第32話
「(…さて、これで資料の整理は一通り終わったし、レベッカに今後の事について話をしに行こうか…)」
レベルクが部屋から去っていった後も、ラクスは引き続き侯爵として書類整理にあたっていた。
机の上には大きな書類の山が2つほどできており、一つは作業済みの書類の山、もう一つは未処理の書類の山だ。
ラクスは自分の机の上に広がる書類を見て、心の中でこうつぶやいた。
「(…父上の言う通り、前までの俺ならこんな書類、適当に目を通して適当に仕事をしていた…。それが今や、自分でも驚くほどに集中力を発揮して、侯爵としての仕事をこなせている…。この心境の変化は一体…)」
自身の心境の変化など、誰に言われるまでもなくラクスはわかっている。
彼にきっかけをもたらしたのはほかでもない、レベッカのとの出会いなのだから。
「(…父上の言う通り、俺はレベッカの事が…?)」
…さぼり癖はありながらも、レベッカに出会う以前からきちんと侯爵としての使命を全うしていた彼の事を気に入る女性は多くいた。
それゆえ彼は女性経験は少ないわけではなく、その扱いや気遣いも最低限は心得ていた。
しかしそれはすべて、自分が向こうに好かれることがきっかけだった。
これまで誰かを好きになった経験のないラクスにとって、レベッカとの出会い、彼女とともに過ごす時間は、それはそれは不思議な感情だったことだろう。
「(…いや、考えても仕方ない。とりあえずレベッカのところに話をしに行くこととしよう)」
ラクスは書類の山からいったん視線をそらし、数時間ぶりに椅子から腰を上げて立ち上がると、深呼吸を挟んで体を伸ばしてほぐしたのち、レベッカの部屋を目指して足を進めるはじめたのだった。
――――
「(……な、なにしてるんだよ……)」
レベッカの元を訪れるべく足を進めていたラクス。
そんな彼の目に入ったのは、レベッカの部屋の前でなにやらそわそわしているレベルクの姿だった…。
「…父上、そんなところで何をされているのですかな?」
「(ギクッ!?)」
ラクスからそう声をかけられたレベルクは、かつて周辺貴族に恐れられていた男とは思えないほどに自身の体を震え上がらせ、反応した。
「な、なんだいきなり!驚かせるな!」
「別に驚かせてませんよ…、で、父上はここで何をしていたのですか?」
「そ、それは…だな…」
分かりやすく視線をそらし、どこか空中を見るレベルク。
…そんな彼の後ろ手には、クッキーのようなお菓子が入った小さなバスケットが携えられており、それは間違いなくレベッカへの差し入れなのであろうとラクスは見抜いた。
「(…俺とあんな話をした後だから、レベッカの事が心配になったんだな…。だったらこんなところでそわそわしてないで、早く会いに行けばいいものを…)」
心の中にそうつぶやいたラクスは、強引にレベルクの背中を押す形で足を進めさせ、レベッカの待つ部屋の中へとその体を押し込む。
「ほらほら、さっさと入ってくださいな」
「な、なにをするラクス!?私は別にレベッカに用があったわけじゃ」
「じゃあそのお土産はなんなんですか?レベッカへの差し入れなのでしょう?」
「こ、これはだな…。これは私が一人でこっそり食べようとしていただけで、決して」
「嘘つけ。そんなもんかわいいもの食べてるところなんて今まで一度も見た事ねーぞ。いいから早くいけ、後ろがつかえてるんだっ」
「お、おいっ!?」
いよいよレベルクの体はレベッカの待つ部屋の中に押し込まれ、ついにその防波堤は決壊した。
――――
ガシャーーン!!!
「っ!?!?」
突然部屋の扉が開けられたことに驚き、レベッカはその体をびくっと反応させた。
レベッカの横にはエリカもたたずんでいたものの、彼女の方は訓練された兵士のように全く動じなかった。
「ごめんごめんレベッカ、驚かせちゃった?」
「い、いえいえそんな!この時間にお越しになるって、エリカさんから聞いていましたから!」
レベッカはそう言葉を発し、現れた二人の姿に視線を移す。
そしてレベルクの事を見つけると、どこか嬉しそうにこう続けた。
「レベルク様もご一緒だったのですね!ちょうどお渡ししたいものがあったのです!」
レベッカは明るい口調でそう言うと、机の中にしまわれていたあるものを取り出し、それぞれを3人の前に順番に差し出した。
「ラルク様、レベルク様!よかったらこれどうぞ!」
「「??」」
レベッカが取り出したのは、美しく整えられた2つのブレスレットだった。
それぞれが二人の好きな色と形を取り入れられており、その雰囲気は男性らしい力強さを感じさせる。
「私、ずっとお世話になってばかりなのに、なんの感謝の物を送ることもできなくて…。私にはこれを作るのが精一杯なのですが、お二人には本当に感謝していて、ぜひ受け取っていただけたら嬉しいなって…」
まっすぐな瞳でそう思いを告げるレベッカ。
そんなレベッカの言葉に、まずラクスが返事をした。
「ありがとう、レベッカ。ずっと大事にするよ」
心から嬉しそうな表情を浮かべるラクスに、レベッカもまたどこか安心したような表情を見せた。
…そしてラクスは、固まったままのレベルクの事を肘で小突いた。
「…ほら、父上、せっかくレベッカが父上のために手作りしてくれたのですよ?」
「あ、ああ…!!!」
…まるでレベルクは娘から告白されたかのような感情を抱いている様子で、すっかり固まってしまっていた。
ラクスからの言葉を受けた後、レベルクはレベッカの手からブレスレットを受け取り、少し間をおいてこう答えた。
「…ま、まぁまぁの出来だな…。て、手作りにしたら悪くはないんじゃないか?」
口ではそうは言いながらも、プレゼントされたブレスレットを慎重に慎重に扱うところを見るに、内心では相当にうれしく思っている様子。
そしてレベッカはそのままエリカの方に向き合い、こう告げた。
「エリカさん、いつもありがとうございます!!エ、エリカさんはもとからスタイルが良いから、こんなものはいらないかもですけど、それでもよかったら受け取ってください!!」
レベッカが最後に差し出したのは、同じく手作りのイヤリングだった。
サイズは小さいながらも確かな美しさを持ち、窓から差し込む光に反射して上品に光り輝いている。
「わ、私はこういうのは似合わな…」
「お、いいじゃないかエリカ!レベッカ、彼女に付けてあげなよ♪」
「ちょ、ちょっとラクス!勝手なこと言わな」
「やった!侯爵様から許可がいただけました!それじゃあ失礼します!」
「っ!!!」
普段のきりっとした表情から一転、どこか恥ずかしそうに視線を逸らすエリカに対し、レベッカはにっこにこでそのイヤリングを彼女の右耳に付けた。
「…どう、ですかね、エリカさん…?」
エリカはそのまま部屋に置かれている鏡の方に視線を移し、自分の姿を目にした。
そしてしばらく鏡に映る自分の姿を見つめ、一瞬だけどこか満足そうな表情を浮かべた後、普段と変わらぬクールな表情でこう言った。
「…ま、まぁ…一応お礼は言っておくわ…」
エリカはやはり恥ずかしかったのか、そう言葉を発すると上品な手つきでイヤリングを耳から外し、大切そうにハンカチで包んで自身の懐にしまった。
そしてそんなエリカの姿を、他の3人立は皆にやにやしやながら楽しそうな表情で見つめるのだった。
――それから一週間後――
「…エリカさん、なんだか最近イメージ変わったよね…?」
「それ私も思った!なんだか前より少し雰囲気が柔らかくなったような…」
「こらあなたたち、さぼらずにきちんと仕事をしなさい」
「「ご、ごめんなさいっ!」」
普段と変わらぬ様子で使用人を束ねるエリカ。
その右耳にはレベッカから贈られたイヤリングが付けられ、エリカの心を示すかのように美しく光り輝いていた。
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