剥はがれず、そして上から衣を着ても隠れず常に一番上にくるようになっている。……不思議だ。


 それにしても少しショックだったのは何といっても、背丈がドウシンの半分ほどしかなかったことである。もちろん自分が彼より小柄なのは承知していたが、ここまでとは思っていなかった。


「ドウシンってやっぱり背高いんだな」


 思わずつぶやくと自分に注目されると思っていなかったのか、彼は少し驚いている。


「え、そう? 僕地上行くん好きやから割と地上に合わせてるんやけど高かったかな?」


 ん? 合わせてる……?


「え、背丈って調節できるのか?」

「うん、ある程度やけどできるよ~。訓練と慣れは必要やけど、アマテラスちゃんもできるようになると思うよ?」


 なんと! それは良いことを知った。


「嬉しそうやな、アマテラスちゃん。疲れがちゃんと取れたら教えたるから、楽しみにしててや~」

「もう取れたぞ!」

「まだあかん~」

「ぐぬぬ」


 一瞬で却下されたそれに少し不貞腐れる。だが彼に従うしかない我は我慢する他ないのだ。

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