第55話
「こ、これが街の商店街……すっごい!!!」
乗ってきたマルンを近くの茂みの中で休ませ、その間に目的の街に向かうこととした二人。
多くの人々がにぎわい、明るく活発な雰囲気を
彼女は普段から比較的明るく、感情をそのまま表にする素直な性格であったが、ここまでうれしそうな表情を浮かべることは珍しかったようで、それを隣で見ていたクラインは冷静な口調でセシリアの事を諭した。
「セシリア、興奮するのは分かるけど、君は絶対に素性を知られちゃいけない存在なんだからね。ほら、ちゃんとフードを深くかぶって」
「は、はぁい……」
セシリアはクラインに言われたことを素直に受け入れ、自身の頭と顔を覆うフードをそれまで以上に深くかぶる。
そんなセシリアの姿がなんだかかわいらしく感じられたのか、クラインはその表情を少しほころばせ、うれしそうな笑みを浮かべて見せた。
「それじゃあ、最初はなにかあまいものでも食べる?この近くにおいしいお店があったはずだよ」
「食べる食べる!!!!」
クラインのエスコートに導かれるままに、セシリアはてくてくとその後ろについていく。
その無邪気で明るい姿はまさしく年相応であり、ほとんど王宮から出たことのないセシリアにとっては非常に新鮮な感覚だったに違いない。
そんな二人の近くには道行く人々が大勢存在し、普段と変わらぬ日常の生活を送っているのではあるが、自分たちがすれ違った二人の子供がまさか王宮の中枢に関わりうる人物だったなどとは、誰一人夢にも思わなかったことだろう。
――――
それから二人は、時間を忘れたかのように商店街の中を満喫していった。
お菓子を買って食べ歩きをしたり、ソーダ水を買って一気飲みに挑戦したり、洋服が無数に陳列されているお店に行ってああでもないこうでもないと互いのファッションセンスをぶつけ合ったり、おもちゃ屋さんに行って互いの射撃技術を競って遊んだりもした。
囲われた王宮の中ではまず体験することのできないそれらの経験は、二人の心の中で非常に価値ある思い出となり、その胸に深く刻み込まれていった。
「…さて、もうそろそろ時間だね」
「えぇ…。も、もう…?」
楽しい時間とは非常に早く過ぎ去っていくもの。
その真理は二人の前にあっても変わらず存在し、無情にもこの楽しい時間に終わりの時が迫っていることを示す。
「これ以上いたら、帰りがかなり遅くなっちゃう」
「で、でも……。も、もう少し……」
どこか切なそうな表情を浮かべるセシリアに対し、クラインはやや笑みを浮かべながらこう言葉を返した。
「大丈夫、また来ればいいんだから!次に来た時は、今日行けなかったお店を全部回ろう!」
「クライン…」
クラインは優しくセシリアの手を取り、王宮へと帰ることをそっと促す。
セシリアは少しの間うつむき沈黙していたものの、その顔を上げてクラインの顔を見つめると、うれしそうな表情でこう言った。
「絶対だからね!!約束だよ!!」
――――
二人はマルンへの
その場所は商店街からは少し外れた場所にあるため、必然的にその過程で人通りの少ない場所を通ることとなり、それは正体を隠さなければならない二人にとってはある意味で都合のいいものだった。
…しかし帰り道においては、それが裏目に出てしまう形となってしまう…。
「おい、なんだお前たち?ガキのくせにフードで顔を隠しやがって…」
裏の路地で二人とすれ違った男が、いぶかしげな表情を浮かべながらそう言葉を発した。
…男は見るからに”浮浪者”といった見た目をしており、誰に対しても難癖をつけていそうな雰囲気であったため、二人はあえて男の言葉に答えずスルーすることを選んだが…。
「おい無視すんな!!ますます怪しいぜ…。名前言ってみろ!お前らどこのどいつだ!!」
男は非常に大きな声でそう言い、二人に対して威圧感を放つ。
…一体どうしたものかと考えを巡らせるクラインであったが、そんな彼の耳にある音が聞こえてくる。
シャッシャッシャッ…
「(こ、この音は…?)」
その音は最初は小さかったが、時間とともに少しづつ大きくなっていき、その音の主が自分たちのいる場所に向かっているであろうことを示していた。
最初は何の音か分からない様子のクラインだったものの、すぐに彼の脳裏にひとつの可能性が浮かび上がった。
「(これは……憲兵が携帯してる短剣が揺れる音!この男の大きな声を聞きつけて、見回りをしていた憲兵がここに向かっている…)」
それは普段のクラインやセシリアからすれば非常にありがたいものだったが、この状況においてはそうではなかった。
クライン自身はともかく、セシリアはその正体を絶対に隠さなければならない存在であるため、こんなところで遊んでいるところを憲兵に知られなどしてしまったら、それこそ二度と王宮を出ることは叶わなくなってしまいかねないからだ。
「おい!!いつまで黙ってやがる!!それ以上大人をなめた真似するっていうなら…!!!」
「っ!!」
男はついにしびれを切らしたのか、そのまま自身の手でクラインの体をつかみにかかる。
しかしクラインはその手を軽々とかわして見せると、そのまま自分たちの周囲を見回す。
人通りの少ない路地裏だけあり、いろいろなゴミが散乱しているのが目に入る。
クラインはそのまま捨てられていたビールの空き瓶を手に取ると、男の足元めがけて転がした。
「うおっ!!!!!」
まさか反撃されるとは思っていなかったのか、男はそのまま空き瓶に足を取られてひっくり返ってしまう。
しかしクラインは何のためか、さらに数本のビールの空き瓶を男の体の周りに向けて転がした。
「おい!何事だ!!」
そしてそのタイミングで、憲兵の男が3人の前に現れた。
その腰にはやはり短剣が下げられており、先ほどの音はその短剣が発する音であるというクラインの予想は当たっていた様子。
クラインは憲兵の姿を見るや否や、年相応の泣き声を上げながらこう言葉を発した。
「助けて憲兵さん!!この男の人、こんなにお酒を飲んで酔っ払っているんだ!!僕たちにいきなり殴りかかって来て、酔って転んじゃったんだよ!!」
「なっ!?」
もちろん、男は酒によってなどいないものの、この状況は明らかにそうであると言われても不思議のないものだった。
「まったく…。商店街で酒の安売りをしているからといって、酔ってこんな子どもにからむとは…」
「ち、ちがっ!!俺はこいつらが怪しいから」
「怪しいのはお前だ。いいから一緒に来い」
「お、おい離せよっ!!!」
抵抗を図る男だったものの、訓練されている憲兵を前にはなすすべもなく、そのまま連行されていった。
…この場に残された二人は互いに見つめあうと、どっとその心の中を安堵感で満たしていく。
「あっぶなぁ……」
「こ、こわかったぁ……」
いろんな意味で思い出たっぷりになった商店街冒険…。
二人は急いでマルンの元まで走って戻り、この場から引き上げることとしたのだった…。
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