第50話

クラインとの関係を深めるにあたり、ここが押し所だとみたマイアは、事前に考えていた通りにその言葉を紡ぎ始める。


「…クライン様、実はもう一つだけ、あなた様に聞いていただきたい話があるのです

…。近衛兵としての確かな正義感をお持ちのあなたにしか打ち明けられないお話が…」

「なんでしょう?」

「…少し、歩きましょう」


非常に神妙そうな表情を浮かべながら、マイアはクラインに対してそう言葉を発した。

心地よい日の差す外の空気に包まれながら、二人はゆっくりと自身の足を進めていく。

そしてマイアはどこか意を決したかのような表情を浮かべた後、自分の思いを言葉にし始めた。


「い、いきなりこんなことを言ってしまってごめんなさい…。で、でももう私、限界なんです…。こ、これでも今までかなり我慢してきた方で…。でも、こうしてクライン様とお会いして、優しい言葉をかけていただいたら、もう…あなたに…!」


マイアはその両目に再び涙を浮かべ、やや声を震わせながら自分の言葉を続ける。

クラインは特にそれらに対するリアクションはせず、ただ静かに彼女の言葉を聞き続けた。


「…実は、私にはずっと一緒に暮らしていた一人の姉がいるのです…。ただ、年齢こそ向こうの方が年上なのですけれど、思覚えや要領の良さ、機転の利きなどは妹である私の方が上で、それは私のお父様やお母さまも認めるところでした…。でも私はそんなもの関係なく、たった一人のお姉さまと仲良く毎日を送りたかったのです!なのに…」


マイアは言葉に抑揚と偽りの感情を詰め込み、さもそれらの話がすべて事実であったかのような演出を盛り込む。

しかしクラインはその演出に流されるようなそぶりは一切見せず、表情を全く変えないまま話を聞き続ける。


「…なのに、お姉さまは一方的に私の事をいじめ続けてきたのです…。私はただただお姉さまとは仲良しでいたかっただけなのに、そんな私の気持ちなんて関係ないと言わんばかりの勢いで、毎日毎日私に嫌がらせを…。それでも私は、お姉さまの事を許すつもりでいました…。お姉さまが私にきちんと謝ってくれたなら、それまでの事は全部忘れて、仲良しの姉妹になろうと思っていました!…でもお姉さまが私の気持ちを分かってくれる日は、結局最後まで来ませんでした…」


いじめてくる姉との仲直りを最後まで夢見ていたと口にしたマイア。

しかしそれはどちらかと言えば、かつてセシリアがマイアたちに抱いていた感情に近いものだった。

セシリアはマイアたちがその気持ちを改めるというのなら、それまでの行いのすべてを忘れ、本当の家族としての関係を受け入れてもいいという思いを抱き続けていた。


しかし、そんな純粋なセシリアの思いが達成される日はついに訪れず、そしてそんな純粋な彼女の心を、たった今マイアはそのまま自分の心だったとして利用しようとしているのだった。


「…そんな生活が何年も続いていたある日の事、私が気付いた時にはすでに私の前からお姉さまはいなくなっていました…。きっとお姉さまは私をいじめていたことが発覚するのを恐れて、そのまま私たち家族の前からいなくなってしまったのだと思います…。最後の最後まで、私に謝ることは一度もなく…」


マイアは切なげな表情を浮かべながらそう言って自分の顔を伏せ、その場で足を止め、クラインからのリアクションを伺う。


…自分の用意したシナリオ通りのストーリーを展開したマイアは、その表情に悲劇のヒロイン感を強くかもし出しており、なにか大仕事をやり遂げたかのような達成感をその心の中に抱いていた。


しかし、マイアのそれらの言葉を最後まで聞いたクラインは特になにか反応を見せることはなく、どこか呆れにも似た苦笑いを浮かべながら、ただただ心の中で一言こうつぶやいた。


「(自分からいなくなった、ねぇ…)」


…彼は以前グローリアとともに、『うちにマイア以外の娘などいない』やら『レベッカは家族3人と非常に仲のいい関係にあったが、侯爵家によってそれらをすべて打ち壊された』などという話を過去にリーゲルから聞いていた。

それらの話はノルドの一件をもって完全に嘘であったことが判明したわけであるが、かといって今のマイアの話が本当だとも到底考えられない。

…どこまでも本当の事を話そうとせず、いかにして自分たちの事をよく見せようかとしか考えない様子のリーゲル一家の姿を目の当たりにし、クラインはもはや呆れからくる苦笑いを浮かべるほかなかったのだった。


ゆえに、クラインはマイアのストーリーを全く信用はしていなかった。

しかし、リーゲルからクラインと自分との婚約はすでに内定されているという話を聞いていたマイアは、全く乗り気ではない様子の目の前のクラインの姿を、『もうすでに受け入れた愛であるから、こんなぶっきらぼうな態度をとっているのだ』と認識した…。


「(こ、これはもう私との関係をクライン様本人も受け入れているってことよね!!今すっごく良い雰囲気だし、二人きりだし、もうこのまま押し切っちゃった方がいいわね!!)」


その思いに支配されたマイアは、そのまま自分の手をクラインの手と重ねると、その距離を少しづつ詰めていく。

そして上目遣いにクラインの表情を見つめながら、甘い口調でこう言葉を発した。


「…クライン様、お姉さまによって滅茶苦茶にされていた私の心を救ってくださったのは、他でもないあなただったのです。凛々しく剣をふるい、皇帝陛下を懸命に支えられるお仕事をされているクライン様をいつも間近に感じて、私の心は救われていました。あなたは私のたった一人の王子様…。このまま…このまま私を連れて行っては…いただけないでしょうか…?」

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