第48話
「…!!!あああ、こうでもない、ああでもない…!!!」
マイアは自室の鏡に向き合いながら、己の洋服と格闘を行っている。
どうやらウエストが以前よりも大きくなってしまったらしく、それまでお気に入りにしていた服のサイズが合わなくなってしまった様子。
「(こうなると、気持ちの悪いくらいガリガリだったお姉さまがうらやましいわ…。まぁでも、あんな貧相な見た目と雰囲気には生まれ変わっても絶対になりたくはないけれど。だ、だいたいそもそもなんでこんな大事な時に限ってこんなことになるわけ…!!これから私とクライン様の真実の愛を確かなものにしようっていう時なのに…!!!)」
そう、マイアはこのタイミングでクラインに接近を図り、その関係をより深めるものにしようと画策していた。
クラインはあくまでリーゲルたちを監視するべくこの近辺に身を潜めているわけではあるものの、その存在が自分にとって近くにあるということは、マイアにとってはこの上なく都合のいいものであったためだ。
もちろん、クラインの目的が自分たちを監視することであるという事に、マイアが気づいているはずもない…。
「(ここ最近、クライン様がずっと私の近くにいることは間違いないもの…。その理由をいろいろと考えてみたけど、私の頭の中に思いつく理由はひとつしかなかった…!クライン様は私の事をずっと気にしていて、関係を深めるタイミングを計っているのよ…!それなら私の方から彼の元に出向いて行って、彼の背中を後押ししてあげなきゃね…!)」
確かな自信と確信を感じながら、マイアは自身の心の中でそう考えていた。
「(だからこそこのタイミングが一番だっていうのに…!!あぁもう今度は髪型が気に入らない…!!!あ、香水はどうしようかしら…。どの種類の香りが彼の心をひくかしら…。あんまり刺激が強いのはかえってよくない気がするし、かといってマイルドな香りなら彼の理性を吹き飛ばすまではいかないかも…。あぁもう悩ましい!!!)」
ああでもないこうでもないと自問自答を繰り返しながら、クラインの前に立つ姿として自分が納得できる形を探し続けるマイアであった…。
――――
そんなマイアから好意を向けられているクラインは、リーゲルたち家族を監視するにちょうどいい、今はもう使われていない家の中から彼らの様子を観察しつつ、その心の中にこう言葉をつぶやいた。
「(…侯爵家に調査に行ったノルドとリーゲルは、なにか会話を行っていた…。二人の間にはいったいどんな秘密があるというのか…)」
その会話の内容までは聞き取れなかったクラインだったが、彼が部下を通じてグローリアにもたらしたその情報は、ノルドの立場を打ち砕くには十分すぎるものであった
。
「(リーゲルの話では、セシリアは侯爵家に連行されたということらしいが…。セシリアは無事だったのだろうか?グローリア様はセシリアに再開することが叶ったのだろうか?私も……もうすぐセシリアに会えるのだろうか…?)」
その言葉とともにその胸によみがえるのは、幼き頃のセシリアとの思い出たち。
戦いのさなかにあり、誰もが苦しく大変な時ではあったものの、そんな中であってもセシリアの記憶は彼の中で特別な輝きを放っていた。
「(もしも再会を果たせたら……私は彼女になんと声をかけるべきなのだろう……)」
あの日のセシリアの失踪に関して、いまだ自分の事を責め続けているクライン。
セシリアとの再会は彼自身がその人生をかけて願い続けてきたことではあるものの、同時に彼女への迷いの気持ちもまたその心の中に沸き上がっていた。
その時、それまで周囲の見回りに出ていたクラインの部下の兵が家の中に戻ってきた。
彼はそのままクラインに対して声をかける。
「クラインさん、少し交代しましょう。ずっと張り詰めていたら体がもたないですよ」
「あぁ、ありがとう。…少し外の空気でも吸ってくるとしよう」
クラインは部下の兵から提案された通り、ひとまずその場を交代することとした。
セシリアの事に関して少し頭の中を複雑にしていたクラインは、外の空気を体に入れることでその頭をリフレッシュしようと試みたのだ。
クラインが慣れた手つきで自身の刀剣を腰に据え付けているとき、部下の兵はクラインに対してこう言葉をかけた。
「そういえばセシリア様、見つかったそうですね!本当によかったじゃないですか!」
「あぁ、そうだな」
「それに聞いた話じゃ、セシリア様をかくまっていた地方貴族の侯爵様はなかなかのイケメンで仕事ができる人らしいじゃないですか!一帯でもかなりの人気者だとか!」
「そうか」
「セシリア様はどうするんだろう…。普通に考えたら王宮に戻るのがまっとうですけど、もしかしたらこのまま…」
「それじゃ、少し外を歩いてくる。ここの事は頼んだぞ」
「は、はいっ!」
ちょうど準備を終えたクラインがそう言葉を告げ、部下の言葉はさえぎられた。
外に出ていくときのクラインがその心に何を思っていたのか、それは本人にしかわからないものの、その表情はそれまでよりも少しだけ固いものになっていた…。
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