第70話
「どこだ…!一体どこにいる…!」
セシリアのにおいを感じ取ったマルンが目指したのは、人気の全く感じられない山の中だった。
マルンに導かれるがままに山の中に突き進んでいくラクスだったものの、彼は正直なところその状況に少しの疑問を感じていた。
「(本当にエリスがこんな山の中にいるのか…?マルンの事を疑うわけじゃないが、普通に考えれば彼女がこんなところにいるとは考え難いが…)」
そう持論を展開するラクスだったものの、しかしそれは最初の方だけで、山の中を駆けていきながらラクスはその心の中にひとつの心当たりを思い起こす。
「(そういえば、侯爵家の図書室でセシリアがなにやら地図を呼んでいたことがあったな…。あれはエリカから出された問題に答えるための勉強だとばかり思っていたが、まさかこの時の予習も兼ねていたのか…?)」
その記憶がこの場に呼び起された時、ラクスの抱いていた疑問は一瞬のうちに吹き飛び、この山の中にセシリアが存在しうる可能性としてつながったのだった。
「(だとしたら、彼女が目指す目的地は……まさか……!)」
ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!
「……!」
舗装など全くされていない山の中を一心不乱に駆けるマルンの馬上は、それはそれは危険なほどの揺れが感じられ、一瞬でも油断をすれば大地の上に振り落とされてしまいかねないほど。
しかし、そこは普段から妙に器用なラクス。
初めて会ってからまだ間もないマルンともすっかり息を合わせ、まるでその体を一心に融合させているかのような雰囲気で大地を駆けていく。
「…!!」
「ど、どうしたマルン?」
その時、不意にマルンがそれまで以上に興奮した様子を見せた。
駆ける足音もやや大きくなり、体の揺れもそれまで以上に激しくなっているところを感じ取ったラクスは、マルンがその頭の中に抱く思いをうっすらと感じ取る。
「まさか…。もうすぐそこにセシリアがいるのか?」
「…!!」
そんなラクスの言葉に答えるかのように、マルンはさらに体の揺れを大きくする。
こんなところで地に落とされることほど間抜けなことはないため、ラクスはマルンから振り落とされないよう必死にその体に食らいつく。
「(セシリアはすぐ近くにいる……絶対に見逃すなよラクス……!)」
ラクスは心の中で何度も自分にそう言い聞かせ、集中力を研磨する。そしてマルンもまたその周囲を見回し、セシリアの姿を見つけ出そうと必死になっていた。
そしてその時、ついにラクスの瞳の中にセシリアの姿が映し出された。
「レベ……セシリア、いったい何を……!!!!」
ラクスの位置からはまだセシリアの後姿しか見えず、彼女が今どのような表情を浮かべているのかは全く見えない。
しかしそれでも、ラクスはそんな彼女の姿から、彼女が今そこで何を考えているのかを理解した。
「くそっ!!マルン!!!行ってくれ!!!!」
「!!!!」
ラクスの行動は早かった。
悪い予感を感じ取った刹那、ラクスは走るマルンの背から一瞬のうちに飛び降りると、身軽となったマルンをセシリアの元目指して駆けださせる。
そしてその直後、彼の抱いた悪い予感は的中し、滝と正対するセシリアはその場から静かに自身の体を乗り出し、その身を投げようと動き出してしまう…。
「…!!!」
その時間はラクスにとって、非常にゆっくりに感じられた。
セシリアの体が少し、また少しと地中に消えていくようなその光景。
ここで彼女に手が届かなければ、もはや一生彼女と話をすることは叶わないであろうこと、これから先自分は一生今日という日を後悔し続けるであろうことをラクスは一瞬のうちに察し、彼は全霊でセシリアの名を叫んだ。
「レベッカ!!!!!」
「…!?!?」
ラクスがその名を叫んだことに驚いたのか、セシリアは一瞬だけ踏み出した足を元あった場所に戻そうと試みた。
しかし、その身はすでに飛び降りの態勢をとってしまっているため、完全に元の位置に戻ることは不可能であり、ほんの数秒の延命時間を稼ぎ取るのがやっとだった。
ただ、その数秒の時間は、この場においてラクスが心の底から願ったものだった。
「マルン!!!!」
「がぶっ!!!!!!!」
「ひゃっ!!!!」
一瞬だけできた時間をつき、マルンはその口でセシリアの服の端をつかみ、落下するはずだった彼女の体をその場に停止させる。
そして間髪を入れず、その横からラクスがセシリアの手をつかみにかかり、マルンと力を合わせて一気にその体を元あった場所まで引き上げた。
「そらよっ!!!!」
「っ!」
結果、ふわっと浮き上がったセシリアはその体をそのままラクスに抱きかかえられる形となり、彼女の早まった行動はラクスとマルンの手によって完全に阻止されたのだった。
…ラクスは間一髪間に合った状況にほっと胸をなでおろし、絞り出すような口調でセシリアに対してこう言葉を発した。
「なにやってんだまったく…。勝手に現れたかと思えば、勝手にいなくなりやがて…」
「ラクス…様…うぅ……ぅぅ……」
セシリアの顔を優しく見つめながら、やれやれといった表情でそう言葉を発するラクス。
そんな彼の表情を見て、セシリアは最初合わせる顔がなさそうな表情を浮かべていたものの、すぐにその心が安心させられたのか、ラクスの体に抱き着いたままその両目を潤わせ、涙を流し始めた。
「よかった、間に合って」
「ごめんなさい…。迷惑をかけて、ごめんなさい…」
「あぁ、大迷惑だね。でも、ここまで来たらもうひと迷惑かけてもらわないとスッキリしない」
「…?」
ラクスはそう言い、そんな彼女の頭をラクスはポンと叩いたのち、続けてこう言葉を発した。
「おら!泣いてる場合じゃないぞ!お前にはこれからいかないといけない約束の場所があるんだろ!!」
「…??」
ラクスはそのままセシリアを立たせると、半ば強引にマルンの体の上に彼女の体を乗せた。
そしてそのまま自身もマルンの上にまたがると、慣れた手つきで出発の準備を整える。
「さぁ行くぞ!つかまってろよ!!」
「ど、どこに行くのっ………ひゃ!?!?!?」
セシリアの発した質問に答えは返ってこず、そして次の瞬間には彼女の体はマルンの上でゆっさゆっさと揺らされることになるのだった。
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