第33話

「…さて、キリの良い所まで終わったし、とりあえず休憩するか…」


ラクスは今日も今日とて侯爵の執務にあたり、その脳をフル回転させていた。

レベッカの受け入れに関する形式的な手続きなどはすべて終わり、とりあえず彼女をここにとどめるだけの大義名分は完成したことになる。


「…これでレベッカの家族が、レベッカを返せと乗り込んできても、なんとかなる…か?」


しかし、相手は信じ難いほどにレベッカの事を痛めつけていた者たちである。

どんな手を使ってくるかもわからないという点において、ラクスは一安心する余裕もなかった。


「(…ひとまず、ここまでの事をレベッカに知らせに行くとしよう。喜んでくれるといいのだけれど…)」


ラクスは仕上がった資料を片手に持つと、そのままレベッカの部屋を目指して歩き始めたのだった。


――――


「(…い、いない…?)」


レベッカの部屋を訪れ、扉にノックを行ったラクスだったものの、中からの返事は何もなかった。


「(おかしいな…。今日はなんの予定もない日だって聞いてたけど…)」


レベッカはなにかと侯爵家のために仕事をしているわけだが、今日は休みの日に当たる。

ゆえにここにいると信じて疑っていなかったラクスは、どうしたものかと自身の頭を抱えた。


「(返事もないのに勝手に中に入るのもなぁ…。ぐっすり寝てるのかな…?)」


その時、手をこまねいていたラクスのもとに救世主ともいえる人物が姿を現した。


「…侯爵様?どうされたのですか?」


両手に掃除道具を満載に抱えた、彼にとって幼馴染にあたるエリカだった。


「レベッカの部屋なんだけど、返事がなくて困ってるんだ…。いないのかな?」

「あぁ、彼女ならさっき図書室で見ましたよ」

「図書室?」


エリカからかけられた言葉に、ラクスはややその表情を驚かせた。

そんなラクスに対して、エリカは言葉を続ける。


「どうやら、なにか調べ物をされていた様子でしたね。彼女は毎日頑張りすぎているくらいなので、今日はお休みの日にしていたのですが、彼女にはそんなこと関係ないらしいです」

「そうか、分かった。ありがとう」


ラクスはエリカに対して手短に感謝の言葉を伝えると、やや急ぎ足で図書室を目指し、その場から離れていった。

レベッカの元に向かう道中、ラクスはその心の中でこう言葉をつぶやいた。


「(レベッカ、なにもそこまで頑張らなくても…。今日はのんびり体を休めてくれればいいのに…)」


侯爵家の事を思ってくれていることは本当にうれしいものの、彼女に無理させているのではないかという事にどこか不安を覚えるラクス。

彼はその思いを伝えるべく、レベッカの元を目指して駆けだすのだった。


――――


「(…あ、いた!!)」


図書室に到着したラクスは、そのまま部屋の中を見渡した。

部屋自体はそこまで大きなものではないため、その存在は簡単に発見された。

ラクスはそのままレベッカの元まで歩み寄ると、穏やかな口調でこう話しかけた。


「レベッカ、よっ!!」

「っ!?こ、侯爵様っ!?!?」


椅子に腰かけて熱心に本を読んでいたレベッカは、背後から突然声をかけられたことに強く驚き、全身を大きく跳ねさせた。

そんな彼女の反応を見たラクスはしてやったりといった表情を浮かべ、楽し気な笑みを浮かべた。


「び、びっくりしましたぁ……」

「悪い悪い(笑)。で、どうしたんだよ。こんなとろで」

「え、えぇっと…。お、お休みを頂いたのですけど、特にすることもないので、ここで勉強をしようかと…」


レベッカはそう言いながら、どこかバツが悪そうな表情で苦笑を浮かべる。


「それはうれしいんだけど…。君は頑張りすぎてる気がしてなぁ…。やっぱり今日は体を休めてくれた方が……?」

「……?」


ラクスがレベッカにそう言葉をかけていたさなか、彼はこの部屋には不釣り合いな人物をその視線の先に発見した。


「……父上、今度は何をしてるんだ……」


その視線の先にいたのは他でもない、ラクスの父親であるレベルクだった。

彼がこの図書室に足を踏み入れることは非常に珍しいため、ラクスは当然のようにその表情に怪しげなものを見る目で染めた。


「…レベルク様ですか?なにを読まれてるんだろう…?」

「…調べてみる?(笑)」

「…いいですね!(笑)」


二人はともにいたずらっ子のような表情を共に浮かべると、互いに足音を殺して少しづつレベルクの元へと近づいていく。

レベルクは完全に本を読むことに熱中しており、接近する二人には全く気付いていない。


…じわじわとその距離を詰めていき、ついに会敵距離まで接近を果たしたとき、二人は同時にレベルクの前に姿を現した。


「こんにちは!レベルク様!!」

「珍しいな!なに読んでるんだ!!」

「どわっ!?!?!?」


レベルクは完全に不意を突かれる形となり、手に持っていた本を天高く放り投げる形となる。

舞い上がった本はラクスのもとに華麗に着地し、彼はそのまま本の表題を読み上げた。


「なになに……。『ブレスレットの劣化を防ぎ、きれいなまま長持ちさせる方法』…」

「っ!?!?!?」


表題を読み上げられてしまったレベルクはその表情を焦りの色で染め上げる。

…そして瞬時にすべてを理解したラクスは、どこか呆れたような表情でこう言葉を続けた。


「…レベッカからプレゼントされたブレスレット、付けてないなぁとは思ってたけど、どんだけ大事に保管してるんだ…」

「ち、違う!私は暇つぶしにここに来て、そしたらたまたまその本が近くにあっただけだ!!」

「はいはい、そうですか……」

「か、返せっ!」


レベルクはさっと立ち上がると、その勢いのままにラクスの手から本を奪い返した。

しかし変わらずその表情はどこか居心地の悪そうな色で染められており、それはレベッカの方も同じだった。


「あ、あの…。レベルク様、もしも痛んじゃった時は、また新しいものを…」

「だ、だから違うと言っているだろう!!」


まるでこっぱずかしさを隠すかのように大きな声を上げるレベルク。

二人はそんな彼の様子を見て、心から湧き出る笑いをこらえるのに必死な様子だった。


「ふ、不愉快だっ!私は先に行かせてもらう!」


これ以上は付き合いきれないと見たのか、レベルクは二人に対して強い口調でそう言い放ち、その場を去ろうと姿勢をひるがえした。


その時だった。


「た、大変です侯爵様!!!!」


頭の上から足のつま先までを焦りの色で染めた様子の一人の使用人が、ラクスのもとを大急ぎで訪れた。


「一体どうした?」


ラクスはそれまでの態度を一変させ、冷静にそう言葉を返す。

それに対して使用人は、ここにいる誰一人も想像していなかったことを告げた。


「グ、グローリア皇帝直属の近衛兵たちが、侯爵様に話があると!!そ、それもすっごいピリピリされてるような様子です!!」

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