第20話
――クラインの記憶――
今日、はっきりとセシリアに自分の気持ちをつたえよう。
突然の告白に驚かれるかもしれないけれど、今をおいて自分の思いを伝えるタイミングはないと思った。
純粋で可憐、それでいてあどけなさも感じさせる彼女の前で、自分の気持ちをごまかすことはできない。
どんな結果になったとしても、僕ははっきりと自分の思いを彼女に伝えたかった。
僕は時計を確認し、約束の場所に向けて出発するにはそろそろちょうどいい時間であることを確認する。
…その時だった。グローリア様から想像だにしていなかった言葉を告げられたのは…。
「クライン!!静まり返っていた王軍が突然勢力を盛り返してきた!!この事を西側陣地に構えている味方に知らせてきてくれ!!急げ!!」
グローリア様の完璧な進軍の前に、すっかり勢いを落としていた王軍。
…それがここにきて最後の抵抗を見せてきたらしく、そのためかグローリア様の陣営はあわただしい動きを余儀なくされていた。
グローリア様が僕に命を下したのは、そんなさなかの事だった。
「なにをボーっとしているクライン!お前には伝令を命じる!敵の情報をいち早く味方陣営に伝えてくるのだ!!」
「し、しかし、僕はこれから……」
僕はそこから先を言いよどむ。
グローリア様からの命を受けたのは、心の準備を整え、出発の準備を整え終わっていたまさにその時のことで、僕はすぐにその命を受けいれることができなかった。
とはいっても、これからセシリアと会う約束をしているから命には従えない、など言えるはずがない。
グローリア様は、僕の事を信頼してこの命令を下しているのだ。
そして僕はそんなグローリア様の思いにこたえるべく、毎日鍛錬を積んできた。
僕の都合でグローリア様の命令を拒否することなど、許されるはずがない。
グローリア様の命を受けるべく、覚悟を決める僕。そんな僕の顔をまっすぐに見据えながら、グローリア様は言葉をつづけた。
「いいかクライン、今はとにかく人手が足りていない。味方に伝達の一つを送るにしても人手不足だ。お前はまだまだ体は子どもだが、戦場を的確に避けて味方に情報を伝達する能力は、大人も顔負けなほど十分備えている。…やってくれるな?」
「お任せください、グローリア様。必ずやご期待に応えてみせます」
「よし、それでこそ将来のセシリアの騎士だ!」
僕はグローリア様からの命を受け、渡された情報を味方の陣営へ伝達する任務を負った。
情報を伝達するという任務は一刻を争う。
僕はその重要さをよく心得ているつもりだった。
だからこそ、グローリア様から命令を受けた僕はすぐさま出発の準備に取り掛かり、目的の場所を目指して出発することとした。
…セシリアにこのことを伝えに行く余裕はない…。
約束をすっぽかしてしまう形になってしまうこと、彼女には本当に申し訳ないけれど、今はそんなことを考えている余裕もない…。
味方陣営に情報を伝え終わったころには、きっと約束の時間をとっくに過ぎていることだろう。
…時間になっても現れない僕に怒って、彼女はきっと早々に約束の場所から帰ってしまうことだろう。
…すべてが終わった後、誠心誠意心の底から彼女に謝って、なんとか許してもらうほかないか…。
この時、僕はそんなことを心の中に思っていた。
…そしてこの時の僕は、事態の重大さに気づいてはいなかった…。
僕とセシリアが約束したあのお花畑、ちょうどあの場所に王軍の手が迫っていたということに…。
――――
「なるほど、確かにグローリア様の言われる通り、王軍は最後の抵抗を意地になって見せているらしいな…。敵の重要な情報、よくぞ知らせてくれた、感謝する」
「ご武運をお祈りいたします」
僕はグローリア様から言われた通りに、指定の味方陣営にすべての情報を伝えた。
すぐさまその場で時計を確認してみると、もうすでに夕方になろうかという時間…。
考えられうる最速ルートで駆け巡ってきたものの、複数個所を回ってきためにどうしても時間がかかってしまい、セシリアとの約束の時間を大きくオーバーしてしまう。
…僕の心の中は、彼女への申し訳なさだけでいっぱいになっていた。
…いくら理由が理由とはいっても、僕が彼女との約束を破ってしまったことに違いはない…。
セシリアは心の優しい性格をしているから、理由をきちんと話せばきっと許してくれるのだろうけれど、その優しさがまた僕には苦しく感じられた…。
「…とにかく、急いで約束の場所へ…」
悩んでいる時間などない。
僕は一目散にセシリアと約束した場所を目指し、駆け出した。
――――
「…こ、これは………!?」
…約束の場所に到着した僕の前には、壮絶な光景が広がっていた…。
まるで自分の家族かのようにセシリアが愛でていた美しい花々が、跡形もないほどに踏み荒らされていたのだ。
僕がここを訪れるたび、セシリアの優しい声や、可愛らしい仕草、そして素敵な笑顔、それらを感じさせてくれていた花々たちが、目をそむけたくなるほど無残な姿になっている…。
「セ、セシリア…セシリアはどこに……」
僕は周囲を必死に見まわし、セシリアの姿を目でとらえようと試みる。
…しかし、どれだけ周囲を探してみてもその気配すら感じられず、ここには僕以外誰もいないことを痛感させられる。
ただ、この時の僕は内心で、彼女の身になにか危険なことが起きていることはないだろうと考えていた。
「さ、さすがに約束した時間から経ちすぎてるから、帰っちゃったんだろうな…」
そう、僕たちが約束した時間なんてとっくに過ぎ去っている。
それならば、彼女はもうすでに元いた安全な場所に戻っているに違いないと僕は考えた。
それにもしも、もしもここにいた彼女のもとに危険が迫っていたとしても、頭の切れる彼女ならばきっとそれを察知して、急ぎこの場から離れて逃げ出しているだろうと考えたからだ。
…けれど、そんな僕の考えは甘いものでしかないことを、この直後に現れたある人物の声によって僕は思い知らされることになる…。
「ここにいたかクライン!!セシリアが朝早くここに向かったっきり戻っていないらしいんだ!何か知らないか!!」
「っ!?!?」
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