第36話
「ほら!さっさとはじめるぞ!!遊んでいる時間はない!!」
「お、お前たちいい加減に…!!」
強引な形で屋敷に乗り込もうとするノルドと、それに納得ができないラクス。
そしてノルドになかなか賛同できない仲間たち。
「ほ、ほんとにこんなやり方で大丈夫なんですかノルドさん…。き、貴族家相手にこんな乱暴な…」
ノルドの姿を見て、至極まっとうな言葉を口にする一人の兵。
それに対してノルドは、それまでと変わらない高圧的な口調でこう言い返した。
「笑わせるな。いいか、我々には皇帝陛下からの命を果たすという大きな使命があるんだ。これくらいのことで怖気づいてなんとするか。…それともお前は、グローリア陛下の思いを裏切りたいのか?」
「い、いえ……」
ノルドの
その雰囲気はまさに戦争そのものであった。
「さぁ、中を調べ上げるぞ!!!」
ラクスを無力化したのをいいことに、ノルドは仲間の近衛兵たちに向かってそう声を上げた。
この強引なやり方にみな思うところはある様子であるものの、度々出されるグローリアの名が彼らの心の中にある罪悪感を封印し、覚悟を決めさせてしまう。
「ま、待ちやがれ!!俺たちの家に勝手に…!!!」
それを何とか防ごうとするラクスではあったが、数人の近衛兵に拘束されていてしまっていては有効に抵抗をすることもできず、乱暴に屋敷の中に押し入っていく近衛兵たちの背中をただただ見つめることしかできなかった。
――――
「…っ!?!?」
レベッカを部屋の中に送り届け、自身は廊下で様子をうかがっていたエリカは、屋敷の外からかすかに聞こえてきたラクスの声を聞き、事態の深刻さを心の中に瞬時に悟った。
この侯爵屋敷は面積が広く、なかなか外で叫んでも中まで声が聞こえることはないのだが、それでもエリカがラクスの声を聞き逃さなかったのは、やはり彼女にとって侯爵の存在は特別なものであり、家族も同然の関係だからこそだろう。
エリカは急ぎ足で廊下を駆けだし、そのままレベッカの部屋の中へと向かうと、ノックもなしに中に押し入った。
「エ、エリカさん!?な、なにかあったんですか…!?」
合図もなしにエリカが部屋に押し入ることなど、これまで一度もなかったこと。
彼女の様子や表情から見ても、なにか大変なことが起きていることを察したレベッカは、その疑問をそのままエリカにぶつけた。
しかしエリカはその表情を焦らせることはなく、普段と変わらない冷静な口調でレベッカの疑問に答えて見せた。
「大丈夫です、レベッカ様。しかし万全には万全を期するべきかと」
「ば、万全を…?」
エリカは部屋の中に備え付けられていた本棚の前まで歩み寄ると、そこに置かれていた数冊の本を手に取った。
そして空いたスペースに手を突っ込み、なにやら鍵を開けるような動作を行う。
…すると、本棚から小さく”カチッ”という音が放たれ、そこにそれまでなかったはずの空間が姿を現わした。
「え……えええ!?!?」
まるで秘密の隠し部屋のような仕掛けを前に、レベッカは驚きの声を上げた。
そんなレベッカの姿を見て、やや少しだけどや顔を浮かべながら、エリカは説明を始める。
「これが普通の本棚だと思われていましたか?実はこの本棚、こんなこともあろうかと、複数の人間が姿を隠せるように秘密の仕掛けがされているのです。当然、内側からすべての操作も可能です」
「す、すごい……」
目をキラキラと輝かせ、心の底から驚きの声を発するレベッカ。
そんなレベッカの姿を見て、一瞬だけどこかうれしそうな表情を浮かべるエリカだったものの、次の瞬間にはその表情を真剣なものにし、こう言葉を続けた。
「レベッカ様、”お客様”が引き上げるまでこちらに身を隠してください。後の事は私たちできちんと対応いたしますので」
「そ、そんなのできないです!み、みなさんが頑張ってるのに私だけ隠れるなんて……」
…今回の騒動の原因が自分にあろうということは、レベッカ自身も感づいている。
だからこそ、自分だけ逃げるような手を取ることを、彼女は素直に受け入れることができなかった。
そんなレベッカに対し、エリカは落ち着いた口調で意外な言葉を返した。
「…言う通りにしなさいレベッカ。あなたはもう立派な侯爵家の一員で、家族も同然なの。ラクス様からもそう言われているんだから、あなたが引け目を感じる必要なんてないの。それに……」
エリカはやや複雑そうな表情を浮かべ、小さな声でこう続けた。
「…それに、きっとラクスはあなたの事を…。私はラクスの悲しむ顔は、見たくない、から…」
「……」
小さな声で放たれたその言葉は、彼女の思いをレベッカが理解するには十分なものだった。
「…だから、いいわね?彼らが引き上げるまでここに隠れてるのよ?約束よ?」
「…はい、分かりました…」
「よしよし、いい子ね」
そう会話を終えると、レベッカは静かに本棚の隠しスペースに入っていき、その身を隠す。
エリカは操作に関する最低限の説明をレベッカに行うと、隠し扉を閉める直前、こう言葉をつぶやいた。
「…すべてが無事に終わったら、今度はあなたにアクセサリーの作り方を教えてもらおうかしら?」
普段の姿からはあまり想像でいない彼女の言葉。
それを聞いたレベッカは、普段と変わらない明るい口調でこう言葉を返した。
「はい!絶対に!約束ですよ!」
――――
…それから時間を経ずして、なにやら騒がしい雰囲気が屋敷の中に広がっていく。
普段聞こえてこないような人間の声が聞こえ、普段聞こえないような足音が聞こえ、普段聞こえないような物音が聞こえてくる。
…明らかに何者かがこの侯爵家の中に踏み入っているであろうことは、知らないまでも誰の目にも明らかだった。
「…さぁ、”お客様”のお出迎えに参りましょうか…」
エリカはそう決意を固めるとともに、その心の中にこう言葉をつぶやいた。
「(お願い…。ラクス、無事でいて…)」
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