第35話

「俺がこの貴族家で侯爵をしているラクス・ランハルトだが…。さて、今日はいったいどのような御用で?」


皇帝直属の近衛兵たちを前にしても、ラクスは全く怖気おじけづくことなく、堂々とそう言葉を放った。

一方、それを聞いた近衛兵の一人が、同じく緊張感を感じさせる口調でこう言葉を返した。


「ラクス侯爵、皇帝陛下にとって非常に重要な一人の人物が、こちらに誘拐、監禁されているのではないかという情報が寄せられました。…ただ、それだけでは当然、我々とてあなたの屋敷に土足で上がり込むことはできない。さらに我々は、貴族であられるあなたの事を疑いたくはない。ですので、つきましてはあなたの無実を証明するために我々に協力していただき、屋敷の中を改めさせていただきたいのですが、よろしいですか?本当にあなたがなにも悪いことをしていないというのなら、見せられますよね?」


近衛兵の言った言葉を聞き、ラクスはその脳内で彼らの狙いを瞬時に見抜いた。


「(…レベッカがここにいるという情報を、おそらくこいつらはもうすでにつかんでいるはず。こちらが断れない理由を上げて中に押し入り、レベッカの事を強引にでも連れ帰ろうというわけか…。皇帝の名を出せば俺たちは震え上がり、断ることなどできないだろうと踏んで…)」


ラクスの分析は的確だった。

事実、セシリアを探しにランハルト家を調査するにあたって、グローリアは以下のような指示を近衛兵たちに下していた。


――――


「私は一刻も早くセシリアの事を救い出したい。決してあの男リーゲルの話を100%信用するわけではないが、もしも本当に侯爵家になにかあるのなら放ってはおけない。ランハルト家は貴族家ではあるが、普段は我々とかかわりの少ない地方貴族家である。皇帝の名を出せば、間違いなく協力的な態度をとってくれるだろう」

「りょ、了解しました!」


――――


グローリアから言われたことを忠実に守り、近衛兵はラクスに対して自分たちの言う事を聞くよう高圧的にそう言った。

…それを聞いたラクスは近衛兵の目を鋭く見据えたまま、こう言葉を返した。


「嫌だね」

「なっ!?!?」


…まさか自分たちの提案を断られるとは思ってもいなかった近衛兵は、その表情を驚きで染める。

それを見たラクスは、さらにそのまま強気に言葉を続けた。


「いくら相手が皇帝だと言っても、はいそうですかと侯爵家の秘密をやすやすと見せびらかすわけにはいかないんだよ。うちだって貴族家なんだ。明かすわけにはいかない家の秘密だって当然ある。それくらい分かるだろう?」

「っ!?!?」


皇帝の名を出されてもひるむことなく、ラクスは堂々と胸を張ってそう言い放った。

…これは下手をすれば、侯爵家としての存在を脅かしてしまうかもしれない行為である。

しかしラクスはそうなる可能性を分かっていながら、レベッカを守るべくこの選択をとった。

自分たちの思い通りに事が運ばなかった近衛兵たちは焦りの色を隠せず、ラクスに聞こえない程度の声で互いに会話を始める。


「…ど、どうする?グローリア様があれだけ気合をいれて命じていたんだ…。このままなんの情報のなしに帰ったりしたら…」

「そ、そんなことできるわけないだろう!」

「で、でもどうにもならないだろ…。地方の辺鄙へんぴな貴族とはいっても、貴族は貴族なんだ…。今後の事を考えたら、無理やり乗り込むわけにもいかないだろ…」

「か、仮に無理に乗り込んだとして、その果てに何もでてこなかったりしたら、それこそ本当に俺たちはどうなってしまうかわからないぞ…??」


…ラクスの狙い通り、近衛兵たちは互いに混乱しあっていた。

そこに一切の冷静さは感じられず、むしろ皇帝とラクスの間で板挟みにされて、自分たちがどう行動するのが正解なのかを必死に探し出そうとしている様子だった。

…しかしその時、それまで一切口を開いていなかった近衛兵の一人が、ラクスの前まで歩みより、低い口調でこう言葉を発した。


「…では、お前は我がグローリア様に逆らうというのだな?」

「逆らう?そんなつもりは全くない。ただ、無理な協力はできないと言って」「もういい」


…その男はラクスの言葉を強引に遮ると、ここにいる誰もが想像だにしていなかった言葉を放った…。


「侯爵様、お前の言いたいことはよくわかった。だが、グローリア様からの申し出を断るということは、すなわち陛下への反逆の意志ありと同義である。ゆえにこの時刻をもってお前を拘束し、屋敷の中も改めさせてもらう」

「っ!?」


…聞いたこともない強引で乱暴な言葉を前に、今度はラクスの方はが驚きを隠せない。

そしてそれはラクスだけでなく、彼の仲間の近衛兵もまた同じであった。


「お、おいノルド!強引なやり方はグローリア様からも止められてるだろ!」

「き、危険すぎますって!!」

「こ、ここは一旦引き返す方がいいんじゃ…」


ノルドをなだめようとする近衛兵たちであったが、そんな彼らに向けてノルドはこう言葉を返した。


「じゃあ、お前たちもグローリア様の御心を無視して自分たちの保身に走るんだな?王宮に戻ったらそのことを包み隠さずすべてグローリア様にお伝えするが、かまわないな?」

「「っ!?!?」」


…ノルドの放ったその言葉は、グローリアから嫌われることを何よりも恐れる近衛兵の者たちにとって非常に強烈なものだった。

その表情を凍り付かせる彼らに対し、ノルドはさらに強く言葉を続ける。


「お前たちは皇帝陛下よりも貴族の味方をするんだな。それなら別にいいさ、こいつは俺一人で叩かせてもらう。役立たずの近衛兵はさっさと帰れ」

「っ!?」


…彼らはその心の中に葛藤を抱きながらも、劇薬のようなノルドの言葉の前に、次第にその心を侵されていった。


「…や、やむを得ん!!侯爵を拘束して王宮まで連行しろ!俺たちでこの屋敷を徹底的に洗う!!」


1人の近衛兵の男がそう言った途端、空気は完全に変わった。

残る近衛兵たちもまたその流れに押され、文字通りこの場は修羅場と化す。


「き、貴様らいい加減に…!!」

「お、おとなしくしろ!!」


多勢に無勢、ラクスはその体を複数人の兵に拘束され、そのまま動きを封じられてしまう。


「(ま、まさかこんな乱暴な男が近衛兵にいたとは…!!)」


…ラクスの狙いは完全に外れてしまう結果となったが、それも無理のない話だった。

というのも、みなを先導したこのノルドという男は、その実ある男とに内通する裏切り者だったのだから…。


――――


混沌こんとんとするランハルト家を遠目に見つめながら、その表情に不敵な笑みを浮かべる男が一人…。


「…よしよし、うまくやってくれているようだなノルド…。このままラクス侯爵にすべての罪を着せることで、俺たちは晴れて皇帝令嬢を救った英雄となり、その立場を逆転させるのだ…♪」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る