第19話

――クラインの記憶――


「ねぇ、クラインはどうしてそんなに私の事を守ってくれるの?」

「!?、そ、それは…」


…突然にセシリアからかけられた言葉に、僕は心臓を高鳴らせて言葉に詰まる…。

彼女の表情を見ればわかる。

彼女は僕に意地悪をしているわけでも、からかっているわけでもない。

本当に純粋な思いから、その質問を僕にぶつけてきたのだろう。

…だからこそ僕は、その言葉にどう答えるべきか迷った。

…このままこの場で自分の気持ちを、素直に彼女に伝えるべきだろうか…?


「…どうしたのクライン?もしかしてどこか痛いの…?」


黙り込んでしまった僕の事を心配してか、セシリアはやや首をかしげながら僕に対してそう言った。

…彼女を守ることが務めであるはずの僕が彼女に心配をかけてしまうなんて、それこそ本末転倒…。

こんな姿をグローリア様に知られてしまったら、きっとまたからかわれてしまうに違いない…。


「だ、大丈夫!ちょっと考え事をしてただけ!」

「考え事??ふーん」


…そう言いながら、僕の事をいぶかしげに見つめるセシリア。

少しふくれっ面になる彼女の表情は可愛らしいけれど、僕がなにか隠しているのではないかと怪しんでいる様子…。

僕は自分の感情をごまかすかのように、なんとか話題を変えることにした。


「そ、そういえば、グローリア様から前に言われた”名前”の事はもう決めたのかい?」


僕とセシリアは以前、グローリア様から”名前”について考えるよう言われていた。

というのも、セシリアにもしも万が一のことがあった時、彼女が自分の名前をそのまま名乗ることはまずい。

いくら存在を隠された子どもであっても、セシリア・ヘルツという名を知られてしまったなら、グローリア・ヘルツ様とのつながりを疑われてしまうことは間違いないからだ。

そうなったときに備えて、二人でなにかオリジナルの名前を考えておけという話を、グローリア様からされていたのだった。


「うーん…。いろいろ考えてみたけど、自分で自分の新しい名前を考えるのって難しくて…」


確かに、そう言われてみたら難しいのかもしれない…。

今まで自分が当たり前のように使ってきた自分の名前。

それを突然全く違うものにして生きていかなければならなくなったなら、しかも新しい名前を自分で決めないといけなくなったなら、僕だったらどうするだろうか…。


…と考えていたその時、セシリアはいきなり普段と変わらない可愛らしい笑みを浮かべると、僕に対してこう言った。


「ねぇ、新しい名前、クラインに決めてほしいな!」

「…へ??」


…思わずすっとんきょうな声を出してしまう僕…。

しかしそんな僕にかまわず、セシリアはその勢いのままに言葉をつづけた。


「あなたからプレゼントされた名前なら私、どんな名前でも受け入れられると思うの!大切にできると思うの!だから、あなたに決めてほしいなって!」

「え、えぇっと……」


…僕は再び、何と答えればよいのか迷い、頭をこんがらがらせてしまう…。

ぼ、僕がセシリアの仮の名を決めることなんて、本当にやっても大丈夫なことなんだろうか…??


「(キラキラキラ」

「うっ……」


両目をキラキラと輝かせながら、僕の言葉を待っているセシリア…。

そんな彼女の姿を見せられてしまっては、引き下がることなど到底できるはずもない…。

僕は無我夢中に頭を回転させ、今の僕が想う最も彼女に相応しい仮の名前を必死に引っ張り出した。


「うーんと………。それじゃあ、”レベッカ”っていう名前はどうかな?」

「レベッカ?」


僕はセシリアに、”レベッカ”の由来について話し始める。


「ローシャル童話っていうお話があって、レベッカはそのお話の登場人物だ。レベッカは冷たい人々たちから虐げられ続けるんだけど、それでもあきらめずに毎日を懸命に明るく生きる。そしたら、そんな彼女の健気な姿を見ていた王子様が彼女を迎えにきて、二人で幸せになるっていうお話だよ」

「素敵なお話…!”レベッカ”はずっとずっと未来を諦めなかったのね!」

「セシリアの明るくてまっすぐな性格は、レベッカと重なるかなと思って…。ど、どうだろう?」

「うん!二つ目の名前はレベッカに決めた!素敵な名前をありがとうクライン!」


そう言いながら、見る者の心を浄化させるほど明るい笑顔を見せてくれるセシリア。

僕の思いをそのまま素直に受け入れてくれた彼女のその純粋でまっすぐな姿に、僕はさらに一段と心惹かれていく…。


…けれどもちろん、この名前は万が一の時にセシリアの事を守るために使われるもの。

そんなときが訪れることなんて絶対にないようにするのが僕の存在理由であり、僕のやりたいことであり、やるべきことである。


僕は心の中にそう決意したとき、それと同時に最初にセシリアから投げかけられた質問に答えたい気持ちが湧き出てきた。

…それはもはや自分でも制御ができるものではなく、思ったままに僕は彼女に言葉を発した。


「セシリア、明日のお昼、いつもの花畑に来てくれないか?そこで君に、伝えたいことがあるんだ」


突然僕からそう告げられた彼女は、最初こそきょとんとした表情を浮かべていたものの、すぐににこっとした表情を浮かべてその首を縦に振ってくれた。


…明日、僕の思いを彼女に告げることにしよう。

僕はそう決心したのだった。

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