第51話
「クライン様、私はずっとずっと前から…あなた様の事をお慕いしていたのです!」
マイアは意を決したような雰囲気を放ちながら、ついにクラインに対してその思いを口にした。
その言葉はこれまでマイア自身が長らく心の中に抱え続けてきたもので、彼女としてはようやくこの場でそれを本人に口にすることができたことになる。
「…はじめてそのお姿を見た時から、私の心はずっとクライン様のもとに向けられていました…。近衛兵としてのお仕事をご立派に果たされるそのお姿を見て、心臓のドキドキと胸の高鳴りが止められず、私はこれが恋というものなのだという事を思い知りました…。そんな私にとって一番心苦しかったのは、クライン様にお会いできるのが非常に限られた時間しかないという事でした…。あの教会でクライン様とお会いし、他愛のないお話をすることが、私の何よりの楽しみでした…」
クラインは自身の表情をマイアには向けず、ただただ黙って彼女の言葉を聞き続けていた。
…しかし、その背中からはどこか怒りの感情を思わせるようなオーラを放っていた…。
一方のマイアは、すでに近衛兵に内通するリーゲルからのお墨付きをもらっていることもあり、クラインに対する言葉には絶対的な自信をすでに持っているかのような様子であった。
「クライン様!最近私の事をずっと見守ってくださっていましたよね??それは私の事を特別に思ってくださっているからこそなのでしょう?私たちは互いに心惹かれるもの同士、きっと結ばれた暁には幸せな未来が待っているに決まっています!」
そして最後に、彼女はクラインに対してこう言葉を放った。
「…なによりも、いなくなってしまったレベッカお姉さまの分まで私たちは幸せになるべきでしょう?きっとお姉さまも心の中ではそれを望んでいるはず…」
「!!!!」
「ひっ!?」
…マイアのその言葉を聞いた途端、クラインは正面に立つマイアの事を鋭い目つきで睨み上げた。
見る者の心を恐怖で凍り付かせるかのようなその瞳、まさかそんな視線を返されるとは思ってもいなかったマイアは、途端に自身の体を心の底から震え上がらせ、クラインの腰に回そうとしていた自分の手を小刻みに振るわせていく…。
…彼女の発したその言葉は、どんな時も冷静で穏やかであったクラインを感情的にさせるほどに愚かな言葉であり、彼女自身ようやくそのことを察した様子…。
「…さて、一体何からお話すればいいのか…」
クラインの口調そのものは丁寧なものであったものの、その裏には殺気にも似た雰囲気が大いに感じられ、それが今の彼をより一層恐ろしく感じさせる…。
「まずはじめに、私はあなたからのお誘いを受けるつもりはありません」
「!?、ど、どうして…!?」
「次に、私はあなたの事が好きで監視をしていたわけではありません。あなた方家族に重大な秘密があることを確かめるため、監視をしていたのです」
「ちょ、ちょっとまって…。じゅ、重大な秘密なんて、私たちにはなにも…」
「そうですか?以前あなたのお父様にあなたのお姉様の話を聞きに行ったことがあるのですが、家族4人は非常に仲睦まじく、幸せにあふれる家庭だったとお話されていましたよ?…あなたの話とはずいぶんと異なっているようですが?」
「っ!?!?」
「そしてそれが終わりを迎えたのは、ある貴族家がお姉様の事を強引に連れ去ったからだとも。あなたの話とは全く違いますが?」
「そ、それは…えっと…」
マイアは当然、リーゲルと口裏合わせなど行ってはいなかった。
それゆえにクラインの言葉に反論する良い言葉がなにも出てこず、だどだとしい雰囲気を放つ彼女に対し、クラインは最も重要な真実をこのタイミングで告げた。
「…いやそもそも、あなたと彼女は姉妹ではない。彼女はこの世界にたった一人しかいない、現皇帝であらせられるグローリア様のご令嬢なのだから」
「っ!?!?!?!?」
クラインから告げられたその言葉を聞き、途端にマイアの額に冷や汗が噴出していく…。
これまで自分たちが散々見下し痛めつけてきたレベッカが、実は皇帝令嬢だった…。
例え世界広しと言えども、これほどまでにマイアの心を絶望させるにふさわしい事実はなかったことだろう…。
「(ちょ、ちょっと待ってよ…!。あ、あんな女が皇帝の娘だっていうの…!?た、確かにお父様と血はつながってないっていうのは聞いてたけど…。そ、それじゃあ私たちは今まで、皇帝令嬢をいじめ続けてきたっていうわけ…!?そ、そんなことあるはずないじゃない…。何かの間違いに決まってるじゃない…。だって、そうでなかったら…)」
「…あなたのような女性に好かれてしまうとは、私も自分の身を見つめなおさなければなりませんね…。近い将来、あなた方家族には天罰が下されることになるでしょう。彼女に対するこれまでの行いのすべてを詫びながら、その日の訪れを静かに待ちなさい」
「………」
クラインの言葉を聞いたマイアは、その場に力なく膝から崩れ落ちる。
それはついさきほどまで調子のいい表情を浮かべていた彼女と比べてみれば、全く別人のような様相であった。
「(そ、そんなのって…。レベッカが皇帝令嬢だったなんて…。だってお父様は私に何も…。私に何の話も…)ク、クライン様!!わ、私は何も知らなかったんです…。知らされていなかったのです…。だから私だけは、私だけは」
…この期に及んでもなお自分の罪を認めようとはしないマイアの姿を見たクラインは、呆れにも似た表情を浮かべながらこう言葉を返した。
「…これまで長らくこの仕事を行ってきましたが、あなたのような心の醜い女性は見たことがない。ここまでくすんで汚れてしまったその心に美しさを取り戻すことはもはや不可能な事と思いますが、それでもせめて、残りの時をつつましく過ごしなさい」
「……」
…それが、この場において二人の間に交わされた最後の言葉だった…。
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