第31話

グローリアがラクスの名をつぶやいていたその頃、ラクス本人は自室で机に向き合いながら、その上に置かれた書類に目を通していた。

集中して侯爵としての仕事に当たっていたさなか、彼の部屋の扉を何者かがノックした。


コンコンコン

「入るぞ、ラクス」

「どうぞ~」


1人の男がそう声をかけ、ラクスの部屋の中に足を踏み入れる。

訪れてきた人物はラクスにとっては意外な人物だったようで、その表情に少しだけ驚きの表情を浮かべた。


「珍しいですね、父上が俺の部屋ここに来るなんて」


ラクスからそう言葉をかけられたレベルクは、どこかいたずらっ子のような表情を浮かべ、ラクスに対して言葉を返した。


「お前こそ珍しいな。いくら仕事で結果を出していたとはいえ、毎日さぼってばかりだったお前がそんな真面目に仕事に取り組んでいるとは。なにか心境の変化でもあったように思えるが?」

「べ、別に…」


レベルクからかけられた言葉の前に、ラクスは少し恥ずかしそうにその視線を伏せ、机の上の書類の方にへと視線を戻す。

しかし、レベルクはこの話題を切り上げようとしているラルクに対して、追撃を図った。


「…レベッカが来てからだよな?お前がそんなに真面目になったのは。お前もしかしてレベッカの事が」

「違いますから。侯爵としての仕事をしているだけですから。彼女は関係ありませんから」

「別に隠さなくてもいいじゃないか。お前の彼女に対する振る舞いを見ていると、やはりあれはどう見たって」

「あぁもううるさいなぁ!!なんのようですか!!邪魔なので帰ってほしいのですが!!」


ラクスは声を荒げてレベルクの言葉を途中で遮ると、その胸の内の恥ずかしさを隠すかのようにレベルクにそう言葉を返した。

…その姿は侯爵位の貴族にあるものとしては分かりやすすぎるかもしれないが、ラクスもまだまだ年頃の年齢ではあるため、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない…。

そんなラクスの姿を見て気が収まったのか、レベルクはそれまでのからかいの表情を元に戻し、普段と変わらぬ口調でこう言葉を続けた。


「まぁ、冗談はここまでにしておこう。さて、本題に移ろうか」

「…」


途端、それまでの穏やかな雰囲気は一新され、部屋の中は少し緊張感をはらむ。

ラクスもまたその変化を感じ取り、その表情を真剣なものにした。


「話題はほかでもない、そのレベッカに関してだ。彼女がここにきて2ヶ月近くが経とうとしているわけだが、お前はなにか違和感を感じてはいないか?」


まるでラクスの事を試すかのように、レベルクはそう疑問を投げかけた。

それを受けたラクスもまた、そう聞かれることがわかっていたかのように、得意げな表情で言葉を返した。


「彼女を追う者が、そろそろ現れるんじゃないかってことだろう?」


ラクスはレベルクの目を見据えたまま、言葉を続ける。


「レベッカを見つけたあの日、彼女の体はそれはそれは酷いありさまだった。それはまるで彼女を人間と思わない誰かに、長きにわたって虐げられていたかのように…。そしてそれはレベッカ本人の話によって確信になり、彼女は彼女を虐げ続けてきた連中の元から逃げ出してきたと語った。そして、レベッカを虐げ続けてきたやつらはきっと今頃、自分たちの元からいなくなったレベッカの事を血眼ちまなこになって探しているはず。そいつらがそろそろ俺たちの前に姿を現してきても不思議じゃない。…父上は俺にそう言いたいんだろう?」


ラクスは再び得意げな表情を浮かべ、レベルクに視線を返す。

レベルクはラクスからの言葉に、やや笑みを浮かべながらこう答えた。


「さすが、レベッカの事となると頭の回転が段違いだな(笑)」


それもまたラクスをからかう言葉であったものの、ラクスはそのからかいには乗らなかった。

その事にやや残念そうな表情をレベルクは浮かべ、こう言葉を続けた。


「レベッカを虐げ続けていたのは、ほかでもない彼女の家族なのだろう?こちらに非があると言いがかりをつけてきて、レベッカを返せと言ってきたらどうするつもりだ?」


その疑問に対し、ラクスは自信に満ちた表情でこう返す。


「心配には及ばないさ。たとえ誰が乗り込んで来ようとも、絶対にレベッカを渡したりはしない。争う準備はすでに整えてあるからな」


ラクスはそう言いながら、机の上に広げられている書類をレベルクに示す。

彼がこれまで格闘していた書類の内容とは、それに関することであった様子。


「…そうか、お前がそう言うのなら安心だな。これからの事は任せるよ」


我が子の仕事ぶりに満足したかのように、レベルクはどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

そして視線をラクスから外し、窓から見える外の景色の方へと視線を移すと、心の声をつぶやくようにレベルクは言葉を発した。


「…レベッカがここに来てから、この屋敷は一段と明るくなったような気がしている。きっと彼女には、暗い過去があるからこそそれをばねにして、周りを輝かせる力があるのだろう。お前や私はもちろん、使用人たちもどこかいきいきとした表情を見せてくれている」


そこまで言うと、レベルクは再びラクスの目を見据え、こう続けた。


「ラクス、レベッカは我々の宝だ。絶対に守り通すんだぞ?」


レベルクは真剣な表情でラクスにそう告げた。

それに対しラクスは、同じく真剣な表情を浮かべてこう返した。


「あぁ、もちろんだとも」

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