第47話

ノルドの一件で王宮が大いに揺れていたその一方で、その心の中をノルドに負けず劣らず湧き上がらせていた人物がいた。


――――


「(私にはわかる…。クライン様、今日も私たちの家の近くにいる…)」


部屋に備え付けられた窓から外の様子を見つめながら、どこか嬉しそうにそう言葉をつぶやくマイア。

その心は相変わらずクラインだけを見続けており、いかにして自分との距離を縮めようかと毎日のようにその頭を悩ませていた。


「(こ、これだけ私の周りにい続けてくれているっていうのは、これはもうクライン様は私の事が好きだってことでいいんじゃないかしら…!?で、でもでももしも、もしもそれが私の早とちりで、せっかくいいところまで来てた関係を台無しにしてしまったら、それこそ私はもう二度と立ち直れなくなるかもしれないし……。あぁもうどうすれば…!!)」


なお、クラインはグローリアから命じられた通り、リーゲル家の動きを監視し続けていたのだが、当然そのことがリーゲルたちにバレてしまっては監視の意味がないため、クラインは持ち前の近衛兵としての技術をフルに活用し、相手から絶対に観測されないよう細心の注意を払って見張りを行っていたのだが、どうやらマイアにだけはクラインの”匂い”かなにかを嗅ぎ分ける特殊な能力がある様子で、彼が自分の近くに接近した時には必ずその事に気づいていた。

彼女はその度に『クラインは自分に気があるはず』と心の中で唱え続けていたものの、そのことをクラインに打ち明けることはいまだできないでいたのだった。


「(こ、このまま私がクライン様のところに出ていったって、なんで自分がいることが分かったんだって気持ち悪がられるかもしれないし…。ぐ、偶然を装って会いに行く手はあるけど、それも何回もは使えないし…)」


なにをするにしても、彼女には”ストーリー”が必要だった。

自分とクラインを結び付けるための、運命的ともいえる”ストーリー”が…。


「(…本当は、お姉様をだしにして私の方にクライン様の気を向けるつもりだったのに…。こんな大事な時にいなくなって勝手に死ぬなんて、ほんと最後まで役に立たない…)」


疎ましく思っていたセシリアの存在ではあったものの、自分を際立たせるための存在としては利用し続けていたマイア。

セシリアなしに自分の力だけでなんとかしなければならないのかと考えあぐねていたその時、彼女の脳裏に一つのアイディアが浮かびあがる。


「(そうだわ…。いなくなった上にもう死んだんなら、お姉様の事はもう言いたい放題じゃない…!お姉様がどれだけ自分勝手でひどい性格をしていたかって言っても、本人がもういないのならその嘘がバレる心配もないじゃない…!!)」


リーゲルの話を鵜吞うのみにして、セシリアはもうすでに死んでいると思い込んでいるマイア。

運命的なストーリーを求める彼女にとって、勝手に家出して勝手に死んだ姉の存在は非常に都合がよかった。


「(これだわ!!私がお姉様にひどい仕打ちを繰り返されていたことにして、そのことをクライン様に打ち明けて泣きついたなら、正義感の強い彼ならきっと私のそばにいきてくれるはず!悲劇のヒロインの私の事を、王子様で主人公の彼が助け出してくれるっていうストーリー、これが一番だわ!そこから距離をどんどん縮めていったら、最後には私たち二人は結ばれて…♪♪)」


妄想を加速させていくマイアの脳内には今や大きなお花畑が形成されており、彼女はそのど真ん中で心地よく横になっていた。

そしてそんな彼女の雰囲気に導かれるように、さきほどまで外に出ていた人物がマイアのもとに戻ってきた。


「あらお父様、お帰りなさいませ!」

「あぁ、出迎えありがとうマイア」


ついさっきまでノルドと会話をしていたリーゲル。

彼もまたその表情を非常に明るい雰囲気で満たしていた。


「お父様、すっごく楽しそうな表情をされていますけれど、なにかいいことがあったのですか?」

「クックック、マイア、喜ぶといい!近衛兵に通じる俺の友人が、マイアとクラインとの婚約を確かなものにすると約束してくれたぞ!きっと今頃は王宮で華麗に立ち回り、着々とその準備が整えられているはずだ!」

「ま、まぁ!!!」


リーゲルからの言葉を聞いた途端、マイアはその表情を一段と明るくしてみせる。

そしてそのままの勢いでリーゲルに抱き着くと、あふれんばかりの気持ちを感じさせる口調でこう言葉を並べた。


「ありがとうございますお父様!!ほんとの本当にうれしいです!!私、絶対にクライン様と幸せになります!!」

「そ、そうかそうか!」


マイアに抱き着かれたことが相当うれしいのか、リーゲルはその表情をほころばせながら、鼻を通じて感じるマイアの匂いを堪能しつつ、その心の中でこう言葉をつぶやいた。


「おめでとうマイア!これで正真正銘、俺たちは王宮とは切っても切れない縁となる!それは家族全員にとって非常にめでたいことだからな!(まさかレベッカを拾って追い出しただけで、ここまでおいしい思いができるとは…。やはりあいつにはある意味で感謝しないといけないな…♪)」


互いに心を弾ませる二人の姿が気になったのか、この家で暮らすもう一人の人物もまた二人のもとに姿を現した。


「あら、マイアったらいよいよ恋が叶ったの?すごいじゃない!」

「お父様のおかげでね!」

「はっはっは!愛する娘のために一肌脱いだだけだとも」

「それじゃあ今晩はお祝いのディナーにしようかしら?」

「おぉ、いいな!マイアの婚約内定記念だし、盛大にお祝いするとしようか!」

「そ、そんな、婚約内定だなんて…気が早いですわお父様…♪」

「いいじゃないか。セレスティン、今晩はみんなで楽しもうじゃないか!」


家族であるはずのセシリアがいなくなったことなどなんのその、自分たちにはそんなこと全く関係ないといった様子で、会話に花を咲かせる三人。

…それが長く続くものではないということを、ここにいる誰一人も、想像だにしていないのだった…。

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