第58話
「くそっ!ノルドのやつ、なんで約束の時間になったのに来ないんだ…!!」
しかしどれだけ待っても、リーゲルの前にノルドが姿を現すことはなかった。
「(あいつ…まさか俺を裏切ったのか!?レベッカが皇帝令嬢だったことに恐れをなして、俺を売って皇帝の味方をすることにしたんじゃないだろうな…!)」
ノルドがここに現れない現実から、いろいろな不安が心の中に沸き上がるリーゲル。
…ただでさえ劣勢に置かれているこの状況にあって、ノルドとの繋がりが切れるという事はすなわち、リーゲルにとって致命傷となる可能性さえあった。
「(マイアが言っていた、婚約が内定していたはずのクラインに一方的に振られたという話…。あれを仕組んだのもノルド、お前なのか…?)」
疑いがまた疑いを呼び、疑心暗鬼にかられていくリーゲル。
まだどこまでその可能性が事実であるのかは分からないが、いずれにしてもこの場にノルドが現れない以上はどうすることもできない。
「(ちくしょう…。どいつもこいつも俺の事を馬鹿にしやがって…!このまま大人しく引き上げてしまったら、それこそ向こうの思うつぼだろう…。であるなら、俺が今やるべきことはひとつ…)」
…リーゲルはその心の中に、あることを決心した。
しかしノルドの正体が皇帝に看破され、自らの言葉も嘘だったと完全に見破られてしまっている今、はたから見ればそれは完全なる悪あがきなのだが、リーゲルは最後の最後まで自らすべての事実をいさぎよく皇帝に打ち明けるつもりはないのだった…。
――――
「…戻ったぞ…」
最後の抵抗の準備を整えた後、リーゲルはマイアとセレスティンの待つ自宅に戻った。
そんな彼を迎え入れたのは、それまで献身的な態度を彼に見せていたマイアではなく…。
「ちょっとお父様、ちゃんと説明してよ!!」
半ばヒステリーを起こしているマイアであった。
「だ、だから今仲間たちをあたって情報を集めてるんだ…。少しはおとなしく…」
「大人しくってなによ!!お父様のせいで私、クライン様に嫌われたかもしれないのよ!!」
「そ、それは…(それもこれも全部ノルドのせいじゃないか…!!あいつめ、いい加減な仕事ばかりしよって…!!)」
「そもそもレベッカが皇帝令嬢だったなんて知ってたら、私はレベッカをいじめることなんてしなかったのに!!クライン様との関係だってうまくいってたはずなのに!」
「だ、だから待てって言ってるだろ!!マイア、お前は最近生意気だ!!」
「待てないよ!!クライン様に嫌われたら私生きていけない!!」
「だからうるさいといっているだろ!!」
バチイィィン!!!!
「っ!!!」
リーゲルは堪忍袋の緒が切れたのか、自身の手でマイアの顔を叩き上げた。
…彼がこれまでに手をあげたのはレベッカのみであり、マイアに対して手をあげたのは初めての事だった。
「あ……」
「……」
…我に返ったリーゲルは思わずマイアに何か言葉をかけようとしたものの、このような事態は初めての事であったため、なんと声をかけるのが正解なのかわからなかった。
一方のマイアは、叩かれたことでリーゲルに対する言葉を止めたものの、その瞳は非常に冷たい雰囲気を醸し出し、鋭い視線をリーゲルに向けていた。
「ちょっと!!なにがったの!!」
先ほどの音を不審に思ったのか、セレスティンが急ぎ足で二人の前に姿を現した。
「あなた!どういうこと!!なんで私の大事な娘に手を上げるの!!」
「しつこいんだよ…。気にすることなんて何もないと何度も言っているのに、何度も何度も俺に食って掛かって」
「それなら私だって同じ思いだわ!あなたに何度も何度も本当の事を話してって言ってるのに、ずっとはぐらかしてるじゃない!」
「そんなことしていない!俺は隠し事なんてなにもしていない!」
「そうかしら??案外レベッカの方があなたの事を手のひらで転がしてたんじゃなくって?それが私たちにバレそうになったからこんなことばっかりやってるんじゃなくって??」
「お、お前…言わせておけば…」
リーゲルは先ほどと同じく、再び怒りの感情を沸々と煮えたぎらせる。
…が、先ほどマイアに手を上げてしまったことを引きずっているのか、この場でそれを繰り返すことはしなかった。
「なんだ?全部俺のせいにして自分たちだけは言い逃れをするつもりなのか?セレスティン、皇帝令嬢であるレベッカの事を一番精神的に追い詰めていたのはお前だったよな?今更言い逃れをするって言うのか?」
「し、知らないわそんなの!!」
「マイア、お前もよくセレスティンとグルになってレベッカの事をいびっていたよな?忘れたとは言わせないぞ?」
「そんなの全部お父様のせいじゃない!!私はお父様に言われた通りにしただけなんだから!」
「お前たちいい加減にしろ!!今まで散々レベッカの事をいびって楽しんでいたくせに、ちょっと都合が悪くなったすべて人のせいにしやがって!!」
「なにやら楽しそうですね、リーゲル様。外まで声が漏れ聞こえていますよ?」
「「っ!?!?」」
全員がそれぞれの思いをぶつけ、大きな声を上げていた最中、第三の人物がこの場に姿を現した。
「玄関先で喧嘩など、穏やかではありませんね」
「お、お前は……」
「ク、クライン様…!」
そう、3人のもとに姿を現したのは他でもない、クラインその人であった。
彼の姿がここにあることが意味するもの。
それはいよいよ、これまで長きに渡って繰り広げられた、セシリアに関するすべてに決着がつく時が訪れたということである。
「ご家族皆様おそろいのようですね、ちょうどよかった。…では、話を始めましょうか」
「…!」
クラインの発したその一言は、リーゲルたちに言いようのない強い緊張感を感じさせるのだった…。
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