第57話

「(私、あれからどうなったんだっけ…)」


慣れ親しんだベッドの上で目を覚ましたセシリアは、覚えている限りの記憶をゆっくりとたどってみることにする。


「(なんだか、長い夢を見ていたような…。私とクラインが二人で王宮を抜け出して、それがお父様にバレちゃって怒られて…)」


人間、目が覚めたばかりの時というのは、夢で見たことと現実の出来事がごちゃまぜになっていることがよくある。

今のセシリアもその例にもれず、先ほどまで夢の中で見ていたクラインとの過去の記憶と現実の記憶とが混ざってしまい、こんがらがってしまっている様子だった。


しかし、セシリアは時間を置くたびに少しづつその心に冷静さを取り戻していき、今自分が置かれている状況を理解していった。


「(そうだ…。私、ずっとずっとグローリアお父様とクラインと一緒にいて…。それをずっとずっと忘れていて…)」


…ふと、セシリアは自分のベッドの横の方に視線を移す。

過去にも、この部屋で同じような目の覚まし方をしたことがある彼女。

あの時は自分のそばにいてくれた人物が、今回はいないことに気づく。


「(侯爵様……)」


ベッドの横に置かれている誰も座っていないイスを見て、セシリアはその心に若干の寂しさを抱く。

しかしそれと同時に、自分が倒れてしまった直前の状況を思い起こし始める。


「そ、そういえば侯爵様は…!」


ノルドの策略により、ラクスが王宮にその身を移されたところまでは知っているセシリア。

…自分がいったいどれだけ眠っていたのかは分からないものの、もしかしたら今頃ラクスはひどい目に合っているかもしれない…。

嫌な予感が彼女の心の中に広まっていく中、それと同時に二人の人物が彼女の部屋の前に現れた。


コンコンコン

「レベッカ??目が覚めたの??大丈夫??」

「な、なにか大きな声が聞こえてきたが…。入るぞ??」


かなり心配そうな言葉を発しながら、部屋の扉を開ける二人。

現れたのは他でもない、この屋敷の使用人であるエリカと、ラクスの父であるレベルクだった。


「起きたのね、よかった…。体は何ともないの?大丈夫?」

「は、はい、と、とくには何とも…」


エリカはセシリアの言葉を聞いて、心から安堵したような表情を浮かべる。


「あ、あの…私、あれからどうなって…?」

「ノルドを追い返したのは覚えているか?あの後すぐに、糸の切れた人形のようにバタンと倒れてしまったんだよ。…それから丸2日、ずっと眠りっぱなしだったんだ」

「丸2日……」


レベルクの言葉を聞き、改めて冷静に周りの事を見つめてみるセシリア。

…それは、彼女が長い夢を見ていたように感じるのも無理はないほどの時間であった。


「…!!そういえば、ラクス様は!!ラクス様はどちらに!!」


セシリアにとって一番気がかりであったのは、ラクスの置かれている状況についてだった。

不安な感情を爆発させるかのように大きな声を上げるセシリアに対し、落ち着いた口調でレベルクが説明を始める。


「大丈夫だ、セシリア。グローリア様は最初からすべてをお見通しだったらしく、ラクスにかけられていた嫌疑は完全に晴らされた。ラクスの奴も、もうじきここに戻ってくるだろう」

「そうだったんだ…ラクス様……よかった……」


暖かみのある口調でそう言葉を告げるレベルク。

その言葉を聞いて、今度はセシリアが心から安堵したような表情を見せた。


「さて。聞きたいことはたくさんあるのだが…。しかしまぁ、しばらくはゆっくり休むといい。…ここに来てから君はすっかり元気になっていたものと思っていたが、もしかしたら前の家で受けた傷がまだ残っているのかもしれないからな」

「レベルク様…」

「ねぇレベ……じゃなかった、セシリア。…ま、まだ慣れないわね…」


照れくさそうに苦笑いを浮かべるエリカと、そんな彼女を見てクスっと笑って見せるセシリア。


「レベッカでも大丈夫ですよ、エリカさん」

「そ、そう?それじゃあお言葉に甘えて」

「あー!それじゃあ私もレベッカって呼びたい!」

「レベルク様…。あなたさっきまで得意気にセシリアって…」

「いいじゃないか。皇帝令嬢だのなんだのと言っても、私の中ではレベッカなのだ」

「はいはい…。それでレベッカ、私があなたにしたお願い、覚えてる?」

「イヤリングですよね?もちろんです♪」


ノルドの行動により、セシリアからプレゼントされたイヤリングを壊されてしまっていたエリカ。

彼女はそのイヤリングを相当気に入っていたようで、どうにも取り戻さずにはいられないらしい。


「…それじゃあエリカ、まだレベッカは体調が万全ではなさそうだし、長居してもよくないだろうから、我々はそろそろ」

「そうですね…。レベッカ、なにか困ったことがあったら気にせずすぐに言ってね?」

「はい、ありがとうございます」


そう会話を終えると、にこやかな表情でセシリアの部屋から去っていく二人。

あんなことがあったというのに、普段とあまり変わらない様子の二人を見て、セシリアの心の中にはいろいろな感情が沸き上がっていた。


「(私が皇帝令嬢だと知っても、今までと変わらず接してくれる二人…。それはきっと二人だけじゃなくて、ラクス様も同じなんだろうな…。そんなみんなの事が、私は本当に大好き。本当に本当に大好き。それはもう、自分のすべてを投げうってでも守りたいほどに…)」


彼女はここで出会った人々の事を心から愛していた。

…しかし同時に、そんな彼らに対して自分が厄介ごとを招き入れてしまったことを深く気にして、自分を責め始めていた。


「(私はみんなの事が大好き。…なのに、そんなみんなの事を、私は傷つけてしまった…。これ以上私がみんなに関わっていたら、きっとまた同じことが繰り返されて…。そうさせないために、今私がやるべきことは…)」


窓の外に移る景色を見ながら、セシリアは何かを決意したような表情を浮かべるのだった…。

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