第3話 天照らす神3

「アマテラスちゃんお~はよ」


 扉を鳴らす音とともに我の主だと自称する神、ドウシンの声がする。朝からやけに上機嫌だ。

 高天原の異変で大岩に閉じ込められ、衰弱しきった我が次に目を覚ますと、すでにドウシンのキョンシーとして使役されることが確定していた。それが一週間ほど前である。


「う、うむ」

「ごはん、もうすぐできるから、着替えて昨日までおった部屋おいでな~」


 語尾に音符を付けたような口調でそれだけ言うと、彼は朝食の準備に戻っていった。勝手に部屋に入ってこない気遣いに内心安堵し、そしてふと疑問に思う。

 ……ごはん?


 我は今まで必要が無かったため、食事をしたことが無いのだ。

 ひとまず部屋に用意されていた何着かの中から、簡単で動きやすそうなものを選び、言われた通り昨日まで看病されていた部屋に向かう。そこはこの神殿の客間の1つなのだそうだ。


「あ、ちょうど今完成したとこやねん」


 部屋に入ると、ドウシンはやけに嬉しそうな声を上げる。相変わらず糸目なのか笑っているのか分からない表情だ。


「部屋どうやった? 過ごしにくくなかった?」


 一週間の献身的な看病のおかげで少しばかり回復してきた我は、昨日専用の個室に案内されたのだ。そしてそこは……恐ろしく快適だった。

 適度に広々とした空間に、家具は気に入ったものを揃えればいいと今は最低限の寝台と机、それからいくつか着替えがあるだけだったが、その寝台が最高すぎた。


 通常なら我の体は睡眠など取る必要はない。だが長年の無休状態に加え、先日の異変での疲れがまだ残っていたのか、寝台の心地よさに見知らぬ地で訳の分からない状況にも関わらず熟睡してしまったのだ。


「あ、えっと、寝台が良かった」

「そっか、良かったー! あの寝台、地上で色々試した中で気に入ったんを組み合わせて作ってみてん! ここで使ってた布団はあんまり熟睡できてへんみたいやったからな~」


 嬉しそうに話すドウシンだが、我は耳を疑った。


「……ツクッタ?」


 驚いたせいか変な言い方になってしまった。


「うん、そうやで~。僕地上行くん好きやねんけど、1回見たものは生き物以外なら術で再現できるから、そこで良かったものとか再現したり、組み合わせて作ったりしてるねん。この料理もそうやで。完成形でそのまま出すことも、素材だけ再現して調理したりもできる。好み言うてくれたらすぐ出すし言うてな~」


 なんとも規格外なことをさも平然と言ってのける彼に面食らいながら、さすが我をキョンシーにできるだけはある、と変な感心をしてしまう。


「……道士の術ってそんな便利なのか」

「ん~。多分僕だけちゃうかなぁ。道士の術はそういうのと違うかったと思うで。あっ、ごめんごめん、喋りすぎた。食べよっか!」


 言われて並べられた朝食を眺めるが、「食事」とは……?


「アマテラスちゃんもしかして食事したことない?」

「……うむ」

「そかそか、僕ら食事の必要ないもんな~。じゃ初体験やな! 案外悪いもんじゃないから、騙されたと思って食べてみて! この茶粥とか朝からでも食べやすいで」


 ドウシンはなんだかウキウキしている。我は勧められた茶粥なるものを恐る恐る食べてみた。

 ――こ、これは! なんだこの感覚は! 香ばしさの中にほんのり甘味を感じる。茶に米や豆や芋……知識としてしか知らなかった食材たちはこんな味だったのか。


「アマテラスちゃん茶粥気に入ったみたいやな~! こっちの桃も甘くておいしいで」


 勧められるがまま口に含む。

 ――っ!


「お、アマテラスちゃんは桃のほうが気に入ったみたいやな~。今日はおやつに桃のケーキしよっか」

「ケーキ?」

「うん、見た目もきれいで可愛くて、しかもこの桃よりさらに甘いやつやで」


 ――ワクワク!


「ぶはっ! アマテラスちゃん分かりやすすぎや!」


 ドウシンはすごく楽しそうに笑っている。なんだか悪くない新鮮な朝となった。

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