第64話
「……」
物音一つなき部屋の中で、グローリアはただ静かに自身の机に向かい、瞳を閉じて彼らの訪れを待っていた。
もたらされた知らせが示す予定到着時刻は、もう間もなくである。
「(クライン、ラクス侯爵、本当によくやってくれた。これでまもなく、すべてに決着を…。そして、セシリアと…)」
グローリアが何よりも望んでいたこと、それは当然、最愛の娘であるセシリアとの再会を果たすことであった。
しかし、彼女をひどい目に合わせた旧王制派の人間を野放しにしておいたまま彼女と再会を果たすことは、自分を責め続けていたグローリアにはできないことだった。
セシリアとの再会という至上の喜びの時間は、すべての敵を仕留めた後で享受しなければならないのだと、グローリアは、さらに言えばクラインも自分の心に言い聞かせ続けていた。
コンコンコン
「グローリア様、例の者たちを載せた馬車がたった今到着いたしました」
「よし、分かった」
扉越しに、皇帝使用人が冷静な口調でグローリアにそう言葉を告げる。
「いかがなさいますか?このまま即刻全員を処分とされますか?」
「いや、この部屋に連れてきてくれ」
「こ、こちらにでございますか??」
グローリアから予想外の言葉を放たれた使用人は、やや驚きを隠せない。
「リーゲル、その妻のセレスティン、そしてその娘のマイア。私は彼らに聞きたいことがある。その3人だけこの部屋に連れてきてくれ」
「しょ、承知いたしました…」
使用人は恐る恐るといった雰囲気でグローリアからの言葉を聞き届け、そのまま命令を実現する準備に移る。
そしてグローリアもまた、いよいよすべてに決着をつけるべく3人を迎え入れる準備にとりかかるのだった。
――――
コンコンコン
「グローリア様、お呼びになられた3人を連れてまいりました」
「…よし、入れ」
「失礼します」
グローリアからの返事を聞き届けた後、使用人はゆっくりと部屋の扉を開け、リーゲルたちを皇帝と対面させる最後の仕切りを開放する。
そして一歩、また一歩と部屋の中に足を踏み入れていき、ついに皇帝グローリアとリーゲル一家は全員が揃っての対面を果たした。
「リーゲルは以前に会ったことがあるが、二人は初めてだな。それじゃあ改めて」
グローリアはすさまじい威圧感を放ちながら、それでいて気品あふれる厳かなオーラを放ちながら、自らの自己紹介を行う。
「私こそが皇帝グローリア・ヘルツ。セシリア・ヘルツの父にして、この国の頂点に立つものである」
「「…!」」
誰しもが押しつぶされてしまうそうになる強大なプレッシャーを感じさせられ、3人はそろって自身の体を震え上がらせる…。
マイアとセレスティンはグローリアに会う早々、なにか弁明の言葉を発しようとしたらしいが、すさまじいその雰囲気を肌で感じ、結局何の言葉を口にすることもできないでいた。
「まぁそう固くなる必要はない。リーゲル、お前が旧王制派の仲間をまとめてつてれてきてくれたおかげで、時間はいくらでもあるんだ。たっぷり話を聞かせてもらおうじゃないか」
「ひっ…!」
グローリアはそう言いながら、リーゲルの事を鋭い視線でにらみつける。
…そしてもはやリーゲルに、グローリアの事を睨み返すほどの気力や勇気など、残ってはいなかった。
「さて、まず最初にこれだけ言っておく。すべてを正直に話せ。お前たちが今までセシリアに何をしたのか、セシリアはそれにどんな表情をして、どんな言葉を返したのか。そのすべてを正直に話せ。…せっかくここには3人もの証人がいるのだ。最初に事実をありのまま話した者の事は、他の2人よりも軽い処分とすることをここに約束しよう」
「「っ!!」」
グローリアがそう言葉をかけた刹那、それまで死んだ動物のような目つきをしていた3人が、途端にその表情に色を付ける。
…それぞれがその心の中で、このような思いと考えを抱いていた。
「(俺はこの3人の中で、セシリアに関するすべてを知る者…。ともに暮らした時間も一番長い…。ということは、俺が知っていることのすべてを正直に話したなら、おのずと助かるのは俺になるんじゃないだろうか…!)」
「(大丈夫よ、落ち着きなさいマイア…。私がこの中で一番若いんだから、きっとグローリア様だって私の事を一番に許してくれるはず…。お姉様の事をいじめてたのだって、この中で言えば私が一番なにもしてないんだから、この2人よりも悪く言われる筋合いはないもの…!)」
「(そもそも私は無関係じゃない…!私はリーゲルに騙されて再婚させられて、彼が勝手にセシリアの事をいじめてたから一緒になってやっただけで、悪いのは全部この男じゃない…!私とマイアは巻き込まれただけだってこと、聡明なグローリア様なら絶対にわかってくれるはず…!)」
ここまで来てしまった以上、もはや隠し事は不可能。
しかしただ正直にすべてを話したところで、許されるはずもない。
そんな状況においてグローリアの発した言葉は、甘い蜜のように3人の体の中にねっとりと溶け込んでいき、そのあまたの中を誘惑するには十分な力を持っていた。
「さぁ、話を始めよう」
そしてついに、最後の審判の時間が幕を開けたのだった。
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