第67話

「レベ……セシリアがいなくなった!?どういうことだ!?」


エリカから告げられた言葉は、ラクスにとってそれはそれは衝撃的な内容だった。

というのも、彼はたった今セシリアを苦しめ続けて続けてきた諸悪の根源の根を枯らしてきたばかりであり、これでようやくセシリアに安息の時をプレゼントすることができると安堵した矢先の出来事だったからだ。


「それはいつだ?いつからいなくなったんだ?」

「分からないの…。侯爵が王宮に連れていかれてから数日間、彼女はここで眠りっぱなしだった。でもはっきりと目を覚まして、意識ももどしていたのよ?それが気付いた時には…」


この状況をエリスもいまだ受け入れられていない様子で、普段冷静な彼女はあまり見せない動揺を感じさせた。


「(ま、まさかリーゲルの奴がまだ悪あがきをしてセシリアの事を…?いや、それは絶対にありえない。皇帝グローリアとクラインの二人に限って、そんなミスをするはずがない…)」


ラクスは必死に脳内を回転させ、この状況の裏に何が起こっているのかを推測していく。


「(それじゃあ、リーゲルの仲間がまだほかにいるとでもいうのか…?奴が皇帝につかまったことを根に持って、セシリアの身と引き換えにリーゲルを開放しろとでも訴えてくるつもりなのか…?)」


様々な最悪の可能性を想定していくラクスだったものの、そんな彼の考えは次にエリスの差し出した一枚の紙によって否定される。


「侯爵、これが彼女の部屋に…」

「…??」


エリスから差し出された紙を受けとるラクス。

そこにははっきりとセシリアの字とわかる文字で、こう書かれていた。


『勝手にいなくなる失礼をお許しください。私がここにきてしまったせいで、皆様の事を取り返しのつかない事態に巻き込んでしまいました。私を助けていただいた皆様のために、私はずっとここで皆様のために尽くしていこうと決めたのですが、これ以上私がここにいてしまったら、また皆様に迷惑をかけてしまうことは明らかです。これ以上お世話になった皆様を巻き込むことは絶対にできませんので、この手紙をもってお別れの言葉とさせていただきたいのです。


グローリアお父様、クライン、今まで二人の事を忘れてしまっていて、本当にごめんなさい。私の勝手な行いのせいで、二人にどれだけの迷惑をかけてしまったか、どれだけ謝っても謝りきれません。それでも、よみがえった私の記憶の中にある二人との思い出は、これから絶対に手放したくないと断言できるほど大切なものです。お父様、これからもこの国の人々を立派に導かれて行ってください。クライン、結局を果たせなかったこと、本当にごめんなさい。


レベルク様、威厳あふれるお方でありながらどこかおっちょこちょいなあなた様の事と一緒にいる時間、私は本当に楽しかったです。これからもラクス様ともども、侯爵家の事をお支えになってください。


エリカ様、世間知らずで役立たずだった私の事を厳しくも愛をもって接していただけたこと、本当にうれしかったです。約束だったアクセサリー、この手紙と一緒に置いておきます。時間があまりなかったので不格好になってしまいましたが、気に入っていただけると非常にうれしく思います。


最後に、ラクス様。私たちが最初に会った時の事、今でも覚えていますか?私が体をボロボロにして、侯爵家の敷地の中で倒れてしまっていた時の事です。たぶんラクス様は、その時の私はずっと気絶していたと思っていたかと思いますが、実は少しだけ意識がありました。軽々と私の体を抱きかかえられて、必死にお屋敷の中に運び込んで手当てをしてくださったあの時、私は胸の鼓動が激しくなるのを感じていました。たぶん、そのおかげであの時助かることができたのだと思います。それから侯爵様と過ごしたあの時間は、本当に本当に素敵な思い出です。しかし、そんな素敵なものをこんなにも与えられておきながら、私の勝手で一方的に侯爵様の前から消えてしまう事、本当に申し訳ありません。どうか私が来る前の時間に戻り、皆様が素晴らしい毎日を過ごされることをお祈りして、お別れとさせていただきます』


それが、侯爵家から姿を消したセシリアの残した言葉のすべてだった。

ラクスはその内容のすべてに目を通した後、全身を脱力させたかのように手紙を顔の前から下げ、再びその表情をエリスにさらけ出す。


「どうしようラクス…。気づいた時からみんなでずっとレベッカを探しているんだけど、全然見つからなくって…」

「俺の知る限り、王宮にも戻っていなかったはず…。それ以外に今のレベ……セシリアに行く当てなんてないはずだ…。となると…」

「「……」」


…非常に最悪的な一つの可能性が、二人の脳裏に浮かび上がる。

決して考えたくない可能性だが、セシリアが侯爵家の人々の事を愛し、グローリアやクラインの事を愛し、そして同時にそれら全員に対する責任感を抱いていてしまっているのなら、自然と一つの結末が予見されてしまう…。


「くそっ!!!早まってはだめだレベッカ!!俺が必ず…」

「待ってラクス!!これ!!」

「!?」


感情を爆発させようとするラクスに対し、エリカはもう一枚の紙を差し出した。


「手紙、もう一枚あったの。あなたに向けてね」

「…?」


エリカが差し出した手紙には、その表に『ラクス様へ』と書かれていた。

ラクスはその手紙を一瞬のうちに彼女の手からひったくり、目にもとまらぬ速さで封を開封してその内容に目を通していく…。


……

………

…………


「……!!!!!」

「ちょ、ちょっとラクス!!!」


手紙を読み終えたラクスは、その勢いのままに屋敷を飛び出し、駆け出していった。

…それはどこかを目指して走り出したというよりも、ただただ無我夢中でセシリアの元を目指し、駆け出していったように感じられた。


「(レベッカ……レベッカ……レベッカ…!!!!!)」


歯を食いしばりながら走るその表情は、どこか悲し気で、どこか悔し気で、どこかやるせなさそうで、どこか切なそうな雰囲気を感じさせた…。


――――


『ラクス様へ。

私、知っているんですよ?ラクス様は幼馴染のエリカさんの事がお好きなのでしょう?二人の間の雰囲気は、出会って短い時間しか見ていなかった私にもわかるくらい明るくて、素敵なものでした。…ラクス様の心を完全に射止められたエリカさんの事は少しだけ妬いてしまいますけれど、それでも私にとってお二人はかけがえのない存在で、命の恩人です。どうかお二人で明るい未来を築かれてください。


あろ、私の事はすべて忘れてしまってください。あの楽しい楽しい日々の思い出は、すべて私の心の中だけで独り占めさせていただこうと思います!


それでは、さようなら。そして、ごめんなさい』

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