第21話

――クラインの記憶――


「ここにいたかクライン!!セシリアが朝早くここに向かったっきり戻っていないらしいんだ!何か知らないか!!」

「っ!?」


僕の耳に聞こえてきたのはまぎれもない、グローリア様のお声だった。

そしてそのお声は、その時僕が絶対に聞きたくなかった内容を伴っていた…。


「セシリアは誰かと約束があると言ってここに向かったらしいのだが、何か知っていることはな……………ク、クライン…?」


グローリア様はそう言葉を発しながら、僕に対してなにか返事を求めてくる。

…けれど、今の僕にはグローリア様になにか言葉を返せるだけの余裕は全くなくなってしまっていた…。


朝早くに出発したっきり、元いた場所にセシリアが戻っていないということ……何者かによって無残に踏み荒らされたこのお花畑……さらに、このあたりに王軍の手が伸びていたという状況…。

それらを総合的に考えた時、絶対に現実であってほしくはない一つの可能性が僕の脳裏に浮かび上がった…。


――セシリアの過去――


視界いっぱいにひろがるお花畑、私はこの場所が本当に大好きだった。

花々を目で見て癒されるだけじゃなくって、鼻に感じる花々の香りや雰囲気、肌で感じる澄んだ空気、そのすべてが私には愛おしいく思えていた。

そしてさらに、今からここに彼が来てくれる。

その事を想うと、私は一段と自分の心が弾んでいく思いを感じていた。


一人でここにきても楽しいけれど、彼とここに来たときは一人の時の100倍くらい楽しく感じられる。

できないことだってできる気がしてくるし、無理なことなんで何もないんじゃないかと思えてくる。

…大げさだと言われてしまうかもしれないけれど、それが私の正直な思い。

それがどうしてなのかは自分でもよくわからないけれど、クラインが隣にいてくれれば私はなんだってできるし、どこへだって行ける。

私は心の中でそう思っていた。


「(…クライン、まだかなぁ…)」


予定の時間はまだまだ先だというのに、ここで彼に会えるのが楽しみで仕方がなかった私は、予定よりもずっと早く家を飛び出してしまった。

ここに来た時、いつもなら時間の事なんて忘れてしまうくらいに花々に夢中になってしまう私だけれど、今日だけは時間の進みがすごくゆっくりに感じられた。


「(…クラインの大事な話、いったい何だろう…)」


…複雑な環境に生まれてはいても、私だって女の子。

素敵な人から大事な話があると言われたら、心の中に期待せずにはいられない言葉がある。


「(い、いきなり告白とかされちゃったらどうしよう……。ま、まだ心の準備が…)」


彼から告白されたとして、それに対する自分の答えなんて決まっているのに、それでもその光景を想像しただけで頭の中が爆発しそうになってしまう…。

もしも、もしも本当に今日彼から告白されたとして、そこでなにか変なリアクションを見せてしまったら、がっかりされて告白を取り消されたりしないだろうか…。

好きだという感情を無くされたりしないだろうか…。

そんな不安が心の中に芽生え、私は頭の中だけでなく心の中まで爆発してしまいそうな感情になる………けれど、その不安も一瞬のうちに消えていった。


「(…はぁ…。私が告白なんてされるわけないか…)」


甘い妄想の時間は終わりを迎え、私の頭の中は現実的な可能性に支配されていく。

…私だってわかってる。

彼が私に言うつもりの大事な話とはきっと、将来は私の騎士になりたいということだと思う。

私はグローリアお父様の娘で、クラインはそんなお父様の事を心から尊敬している。

だから、私の騎士となって私を守ることは、お父様を尊敬するクラインにとってこの上ないくらい名誉なことだと考えているはず…。

彼が私の事を気にかけてくれるのも、それは私がグローリアお父様の娘だからで、私の事を好いてくれているからじゃない。

…分かってはいるけれど、それでも心がちくっと痛む…。


――――


「…クライン、遅いなぁ…」


予定の時間を過ぎてもなお、彼が現れる気配はなかった。

これまで約束の時間を過ぎたことなんて一度もなかった彼。

それゆえに、彼に何かあったんじゃないかという不安感が、時間とともに私の心に広がっていく…。


「(だ、大丈夫だよね…。お父様が相手にしている王軍は、もうかなり勢力を落としているってみんな言ってたし…)」


…けれど、私がどこか胸騒ぎを感じていた理由はクラインが現れないことだけじゃなかった。

少し、ほんの少しだけど、男の人の叫び声のような、剣と剣が交錯するかのような音が私の耳には聞こえていたからだった。


「(…逃げた方が、いいのかな…)」


本能的に、私はそう思った。

一刻も早くここから逃げだして、仲間の人たちの待つ場所へと向かった方がいいのではないだろうか、と。

…でも、それは今の私には絶対にできないことだった。


「(…昨日、クラインは真剣な表情で私に大事な話があるって言ってくれた…。それはきっと、この場所で、今日という日だからこそ彼がそれを私に告げる決意してくれたものだと思う…。なら、それを聞くまでは絶対ここから離れたくなんてない…!)」


――――


それから先も、私はクラインの事を想って待ち続けていた。

時間はどれくらい過ぎたかわからないけれど、それでも私は彼を待っていた。

…その時、私のもとに迫る誰かの足音が私の耳に入ってきた。

やっとクラインが来てくれたと確信した私。

…けれど、私の待つ場所に姿を現したのはクラインじゃなかった…。


「なんだなんだ、随分とかわいいのがいるな」

「のんきだねぇ。俺たちがここに向かっているとも知らず…」

「なあなあ、うちの町に持って帰ったら高く売れるんじゃないのか?」


現れたのは、黒いフードで全身を覆う3人の男の人たちだった。

…3人とも顔も名前も知らない人たちだけれど、胸のあたりにつけられているブローチに、私は見覚えがあった。


…それはお父様と敵対している、王軍の人たちのつけるブローチだったから…。


「まぁいい、これも戦利品だ。報酬は山分けだぞ?いいな?」


2人に対してそう言葉を発しながら、1人の男の人が私に近づき、強引に私の肩をつかんだ。


「まぁ諦めな。俺たちと一緒に来てもらうぜ」

「いやだいやだいやだ!!約束してるんだもん!!」

「うぉっと、子どものくせに意外に暴れるな……。おい、鎮静薬まだ残ってたよな?かしてくれ」

「あるにはあるが、大人用だぞ?」

「構いはしねぇよ。もしも効きすぎて廃人になったら、それはそれで見ものだろう?(笑)」

「悪い奴だねぇ(笑)」


鎮静薬、という言葉を聞いて、私は恐怖から思わず涙があふれてくる…。

このままこの人たちに連れていかれたら、クラインとの約束も、彼の言葉を聞くこともできなくなる…。

私は涙ながらに反射的に、そして本能的に全力で大きな声を発した。


「た、助けて!!!!!助けてグロー…」


…グローリアお父様の名前を叫ぼうとしたその時、私はお父様のから言われていたある言葉を思い出した…。

私とお父様の関係を、絶対にほかの人に知られてはいけないよという話を…。


「…なんだなんだ、叫びたきゃ叫べばいいじゃないか(笑)」


…もしも私とお父様の関係がバレてしまったら、毎日を懸命に戦われているお父様の迷惑になってしまう…。

そしてそれはきっと、クラインにも同じことがいえるはず…。


「よしよし、おとなしくなったな」

「最初からそうしてればいいんだよまったく…」


…もう私には、涙を流して唇をかみしめ、声を殺してこらえるしかなくなっていたのだった…。

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