第2話 天照らす神2

 呆気に取られ茫然としていると、その男神は我と目線を合わせるようにしゃがみ込んでは不思議そうに顔を覗き込んできた。首を傾げる姿はどこか小動物を彷彿とさせる。実際にはその背丈は高く、おそらく人間でいうと六尺は軽く越えていそうなため「小」動物とは程遠いが。


  その髪はふわふわとした長いクセっ毛で、まるでリスの尻尾のように後ろの高い位置でひとつに束ねてあり、実に触り心地が良さそうだ。品の良い白金色をしているのもまた、温かみを感じさせる。それが余計に似つかわしくない小動物さを彷彿させるのかもしれない。衣服は派手すぎない明るめの灰色を基調とした漢服で、端正な顔立ちだが糸目なのか常に微笑み調子なのかよく分からない目をしている。


「ん。熱はないな」


  そして大きな手を我のおでこに当てては安堵していた。


「大丈夫?」

「あ、えっと……そなたは? ここは? 高天原は? ……それと、キョンシー?」


 混乱したままだがとにかく何か言った方が良いかと思って、頭に浮かんだ疑問を並べてみた。


「あ、混乱してるな~。そらそうやな~。ごめんごめん」


 男神はおでこに置いていた手をゆっくりと離しながら、明るい口調で説明を始める。


「取り合えず順番に説明していくし、落ち着いてな~」


 我は呆然としながらも、静かに頷いた。


「まず、僕はドウシン。何でも道士の神様なんやって~。ま、僕、道士が何かってちゃんと知らんねんけどな。僕は道術って呼ばれる特殊な術が得意なだけやねん。その道術も、ちょっと普通と違うっぽいねんけど。そんで、ここは僕の住処。あんまり物ないから今はまだ殺風景かもしれんけど、神殿やからまぁまぁ広くてええ感じやで~。ちゃんとアマテラスちゃんの個室もあるから、また案内するわな~」


 ん? 今なんと言った? アマテラス……「ちゃん」? そして個室?

 そんな混乱が増えた我の脳内などお構いなしに、男神、もといドウシンは楽しそうに続ける。


「高天原ってアマテラスちゃんのいたとこやんな? あそこはまだ瓦礫の山って感じやで。ま、原因は分かってるし、今復元してるとこやからその話は追々な~」


 ドウシンは我が目を見開いたと同時にこちらの唇を人差し指でそっと閉じさせた。


「そんで、キョンシーやったな。キョンシーは僕ら道士の操り人形ってとこかな? ま、認識はそれぞれ違うかもやけど、地上では『死んでんのに動く妖』ってことでゾンビみたいなもんって思われてるな。僕は道士の神様やから、神様であるアマテラスちゃんのこともキョンシーとして使役できるというわけやねん! すごいやろ! あ、ゾンビ分かるかな? ま、難しく考えんくて大丈夫! とりあえずアマテラスちゃんは僕に逆らえへん存在ってこと。そのお札が付いてる限りはな」


  嬉しそうに話すドウシンの指し示された指の先を追っていくと、我の胸元には1枚のお札が貼られていた。

 なんてことだ。しかもこんなとんでもないことをさも平然と話すとは。こんな神が存在していたなんて聞いてことがない。だが我が何より気になったのは「死んでんのに」というその言葉だった。


「えっと、あの、我は死んだのか? な、なら地上は……?」


 地上はどうなってしまったのか。地上の生命は無事なのか。体中から血の気が引いていくのを感じる。すると彼は随分と優しい手つきで頭を撫でてきた。


「大丈夫、大丈夫。まず、アマテラスちゃんは死んでへん。死はあくまでも地上の概念やから、僕らには当てはまらへんしな~。そんで、地上も大丈夫。アマテラスちゃんが不安に思うようなことにはなってへんから安心してな。そもそもこれから地上のことは気にせんでええよ。というか、気にしてはいけません。しばらく仕事はお休みです! これ命令~」


 ドウシンはニッコリ笑いながら、初命令出しちゃった! とはしゃいでいる。

 彼は大丈夫、と言うが太陽神が仕事をしていないのに大丈夫とはどういうことなのだろう。……もしや。


「代わりの太陽神が現れたのか……?」

「え? いや、違うよ~。今は僕がその力をコントロールしてるねん。なんせ道士の神やからな! だからアマテラスちゃんは存在してるだけで大丈夫なんやで~。ちなみにこの感覚に慣れれば、いつか僕無しでも意識せずに照らせるようになるよ。まぁ、しばらく先の話やろうけど~」


 ……そんなこと可能なのか?


「ちょっと地上見てみる~?」


 すると我の疑っている様子を察知したのか、彼は突如水鏡を出現させ地上の様子を映し出す。そこには数日前見た景色と何ら変わらない光景が広がっていた。穏やかな陽気のもと、草木が風に揺れている。人や動物たちも空のことなど気にする素振りも見せていない。


 ……良かった。確かに無事のようだ。ひとまずその光景にそっと胸をなでおろす。だが、いったい我はこれからどうなるのだろうか……不安である。

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