第66話

「(ここをまっすぐ進めば、屋敷に戻れるはず。それにしても、なんだか自分の家に帰るのがものすごく久しぶりな感覚だな…)」


グローリアの下で、セシリアに関するすべての決着がつけられていたその時、ラクスはクラインから渡されたマルンの上にまたがり、一路侯爵家を目指して突き進んでいた。

振り返ってみれば、ノルドの汚い策略によって王宮まで連行されてしまう形となったラクス。

しかし聡明なグローリアと機転の利くクラインの助けを借り、自らの無実を晴らすだけにとどまらず黒幕の正体を突き止めて見せ、セシリアを取り巻く一件の解決に大きく尽力した。

ラクス本人も、まさかこれほどまでに大きな事に巻き込まれることになろうとは夢にも思っていなかったことだろう。


「(やれやれ…。レベ……セシリアがうちに来た時から考えたら、なんだか今までの人生で経験したことのないほど濃い時間を過ごした気がするな…。終わってしまった今となってはすべて一瞬の出来事に感じられるものの、そのひとつひとつはなかなかに高密度だった…)」


ラクスは馬の扱いも心得ており、慣れた手つきでマルンの事を進ませる。

彼ら以外には誰もいない林道をかける中、心を落ち着かせてなにか考え事をするには、非常に理想的な環境であった。


「(おそらく今頃、セシリアをいじめていたあの家族連中には皇帝から直接の裁きが下されたことだろう。自分たちが今までやってきたことを考えれば、まったくざまぁみろと言わざるを得ない。彼女が受けてきた苦しみを倍にして返してやっても足りないくらいだ)」


まだセシリアに再会を果たしていないグローリアやクラインとは違い、ラクスはセシリアから直接での出来事を聞いていた。

そしてそれに対して彼女が何を思い、何をしてきたのかも、そのすべてを知っていた


「(これですべては解決、一件落着と言うわけだが…。俺には、最後にやるべきことがひとつだけある)」


セシリアを気遣うクラインの心の中には、たったひとつだけやり遂げたいことがあった。

ただ、それは彼にとってあまり望ましいことではない。

できるなら、そんなことはせずにこれまでと同じ生活を送っていきたい。

しかし、彼自身は決意を固めていた。

彼はそれを実現させるべく、こうしてクラインから馬を預かり、自らの屋敷を目指して突き進んでいる。

それこそがセシリアの最上の幸せにつながることと信じて…。


――――


それからしばらくの時間が経過し、いよいよラクスは自らの侯爵屋敷に帰還した。

慣れ親しんだ入り口の門を見て、彼はその心の中にこう言葉をつぶやいた。


「(ここを留守にしたのはほんの短い時間だけなのだが、なんだか非常に長い時間を留守にしていたような感覚だ…)」


これまで毎日のように見ていたその入り口。

それが今はどこか懐かしく感じられるほど、彼にとってここ最近の記憶は濃いものとなっていた様子。


「(第一声は何と言うべきか…。少しひねくれたことを言ってみても面白いか?いやここはあえて普通にいってみるか…?うーむ…)」


王宮に連行されて戻ってくるなど、まぁ普通に生きていれば経験などできる者ではない。

あれやこれやと考えを巡らせるクラインだったものの、結局最後に彼が選んだ言葉は…。


「ただいまーー」


ラクスは呼吸を整えると、普段と変わらぬ落ち着いた口調で帰りを告げた。

今日戻るという事は事前に手紙で伝えていたため、彼の事をよく知る者たちが玄関まで出迎えてくれるはず……だったのだが…。


「(なんだ…?誰もいないのか…?)」


屋敷の中から、彼の声に反応する者は誰一人現れなかった。

おかしいとおもい、何度か繰り返して帰りを告げるラクスだったものの、それでも様子は全く変わらない。


その一方で、なにやら屋敷の中からドタドタと聞きなれない騒がしい物音がすることを、彼はその耳に聞き取った。


「(ん…?今日は大掃除でもやってるのか…?)」


その様子を奇妙に思ったラクスは、そのまま謎の正体を解き明かすべく屋敷の中へと足を踏み入れていく。

するとその直後、彼の事をよく知る人物と廊下の突き当りではちあわせる。


「こ、侯爵!!!!!」

「おぉ、エリカ。たった今帰ったところで…」

「それどころじゃないのラクス!!!」


非常に激しい剣幕で、エリカはラクスにそう言葉を発する。

…一体何が起こっているのか分からないラクスは、それをそのまま疑問にして言葉を返した。


「な、なんだよ?帰ってきたときから妙だと思っていたが…。手紙でも言ったけど、俺の無実は皇帝の手によってはっきり証明されたんだ。黒幕であるリーゲルたちもすでに拘束されていて、これ以上なにか事件が起こるはずは…」

「そうじゃないの!!」


ラクスの言葉を途中で遮ったエリカは、そのまま衝撃の事実を口にする。


「レベッカが!!いなくなったの!!!」

「っ!?!?」

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