第52話

クラインは静かな口調で、それでいて怒りを伴わせた雰囲気でそう言葉を告げると、その姿をマイアの前から消していった。

…その場には膝から崩れ落ちたマイアのみが残され、彼女は自身の体を小刻みに震えさせながら、到底信じがたい目の前の現実に打ちひしがれていた。


「(な、なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ…!クライン様と私はもう婚約を内定されてる関係だったんでしょ!?それなのにどうしてこんな結果になるのよ…!)」


マイアの心の中には、それはそれはいろいろな感情が湧き出ていた。

あれほど自信満々に告白をしておきながら振られてしまったことに対する絶望感、レベッカの真実を何一つ知らずについた嘘がすべてバレていたことに対する羞恥心、婚約内定などと言われておきながらもそれを実現できなかった悔しさなど、それはもう今までの人生で経験をしたことがないほどに様々な思いが入り乱れていた。


「(クライン様があんな態度をとられるなんて…。まさかお父様、この私に嘘をついたっていうの…?)」


本当にリーゲルの言っていた通りであったなら、自らの恋がこのような結末を迎えることなどあり得ない。

しかしそれが現実になってしまったというからには、あの時リーゲルが自分にかけた言葉は嘘だったのではないか。

逆説的にそう考えを持ったマイアは、リーゲルに対する不信感を徐々にその心の中に沸き上がらせていく。


「(…きっちり説明してもらわないと納得できない…。でないと私が馬鹿みたいじゃない…!!)」


マイアはその勢いのままにその場から立ち上がると、リーゲルのいる自宅を目指して一気に駆けだしたのだった。


――――


「お帰りマイア、どこに行ってたんだ?」


まさかマイアがクラインに盛大に振られたなどとは夢にも思っていないリーゲルは、普段と変わらない能天気な口調でマイアにそう言葉を発した。

…それは現在のマイアにとってはこの上ないほどの無神経極まりない言葉だが、リーゲル本人は全くそんなことに気づく様子もない。

マイアはその言葉に返事をすることはなく、そのままドカドカと音を立てながらリーゲルの前まで詰め寄り、絶叫にも似た声でこう言葉を発した。


「どういうことよお父様!話と全っっっ然違うじゃない!!」

「っ!?」


てっきりマイアからは底なしの感謝の言葉をもらえると信じ切っていたリーゲルは、自分の思い描いていた景色と全く光景が目の前に広がっていることに対し、一体何が起こっているのか理解できていない様子…。


「お、落ち着いてくれマイア!いったい何があったのか知らないが、いきなりそんなことを言われても何のことかさっぱり…」

「いきなり??ずーーっと私に嘘ついてたくせに何言ってるの!!!おかげでクライン様にとんだ勘違い女だって思われちゃったじゃない!!」

「か、勘違い…?嘘つき…?」

「そもそもお姉さまが皇帝令嬢ってどういうことよ!!私なんにも聞かされてなかったんだけど!!なにがどうなってるのよ!!」

ガシャーーーーン!!!!

「っ!?」


…マイアから発せられたその言葉が一番突き刺さった相手は、遠くから二人の会話を耳にしていたセレスティンだった。

彼女はマイアの言葉を聞いた途端、自身の手に抱えていた食器を床に落とし、盛大に割ってしまったのだった。

そして落ちた破片になど構いもせず、そのまま二人の元へ詰め寄ってこう言葉を発した。


「レ、レベッカが皇帝令嬢!?そ、そんな話どこから出てきたの!?私もなんにも聞いてないわよ!?詳しく話しなさいよ!!」


叫び声にも似たセレスティンのその声に触発されたマイアは、それまで以上に大きな声を上げて言葉を返す。


「私だってついさっきクライン様から聞いたの!!詳しいことなんてなんにも分からないの!!…お父様、一体どういうことなの!!私とお母さまの事をだまし続けてきたっていうの!?」

「そんなの本当なのあなた!?な、なにかの勘違いってことはないの!?誤解を持たれる心当たりとかないのですか!?」

「誤解でもだめよそんなの!!それって私たちがお姉さまをいじめてたことの言い訳みたいになるじゃない!皇帝令嬢を家族ぐるみでいじめてたなんてことが皇帝陛下に知れたら、私たちどうなるわけ!?」

「だ、大丈夫だ二人とも!話を聞いてくれ!」


…これまで散々自分たちの勝手でレベッカの事をいじめていながら、その正体を知った途端に大慌てを始める彼女たち…。

リーゲルはそんな二人の心を落ち着かせるようなジェスチャーを行いながら、必死にこう言葉を返した。


「…レベッカがグローリア皇帝の一人娘だという話は…おそらく事実だ」

「「っ!?!?」」

「だが、心配はいらない!!なぜなら行方不明になっていたレベッカを救い、かくまっていたのは他でもない、俺たちだという事になっているんだ!」

「…え?」

「ど、どういうことですか?」

「実は、王宮にいる俺の仲間がそう取り計らってくれている!きっと今頃その話が皇帝まで通り、俺たちに送られる感謝の品を何にするかの会議でも開かれてることだろう。…レベッカの事をあえて話さなかったことはすまないが、それでもなにも心配することはない!俺たちは長年皇帝グローリアが探し求めていたレベッカを救った命の恩人なのだから、胸を張って堂々としていればいいんだとも!」


…その協力者とは、間違いなくノルドの事であろう。

彼が今王宮でどんな目に合っているかを知ってしまったなら、リーゲルは果たしてどんな表情を浮かべるのか…?


「「……」」


リーゲルの説明を聞いても、どこか腑に落ちない様子の二人…。

そんな彼女たちに対して説得を続けるリーゲルだったものの、少なくとも彼ら一家の仲に大きな亀裂が生じたことに違いはないのだった…。

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