第29話

「はい。なんでもグローリア様に今すぐ伝えたいことがあると言っているのです。本人はリーゲルと名乗っているのですが…」


「「っ!?!?!?」」


使用人がもたらしたリーゲルという名を聞いて、クラインとグローリアはその表情を驚きで満たす。

先日リーゲルと直接会ったクラインはもちろん、グローリアにもすでにその名前は共有されていた。

突然動きを見せてきたリーゲルに対し、グローリアはクラインの方へと視線を移すと、その表情にうっすらと笑みを浮かべた。


「…クライン、どうやらお前の予見したとおりになったようだな。まさかこんなにも早く動いてくれるとは思ってもいなかったが…」

「えぇ、私も自分で驚いています。…さぁ、グローリア様。せっかく向こうからこちらまで出向いてきてくれたのですから、相応にお出迎えをして差し上げようではありませんか」


クラインの言葉を聞き、グローリアは改めて使用人に向き合うと、こう言葉を発した。


「よし、リーゲルをここまで通してくれ」

「承知しました」


グローリアからの命を受け、使用人は機敏な動きで部屋を後にすると、客人を迎え入れる準備に取り掛かるのだった。


――――


「お連れいたしました、グローリア様」

「よし、通してくれ」


扉越しに聞こえてきた使用人の声に対し、グローリアは皇帝らしい威厳あふれる声でそう答えた。

部屋の中がすさまじい重圧に満たされる中、ついにその扉が開かれ、1人の少女を虐げ続けていた男とその少女の父親がその顔を見合わせた。


リーゲルは使用人から手で案内されるまま、部屋の中へと足を踏み入れる。

…見た目こそ胸を張って堂々と振る舞っているリーゲルだったが、その内心では自身の心臓を破裂させてしまいそうなほどに緊張し、今にもこの場から逃げ出したいほどの恐怖感を感じていた…。


そしてリーゲルはついにグローリアに正対すると、重い沈黙を自らの言葉で破った。


「…はじめまして、グローリア様。私の名はリーゲル・リアンといいます。…ほかでもない、あなたが心の底から欲しているであろう情報を知る者です。本日はそれをお話ししに参りました」


…どこか不敵な笑みを浮かべながら、リーゲルはグローリアに対しそう言葉を発した。

リーゲルの態度は皇帝を動揺させるべく挑発的な雰囲気であったものの、グローリアは一切その表情を変えることなく、シリアスな表情でリーゲルに言葉を返す。


「回りくどいのはなしだ。私はすでに、お前についての話は聞いている。我が最愛の娘であるセシリア……今はレベッカという名を持っているようだが、その彼女に関してお前たちの家が大きくかかわっているという話だ。…それは事実か?」


…見る者の体を突き破ってしまいそうなほど、鋭い眼光と威圧感をグローリアは放つ。

リーゲルはその雰囲気を直接肌で感じ、一段とその心を恐怖で震わせる。


「(こ、これが噂に聞くグローリアの迫力…。や、やはり俺たちがレベッカにしてきたことがすべてばれたら、俺だけじゃなくセレスティンやマイアとてただでは済まないことだろう…。と、とにかく今は作戦通りにしなければ…)」


リーゲルは深く深呼吸を行い、自らの呼吸を整える。

そしてグローリア、クラインの表情を交互に目で見た後、こう言葉を発した。


「…はい、事実でございます。今日はそれらすべての事実をお話に参りました」


真剣なまなざしでそう言ってのけたリーゲルだが、二人は当然リーゲルに対していぶかし気な視線を送る。


「(…私が調査に行った時は、かたくなに彼女の存在を認めなかったというのに、一転してすべてを話すとは、一体どういうつもりだ…?いきなり性格が善人になったなどとは到底考えられないが…)」

「(私の中の皇帝としての勘が言っている。この男は間違いなく何かをたくらんでいると…。リーゲルとやら、ちょっとやそっとの嘘で私をだませると思うなよ…?)」


そしてそんな二人の敵対的な視線には、当然リーゲルもまた感づいている。


「(び、びびってたまるか…!すべての真実を知られてしまったら、俺たちは間違いなくすべてを失ってしまう…!あんなくだらない女のために人生を崩壊させられるなんて、死んでもごめんだ!!)」


リーゲルは心の中でそう唱え、必死に自らを奮い立たせると、二人に対して言葉での説明をはじめた。


「グローリア様、我々家族はおよそ6年もの時間を、彼女とともに過ごしました。彼女はもともと捨て子だったのですが、本当にかわいらしい性格で、何度も何度も我々家族の事を癒してくれました。そんな彼女の事が、我々家族もまた大好きだったのです。血のつながりこそありませんでしたが、我々は本当の家族も同然の愛情関係で結ばれていました」


…自らの保身のために、ありもしない事実を平然と言ってのけるリーゲル。

そんな彼の話が嘘であろうことは薄々二人も感づいている様子だが、今はあえて何も口を出さず、その話を聞いていた。


「しかし、我々家族の絆はある者たちの手によって引き裂かれてしまったのです…。私を愛し、私に愛されていたレベッカは、突然に連れ去られて行ってしまった…。私はもちろん、家族全員が泣きました!悲しみました!それほどに我々家族は失意のどん底に叩き落されたのです!!…それほどに憎むべき者共がこの国に」

「あぁ、もういい。それで、誰が連れ去ったというのだ?」


演劇のような口調で言葉を発するリーゲルをグローリアは手で制し、その言葉を途中で遮った。

グローリアの口調はそれまでと変わらない、見る者の心を縮こませるほどの威圧感を含むものであったが、今回のリーゲルは気持ちをひるませることはなく、どこか不敵な笑みを浮かべた後にこう言った…。


「…ランハルト家、という貴族家を知っていますか…?」

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