第53話
「(…私としたことが、少し感情的になってしまったな…。どんな時も冷静でなければならないのに、こんな事ではまだまだ半人前もいい所だ…)」
マイアの元から去っていったクラインは、その心の中で自省を行っていた。
…彼女がクラインに発した言葉は、幼少のころから変わらず一途にセシリアの事を思い続けていたクラインにとっては許されざるものであったに違いない。
それゆえに、その心の中に沸き上がった怒りの感情は至極まっとうなものではあるのだが、それでもクラインはそんな自分に納得がいかない様子。
「(おかげで全く休息にもならなかったな…。まぁ、自分の未熟さが分かっただけでも良しとするか…)」
もともとこの時間は、リーゲル家の監視を続けていたクラインの一時的な気分のリフレッシュのためのものであった。
マイアの出現によってその時間は台無しにされたわけではあるが、クラインは改めて時間をとるようなことはせず、そのまま元いた場所に戻っていった。
――――
ガチャッ
「今戻ったよ。監視を変わってくれてありが…」
部下のいる場所に戻ってきたクラインは、ドアを開けて中に入りながらそう言葉を発した。
…しかしその視線の先にいたのは、彼の部下ではなく…。
「邪魔してるぜ、近衛兵のクラインさん」
「あなたは…………侯爵様?」
そう、帰ってきたクラインの事を最初に出迎えたのは他でもない、今回の一件における重要な人物であるラクス侯爵その人であった。
想像だにしていなかった人物の登場を前にしてぽかんとした表情を浮かべるクラインであったものの、侯爵がそう言葉を発したすぐ後に、侯爵のすぐ後ろに控えていたクラインの部下が慌てて事情の説明に移った。
「ク、クラインさん、驚かせてしまって申し訳ありません!…本来ならこの場には誰も立ち入れてはならないということは当然理解しているのですが、ラクス侯爵様はグローリア様直々の手紙をお持ちでありましたので、例外としてこの場にお通しすることといたしました…!」
「手紙…?」
彼のその言葉と同時に、クラインはグローリアから直々に渡された手紙を懐から取り出し、クラインに対して提示した。
それは正真正銘、グローリア本人が作成したものに違いはなく、皇帝に仕えるクラインたち近衛兵にとってはまず見間違えることのないものだった。
「……」
「……」
「…そ、それでは私はこれで…」
「あぁ、ごくろうだった」
…ラクスとクラインは決して敵同士というわけではないものの、まだあまりお互いの事を深く把握していないからか、二人の間には独特の緊張感が張り巡らされている。
そしてそんな重々しい空気を肌で感じたのか、クラインの部下の兵は気を利かせて二人の元から消えていき、この場にはラクスとクラインの二人のみが残される。
…その後も沈黙の空気は続いたものの、最初に口を開いたのはラクスの方だった。
「まずは、あんたに礼を言わないといけないな。あんたがノルドの正体を見抜いてくれたおかげで、侯爵家は助かったと言ってもいい。そのことは感謝してるよ」
「いえいえ、感謝をしなければならないのは私の方です。名も知れぬセシリア様の事を保護し、助けてくださったのでしょう?」
「……なんでその事を?」
その言葉に対し、クラインは少し笑みを浮かべながらラクスの手首を指さして答えてみせた。
「…なんだ、お前も見ただけで分かるのか…」
「”も”と言う事は、グローリア様も見抜かれたようですね。さすがは実の御父上」
「…」
そのやり取りの中で、どこかうれしそうな表情を浮かべて見せるクライン。
ラクスはそんな彼の様子を見つめながら、心の中でこう言葉をつぶやいた。
「(この男が、皇帝の言っていたレベ……セシリアの未来の相手か…。近衛兵としての実力はトップクラス、それでいて頭の回転も速く容姿端麗。…なにより、セシリアの事を一途に心の底から愛している、と…)」
「…どうかされましたか、侯爵様?」
「いや、別に…」
たった今、自分の目の前にいる相手は頭の切れるクライン。
そんな彼に自分の心を悟られることを嫌ったラクスは、自分の気持ちをごまかすかのように、やや強引に話題を変えることとした。
「それで、レベ……セシリアにはいつ会うんだ?彼女はすぐにでも会いたがってるみたいだぞ」
「今は……今はまだ駄目なのです。まだセシリア様に向き合えるほど、私は過去の汚名を晴らせてははいないのですから」
「(汚名、ねぇ…)」
セシリアが姿を消すに至った理由は、すでにグローリアから聞いていたラクス。
ゆえにあの悲劇は不可抗力であり、クラインになんの罪もないという事は彼も理解していた。
しかしラクスは、そんなクラインの気持ちをあえてあおるような言い方でこう言った。
「…そんなお前の汚名、これでようやく晴らせるんじゃないのか?」
「…?」
ラクスはそう言いながら、先ほど提示して見せたグローリアの手紙をクラインの前に差し出した。
…それが自分に向けられて書かれたものだとは思っていなかったクラインは一瞬驚きの表情を浮かべたものの、そのままその手紙を手に取り、その内容を確認していく。
手紙そのものは短い内容しか書かれていないため、クラインは時間を経ずにグローリアからの手紙の真意を理解する。
そしてひとこと、こうつぶやいた。
「…終わらせるのですね。おまかせください、グローリア様」
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