第54話
――――
「(…あれはセシリア?一体何をしているんだろう?)」
まだ小さな体でありながら、将来の近衛兵を志すものとして王宮の中の見回りを行っていたクライン。
そんな彼の視線の先には、どこか切なそうな表情で窓の外を見つめるセシリアの姿があった。
…普段は明るく活発な彼女のあまりらしくない雰囲気を見て、思わずクラインは声をかけてみることにした。
「セシリア?どうかしたの?」
「…ねぇクライン、王宮の外にはなにがあるんだろう?」
「外?別に変ったものはなにも…」
セシリアの発したその言葉はクラインにとっては意外なものだったようで、彼はセシリアの質問をそのままの意味にとらえて返事をしようとした。
しかし、その後すぐにその言葉に秘められた真意に気づいた様子。
「(…あぁ、もしかしてセシリアは王宮からほとんど出たことがないからそんなことを…)」
そんな彼の予想を裏付けるように、セシリアは窓から外を見つめながらこう言葉を続けた。
「昨日、お父様のご友人の人が言っていたの。ここから少し行ったところには大きな街があって、そこにはかわいい洋服を売っているお店があったり、おいしいお菓子屋さんがあったり、きれいなお花屋さんがあったりするんだって」
「そう、だね」
「…もしかして、クラインも行ったことがあるの??」
次期皇帝グローリアの”隠し子”であるセシリアが自由に外に出られないのは、状況を考えれば仕方のないことではあった。
一方でクラインはあくまで見習い近衛兵の子どもに過ぎないため、比較的自由に王宮の中と外を行き来することができていた。
「あ、ある…けど、それがなにか…」
「!!!!!」
「っ!?」
クラインのその返事を聞いた途端、セシリアはその両目を光り輝かせながらクラインの事を見つめる。
…これから何を言われるのかうすうす感づいたクラインだったものの、一旦白を切ることにしてみる。
「セシリア?僕の顔になにか…」
「!!!!!」
「……」
「!!!!!」
「……」
…じりじりとクラインに詰め寄っていき、少しづつ”圧”をかけていくセシリア。
その威圧感から逃げだす
「…街に行ってみたいっていうのかい?」
「うんうんうん!!」
グローリアを伴っての王宮から近場までのピクニックなどは経験があるセシリアだったが、一般庶民がたむろする街の中には今まで行ったことがなかった。
それは彼女の生まれを思えば仕方のないことではあるが、かといってクラインがこの事をグローリアに相談したところで実現の可能性など皆無であろう。
「(こ、困ったなぁ…。僕だってセシリアの願いを叶えてあげたいけど、僕の力じゃどうにも…)」
…こういう時はどうするのが正解なのかと、その頭の中で必死に考えを巡らせるクライン。
そんな彼の脳裏に、かねてよりグローリアからかけられていたある言葉がよみがえった。
「クライン、セシリアの事を頼むぞ」
…まだまだ子どもではありながらも、セシリアとの将来を真剣に考えているクライン。
そんな彼にとってグローリアからかけられたあの言葉は、この状況において彼の背中を押すには十分な力を持つものだった。
「…確か、今日は夜遅くまでグローリア様はお戻りになられなかったはず。それまでの時間、少しの間だけなら、街に遊びに行くことはできるかも…しれない」
「ほ、ほんと!?!?」
「で、でも危なくなったらすぐに戻るからね!」
「やったぁ!ありがとうクライン!!」
…こうしてセシリアとクラインは、共謀して王宮から抜け出し、街に遊びに行く計画を立てたのだった。
――――
「王宮を抜け出すのって案外簡単なんだね…!私びっくり」
「グローリア様の名前を出せば、別に難しいことじゃないさ。…だけど、街まで行けるかどうかは別問題。…しつこいけど、危なくなったらすぐに帰るからね?」
「はぁーい!」
二人はグローリアの名前を出すことで使用人たちを出し抜き、王宮から外に出ることに成功した。
しかし、王宮から街までは子どもが歩いていくには非常に遠い距離にある。
皇帝の名前を出して大人に助けてもらうことは簡単かもしれないが、それでは正体を隠すセシリアの存在を世に知られてしまいかねない。
そこでクラインは、自分の家系を生かしたアイディアを使うこととした。
「マルンに乗っていこう。それが一番だ」
「マルンって?」
「僕の家系は代々近衛兵の家系、だから騎馬用の馬が何匹かいるんだ。その中から、僕らでも
「へぇ、そうなんだ!!」
クラインの家が管理する馬小屋は、王宮からは近い位置にある。
子どもの二人でも簡単に到着できる距離であるため、二人は時間を経ずして馬たちのもとにたどり着くことに成功した。
「こいつがマルンだよ。かわいいでしょ?」
「ブルルゥゥゥ」
「キャッ!!!」
クラインが来たことにうれしさを感じているのか、どこか興奮気味な様子のマルン。
セシリアはマルンとは初対面であるため、どこか恐る恐るといった雰囲気で出方を伺っていたものの、その明るい性格ゆえにすぐに距離を縮めた様子だった。
「時間がないから、すぐに行こうか。…それじゃあセシリア、しっかりつかまっててよ!落ちたら大変だからね!」
「わ、分かった!!!」
「しゅっぱーーつ!!」
「……ひゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
二人を楽々と乗せたマルンは、鞭を通じてのクラインの合図とともにその場を出発し、勢いよく駆け出した。
…同時にセシリアはこれまで感じたことのない風圧を感じたためか、クラインの腰に手をまわして強くしがみつき、振り落とされないように必死に力をこめるのだった。
「す、すっごいスピード!!こんなのはじめて!!」
「でしょ!!」
大きな揺れや衝撃を肌で感じながら、目的の街を目指して突き進む二人。
その表情は二人とも明るく、まるで壮大な冒険に出る冒険者のようであった。
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