第69話

――セシリアの記憶――


「(お父様、クライン…!怖いの…!助けて…!)」


見知らぬ大人たちに連れていかれた私は、その心の中で必死に二人に助けを求めていた。

本当は大きな声で叫びたいけれど、お父様の名前やクラインの名前を出してしまったら、二人に大きな迷惑がかかってしまうかもしれない…。

私はそうなることを恐れて、ただただ心の中で二人に助けを求めることしかできなかった。

しかし、そんな偽りの叫びが二人まで届くはずもなく、ただただむなしく時間だけが過ぎ去っていった。

するとその時、リーゲルと名乗るリーダーらしき男性が私に向け、こう言葉を発した。


「なんだ?そんな顔をすれば助けが来るとでも思ってるのか?」

「…お父様が、絶対助けに来る…!」

「ククク…。お前、まだ分からないのか?」

「…?」


リーゲルはどこか得意げな表情を浮かべながら、私に対してこう言葉を続けた。


「お前の父親がどこの誰で、どんな奴かなんて知らないけどな、それでも分かることが一つだけあるぜ?お前は父親から、全く愛されていないってことがな」

「そ、そんなこと…ない…!」


リーゲルの言葉を必死に否定する私だったものの、彼はそんな私の反応などお見通しといった雰囲気で、そのままこう言葉を続ける。


「まぁ信じたくないよなぁ。信じていた父親から全く愛情をかけられていなかったなんてなぁ」

「違うもん!!」

「違うのか?じゃあお前はどうしてこんなところにいるんだ?」

「…!?」

「お前の父親が本当にお前の事を愛しているなら、お前はこんなところにいないはずだろう?しかしお前はここにいる。それはつまり、お前の父親は結局お前の事なんてどうでもいいとしか思っていないんだぜ?愛されてなんていないんだぜ?しっかり現実を見ろよ」

「……」


彼の放ったその言葉は、鋭い刃物のように私の心の中に深く突き刺さる。

当然、私はいつだってお父様の事を信じているし、心から愛している。

その思いに全く変わりはない。

…けれど、お父様の方はどうだろう。

お父様は私の事を、その心の中では邪魔者だと思っていたのだろうか…?

だから私がこうしてお父様の元から消えることになっても、悲しんでもいないのだろうか…?

むしろ、私がいなくなったことを今頃、喜んでいるのだろうか…?


「よく考えれば分かるだろう?お前はもともと居場所なんてなかったんだよ。俺たちと一緒に来るしかない運命だったのさ」

「……」


…そう言葉を告げられた時、私は全身の力がどっと抜けていくのを感じた。

”セシリア”としての自分を失ってしまったのは、おそらくその時だったように思う…。


――――


その記憶が戻ったのが、ノルドなる人たちが侯爵家を訪れた時の事。

あの時私は無我夢中で、みんなのために何かできないかと必死に頭を巡らせていた。

…その時、あの状況と同じような景色を過去にも見たことがあるという事を思い出して、それをきっかけにして”セシリア”としての自分を思い出すことにつながった。

グローリアお父様の娘である私の言葉によって、侯爵家は難を逃れたと言えるのかもしれないけれど、そもそも難を持ち込んでしまったのは他でもない、この私…。


「…やっぱり私なんて、始めからいないほうが良かったんだよね…」


今にして思えば、リーゲルのあの言葉は正しかったのかもしれない。

グローリアお父様やクラインの足を引っ張って、侯爵家のみんなにも大きな迷惑をかけて…。

そのくせ私はみんなのために何ができるわけでもなくって、役立たずで…。

リーゲルはそんな私の事を、実はよく見抜いていたのかもしれない…。

それを認めるのが嫌で、最初はずっと反抗していたのかもしれないけれど、結局は彼の言った通りだったのかもしれない…。


「私がいなくなったら、全て解決するんだもの…。怖くは…ない…」


侯爵家を出て歩き続けていた私。

図書室に置かれていた地図を頭の中に入れて、予定通り山の中を突き進んだ私。

そんな私の目の前には、これまで見たことのないほど大きな大きな滝が流れている。

…この場から身を投げたら、一瞬のうちにこの世から去ることができるであろう高さと勢いを持つ滝だ。


「本で読んだ通りの水の勢い…。これならだれにも気づかれずに、誰にも迷惑をかけずに…ここで…」


息をするペースが少し、また少しと早まっていくのが自分でもわかる。

…私の中の本能が、こんなことをするのはやめろと言っているのだろうか。

けれど、これは私がここでやらないといけないことで、それが私の責任…。

私がここですべてを終わらせることで、もうこれ以上誰にも迷惑をかけずに済むのなら、これ以上に私にとってうれしいことはないのだから…。


「みんな、さようなら…。ありがとう、ごめんなさい…」


もともとが隠し子だった私の存在。

最後もこうして静かに消えていくのが、私の運命。

そう言葉をつぶやいた後、私は岩場から足を踏み出し、その身を滝の中へ向けて投げ出した。

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