第46話
「それで、こいつは一体どうするんだ?」
自分の足元で、まぬけな表情を浮かべてノックダウンしているノルドの事を指さしながら、ラクスはグローリアに対してそう言葉を発した。
「…そいつには
「う…」
…やれやれといったグローリアの言葉に、ラクスはややばつが悪そうな表情を浮かべる。
しかしその後すぐに、グローリアはクスクスと笑みを浮かべながらこう言葉を続けた。
「ククク、まぁいいさ。こいつには私も一撃食らわせなければ気が済まない思いを持っていたからな。侯爵が代わりにそれをやってくれて助かったよ♪」
「あ、あぁ…」
倒れるノルドの事をじろじろと見つめながら、自分の頭をぽりぽりとかいて見せるラクス。
彼は一旦ノルドの話題から離れ、本来あるべき人物の話題をその口にした。
「…しかしまさか、レべ……セシリアが皇帝グローリアの一人娘だったとは…。それもあの争いに巻き込まれて消息不明になっていただなんてな…」
神妙な表情でそう言葉を発するラクスに対し、グローリアの方はややその表情を穏やかなものにしていた。
「だが、見つけることができた。…もう二度と会えないかもしれないと思ったこともあった。彼女を守れなかった自分の事を恨んだことだって一度や二度ではない。…それでも、見つかったのだ。ほかでもない君のおかげでね」
グローリアはそのままゆっくりとラクスの前まで歩み寄ると、自身の頭を下げながら彼への感謝の気持ちを言葉にした。
「ラクス侯爵、正体も知らぬセシリアの事を保護してくれたこと、本当にありがとう」
「べ、別に構わないさ」
皇帝から目をそらし、視線が宙を舞うラクス。
その表情は若干恥ずかしそうな雰囲気を放っていた。
「当然、君たち侯爵家の人々にはなにかお返しをさせてもらうよ。私にできる事ならば何でも言ってほしいが、なにかないかな?」
「そ、それは……」
特に褒美など望んではいなかったラクスだったものの、その心にはたったひとつだけ願うものがあった。
…しかしそれは、皇帝の気持ちを知った彼には到底口にすることのできないものだった。
「あぁ別に、今すぐに決めなければならないわけではない。侯爵家の大切な者たちとゆっくり話し合って、決まった時に言ってくれればいいさ」
「あ、あぁ…」
「それと」
グローリアの発した「それと」という言葉に何が続くのか、ラクスは薄々感づいていた。
そうでなければいいと願うラクスだったものの、その願いはもろくも儚く崩れ去る。
「それと、セシリアの今後の事なのだが…。その身をこの王宮で引き取らせてもらいたいのだ」
「……」
…グローリアの言葉を聞き、ややその視線を伏せるラクス。
グローリアは冷静な口調で、それでいて優しい口調でこう言葉を続けた。
「近衛兵と戦ってまで彼女の事を守ろうとしてくれた侯爵の思い、それが彼女への深い愛情からきているであろうことは、私もよく理解しているつもりだ。…しかし、彼女はこの私の血を引くまぎれもない私の娘で、皇帝令嬢なのだ。この国で生きる多くの者のために、彼女にしかできない仕事がたくさんある。そしてそのことを彼女自身もまた深く理解しているはずなのだ。それが皇帝の娘として生まれた彼女の運命であり、使命なのだ。…彼女の事を本当に思ってくれているのなら、どうか私の言葉を受け入れてもらいたい…。侯爵、頼む」
「……」
ラクスの胸中は、それはそれは複雑なものになっていた。
彼がその身を
…無知でわがままな男であったなら、皇帝のその言葉を拒否することもできたかもしれない。
しかしラクスは、セシリアがその内心では彼らのもとに帰りたがっているのではないかと思っているのではないかということに、心当たりがあった…。
それゆえに、セシリアの事を心から大切に想うラクスには、これ以外の答えは出せるはずもなかった。
「…かまわないさ。それがセシリアのためになるのなら…」
「侯爵…。ありがとう、本当に…ありがとう」
二人は互いに深く神妙な表情を浮かべ、そう言葉をかけあった。
部屋の中の空気がやや重いものに包まれていく中、ラクスは精一杯の力を振り絞ってこう言葉を発した。
「そ、それより黒幕だ。ここまでレべ……セシリアの運命を狂わせたんだ。この手で痛い目あわせないと気が済まないが?」
「心配はいらない。信頼できる者に監視を続けさせている」
「…信頼できる者?」
ラクスの言葉に対し、グローリアはやや誇らしげにその者の事を話し始める。
「ノルドが秘密裏に手紙のやり取りをしようとしていたのを見抜いたのも、ノルドがここに来る前に一人の男と会っていたことを伝えてきたのも、その者なのよだ。確かな実力を持つ男だ」
「なるほど。皇帝がそこまで自信満々に言うのなら、そうなんだろう」
「なにより、この私が直々にセシリアの未来を預けた男なのだから」
「……」
”セシリアの未来を預けた男”。
グローリアの発したその言葉を聞いたラクスは、どこかその心がチクリと刺される感覚を覚えた…。
ラクスはその思いをごまかすかのように、グローリアに対してこう言葉を返した。
「…皇帝がそこまで推すのなら、きっとそれほど魅力にあふれる男なんだろうな…。一度会ってみたいものだ」
「会いたいか?それなら会いに行ってみるか?」
「?」
皇帝が自分の言葉に賛同してくれるとは思っていなかったラクスは、意外そうな表情を浮かべる。
「ちょうどいいタイミングだ、会いに行くと良い侯爵。それにあわせて、彼に伝えてほしい伝言がるのだ」
グローリアはそう言うと、クラインにもたらす伝言をラクスに託し始めるのだった。
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