第30話

「…ランハルト家、という貴族家を知っていますか…?」


皇帝とその付き人であるクラインに対し、リーゲルはそう言ってのけた。

その名前を出した目的は他でもない、自分たちの罪を丸ごとランハルト家の者たちに擦り付けるためである。

リーゲルはその心の中に、今回の計画についての思惑をつぶやいていた。


「(先にレベッカを探し出し、再教育してやろうと思っていたが、それは面倒だ。…いやむしろ、あいつが今そのランハルト家にいるというのなら、すべての罪を奴らにかぶってもらう方が都合がいいというもの。そうすれば俺たちはレベッカを迫害してきたことを裁かれることもなく、むしろ正義の告発者として認められることとなる!たとえレベッカが真実を話したとしても、それはランハルト家で洗脳を受けたためそんなことを言っているのだと言い張れば、俺たちに対する疑いの目は完全に晴れることになる!我ながらなんという完璧な作戦だろうか!)」


仲間の情報より、すでにレベッカがランハルト家で暮らしていることはつかんでいたリーゲル。

あろうことかこの男は、レベッカに救いの手を差し伸べたランハルト家に罪を擦り付け、その一方で自分たちは助かろうと計画したのだった。


「信じてくださいお二人とも!!ランハルト家の連中のせいで、私たち家族はバラバラにされてしまったのです!悪いのはすべてランハルト家なのです!!私の話は全て本当なのです!!」


リーゲルは自分たちの身を守るべく、必死な口調で二人に添う言葉を発する。

しかし当然というべきか、リーゲルの言葉を二人はかなり疑い深い目で見つめている。

リーゲルはそんな二人の鋭い視線を肌で感じながら、その心の中でこうつぶやいた。


「(…二人とも今は俺の事を疑っているようだが、ランハルト家にレベッカがいることが確認されたなら、俺の言ったことは正しかったこととなるだろう…!そうなれば間違いなく俺の話が真実なのだと信じることになり、この状況は完全にひっくり返る!!)」


クラインとグローリアは互いに視線を合わせ、両社の考えをアイコンタクトで確認しあう。

その後、グローリアは高圧的な態度を変えないまま、リーゲルにこう言った。


「話は分かった。ランハルト家をこちらで調査し、その話が本当なのかどうかを図らせてもらう。いいな?」

「はい、もちろんでございます!」


自分の思惑通りに事が運んだと見たリーゲルは、その表情により一層の笑みを浮かべた。

そしてグローリアは使用人に手で合図を送り、リーゲルをこの部屋から退出させるよう指示を送った。


「…ではグローリア様、なにとぞ我が最愛のレベッカのことを、よろしくお願いします」


…リーゲルは退出のさなか、グローリアに対して向き合うと、役者顔負けの演技を伴ってそう言葉を発した。

しかしそれに対してグローリアは言葉を返すことはなく、この場において3人の間で交わされた会話はそれが最後となった。


リーゲルが部屋から姿を消し、この場にはクラインとグローリアの二人のみが残される。

クラインはリーゲルの退出を見届けた後、すぐさまグローリアに対してこう言葉を発した。


「…ランハルト家といえば、ラクス・ランハルトが若くして侯爵の位を継ぎ、地方貴族ながら領民からの人気は高い貴族家です。そんな彼らが、乱暴にセシリア様を奪い去ったなどとはとても考えられませんが…」


ランハルト家はどちらかといえば辺境的な貴族家であるため、王宮を守護するクラインとの直接的な関わりはほとんどない。

ゆえにその存在はクラインも噂話や人伝いの話のみしか知らなかった。

しかしそんなクラインでさえも知っているほどに、ランハルト家の領民からの慕われぶりは有名なのだった。


「ラクス・ランハルト、か…。そういえば年齢は確か、お前とあまり変わらないくらいじゃなかったか?地方貴族とはいえ、あの若さで侯爵となるなど、お前に負けないくらい優秀な男という事なのだろう」


グローリアもまた、ラクスの事を称賛するような言葉を発した。

それはつまり、二人ともリーゲルの言った言葉をあまり信用していないであろうことを暗示している。


「…いかがされますか、グローリア様?」


クラインの発した問いかけに、グローリアは少し間を置き、何度か呼吸を整えた後、こう言葉を返した。


「とにかく今は、セシリアに関する情報が欲しい。我々がリーゲルに言われたとおりにランハルト家を調査することが向こうにとって狙い通りだったとしても、それでも我々にはほかの手立てはない」

「リーゲルの狙い…。やはり時間稼ぎでしょうか…?」


クラインの発した言葉を聞き、グローリアは自身の首を縦に振ってこたえた。


「ランハルト家がそんな行いをするとは思えない。…ゆえに、そこにセシリアがいるというのも嘘だろう。そうやって我々の事を混乱させて、その隙になにか証拠の隠滅でもするつもりなのだろうな。お前の言う通り、これは時間稼ぎに過ぎないのだろう」


グローリアの言葉に、今度はクラインがうなずいて答え、グローリアはそのまま言葉を続けた。


「…しかしもしも、もしも本当にランハルト家にセシリアがいたのなら、その時は我々はランハルト家と戦わなければならなくなるかもしれない。クライン、万一の備えだけはしておくように」

「承知しました。では私は調査の準備に…」


その場から動こうとしたクラインだったが、グローリアはそれを制すると、こう言葉を続けた。


「いや、それは他の者に任せろ。お前は本丸であるリーゲルの方を見張るのだ。なにかまた動きを見せてくるとも限らないからな…」

「わ、分かりました…」


クラインもグローリアと同じく、ランハルト家にセシリアがいるとは思っていない様子。

それゆえに、クラインはその調査から外されたことに抗議することはなかった。


クラインはグローリアから指示を受けたままに準備に取り掛かることとし、リーゲルに次いでこの部屋から姿を消していった。

一人残されたグローリアは、机の上に置かれた幼き頃のセシリアとクラインが描かれたフレームをいとおしそうに見つめ、一言言葉を漏らした。


「…ラクス・ランハルト、か…。」

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